「(リモートワークを)変えるつもりはないです」
国内ITサービス大手・富士通の時田隆仁(ときた・たかひと)社長は、そう明言する。
事業改革の真っ只中にある富士通。インタビュー前編で紹介した通り、Fujitsu Uvance(ユーバンス)を起点に、業界を横断したITソリューションの開発・提供を進めている。その中で社長の時田隆仁氏が最も重要だとしているのが、グローバルで12万4000人にも及ぶ従業員の行動変容だ。
2024年、富士通では年初に「コンサルティングスキルを持つ人材を1万人規模にまで拡充する計画(以下、コンサル1万人計画)」を打ち出したほか、間接部門の幹部社員を対象とした早期退職の募集や、神奈川県川崎市への本社機能の移転など、「人的資本」に関する話題も世間からの注目を集めた ——。
時田社長に、「人」に対する考え方を聞いた。
※この記事は2025年1月8日初出です
「コンサル1万人計画」本当の狙い
—— 2024年2月には「コンサル人材を1万人規模で採用する」という方針を打ち出しました。どんな背景があったのでしょうか。
時田隆仁社長(以下、時田):社内でも話していますが、コンサル人材を1万人にすることが目的ではありません。今のところ、2023年段階で2000人コンサル人材がいて、2024年に5000人を目指すと話をしています。
2025年には1万人になればいいなと思っていますが、目的はきちんとしたコンサルタントの素養を持った人材を相応の規模で抱え、Fujitsu Uvanceをはじめ、富士通が正しく理解されるコミュニケーション(ストーリー)をお客様や社会に対してやっていくことです。
(コンサル人材1万人計画は)それを実行できる人たちが相応の規模でほしいというだけなんです。
—— Fujitsu Uvanceで目指している「業種をまたいだ領域(ホワイトスペース)」での事業創出を担える人材を増やすという意図ですね。
時田:最初は「3000人にしましょう」という話もありました。僕からすれば、1万人くらいはいてもいいと思ったんです。従業員数12万4000人の会社、それも社会課題の解決や世界が持続可能であることに貢献すると言っている企業で、ストーリーを語れる人が1万人ですよ。
—— そう言われると「たった10分の1」とも感じます。
時田:1万人いれば、相応のメッセージを届けられるのではないかと思っています。
富士通には、もともと日本の営業人材が8000人いました。昔は8000人の営業部隊を持つ製造業だったんです。これはものすごい数です。
8000人の営業は、お客様とのエンゲージメントやリレーションを構築する重要な機能を担っていたかもしれません。ただ現代では、CPUに何を使っているとか、メモリーはいくらだとか、そういうことが求められているわけではありません。
昔そういった営業人材が8000人もいたんだから、今なら(ストーリーを語れる)コンサルタント人材が1万人くらいいるのが普通ではないか、という話です。
「ホワイトスペースを埋める」ということがどういうことなのか。製造業や小売業の中の人にはなかなか分からないものです。だって、自分たちがやっているのは製造や小売の商売なんですから。
なぜ隣の業界と手を組む必要があるのか。そこをストーリーで語る必要がある。
失敗し続けたコンサル人材の育成
—— そういう意味で、富士通が社内で求める「コンサルティングスキル」は、一般的なコンサルに求められる能力とは少し異なるのでしょうか。
時田:もう1つ、1万人の根拠として「6万人」という数字があります。ものすごいトリッキーなやり方ですが、富士通の中で名刺の肩書を「コンサルタント」にしてもいいなと思える人材プールが6万人いたんです。
富士通では、この何十年の間に、コンサルタントを育てる取り組みをもう何回もやってきました。SE出身や営業出身の人をコンサルタントにしようとしていましたが、なかなかうまくいかなかったわけです。
でも、本当のコンサルタントスキルというか、コンサルタントとしてお客様から選ばれる能力というのは、例えば経理や人事、リーガル、あるいはファシリティマネジメントといったところなんです。この5年間、CEOやCFO、CHROといったいろいろな経営層のお客様から声がかかる富士通の人材は、そういった人でした。
僕も、いわゆるコンサルタントを呼ぶことはありません。実践値や経験値がないから。本に書いてあることを言うだけ。どこかでやったことを聞きかじって、きれいにパワーポイントにするだけなら、いらないわけです。
—— AIで代替できてしまいそうですね。
時田:まさにそうなんです。なぜ富士通に6万人という(コンサル人材の)人材プールがあるかというと、我々はジョブ型人事制度やポスティング制度に取り組み、最近でも、OneERP+という世界最大規模の経理システムを動かしました。
少なくとも12万人が、自ら1番風呂に入るかのような、いろいろな障壁を超える経験をしている。その中には、ものすごく専門性が高い人材もいるわけです。
DXを自らやるということは、業務プロセスを変えるということです。そのためには商習慣を変え、いろいろな課題が出ててきうまくいかない中でも障壁を超えていく必要がある。解決に向けて、自ら実践しなければならない。
(今、富士通では)そういう人間が、お客様に会計システムの再構築などを提案しようとしているんです。そうすると、向こうだってCFOが出てくる。
「そういった人材は、コンサルタントとして通用するのではないか?」と、非常にトリッキーな考え方も(コンサルタント人材を1万人にする計画の前提として)あるということです。実際そうするかは別ですが。
「適材適所」ではなく「適所適材」
—— 富士通では2024年に間接部門の幹部社員を対象に早期退職を募集したことも話題となりました。そういった人材こそまさにコンサル人材として活躍できる人材だったのではないでしょうか。
時田:(早期退職した人は)ものすごく絞り込んだ人たちです。
他社に行けば全然活躍できると思いますが、残念ながらうちは「適材適所」ではなくて「適所適材」です。ポジションや場がなくなったり、もしくは事業ポートフォリオが変わってカーブアウトした事業をやっていたりした人は、リスキルするか、一緒に外に出るしかないわけです。
リスキルのチャンス・やる気がある人は、もちろん残ってます。これは相当丁寧に(コミュニケーションを)取ってきました。もちろん当事者からすると全然丁寧ではないと思われる人もいるとは思いますが。
—— あくまでも「適所適材」、事業に対して必要な人材を充てる(あるいは、リスキルで育てる)という方針をぶらさなかったわけですね。
時田:ただ、例えば100人リスキリングプログラムを受けても、ゲーム(のように能力が確実に得られるわけ)ではないので、100人全員が立派なジョブチェンジを果たせるわけではありません。
何度か繰り返すうちに、その人の能力で活躍できる場が他にあるなら、積極的にそういうところに後押しをする。 そうしているうちに、富士通社内では、3年間で1万人ほど人材の移動がありました。ポスティング制度を始めて3〜4年経ちますが、新しいジョブに挑戦したいと手を上げた人は2万7000人いました。
富士通ではジョブレベルに報酬が紐づいてるので、ジョブを変えない限り報酬は上がりません。報酬をもっと相応に欲しいという人は、手を上げて新しいことにチャレンジしていくしかありません。
—— スキルアップを前提に手を上げて「適材」になっていくことが求められるわけですね。
時田:UdemyやLinkedInといったリスキリングサービスを通じて、総学習時間はこの数年で4倍ほど増えました。それも20代、30代ではなく、40代、50代の学習時間が飛躍的に伸びたんです。
それはもしかすると危機感もあったかもしれません。ただ、40代、50代でもやる気がある人はいるということですよね。ましてや今、レガシーなシステムがいっぱいある中で、新しくクラウドへのリフトアップをやるためには、そういうノウハウがある人は必要ですから。
リモートワーク「変えるつもりはない」
—— 世界的に出社回帰の風が吹いています。富士通はリモートワーク先進企業としても知られていますが、今後の方針は。
時田:もう4年になりますかね始めて。現状を変えるつもりはないですね。
ただ、コロナ禍で緊急事態宣言があったときを除いて「リモートワークしろ」とも言ったこともないんですよ。「戻ってこい(出社しろ)」と言ったこともありません。
「(社員の)行動変容」という話をしましたが(※前編参照)、やはり「自律」です。自分で決めなさいと。
このスタイルに共感を持って富士通にキャリア入社で入ってくれる人も多いんです。これがあるから来ましたという女性社員もたくさんいました。
ですので、リモートワークを含めた富士通の人材マネジメントスタイルが、相応に共感を得ていると思っています。だからこそ人が集まるし、人材流動性を自ら高められる企業になってきているんだと思います。
—— 富士通は2024年に汐留から川崎に本社機能を移転しました。時田社長の中で、働く場としてのオフィスの価値はどういったところにあるのでしょうか。
時田:ファシリティ(設備)の意味はもちろんあります。もはや単なる長机や事務机が並んで、缶詰になって9時から17時まで働きましょうという場ではなくなっています。
何かしらのコミュニケーションが生まれる場です。お客様を迎える場であれば、富士通としてのメッセージを伝える場ですから、ファシリティに対する戦略は非常に重要だと思います。
部署ごとに、考え方も違う。例えば研究所に行くと、意外とリモートワークはしていません。ホワイトボードがたくさん置いてあって、研究員はみんな集まって議論している。
そういう職種もある。富士通の中にはいろいろな職種があり、それに応じたファシリティデザインというものはもちろんあると思います。
—— 人材面で進めている取り組みと並行して、必要な価値を生む場としてオフィスを先鋭化させていく、ということでしょうか。
時田:そうですね。フロアを減らすのだから「コスト削減」だ、とメディアに書かれたこともありますが、全然違うんです。オフィスのリニューアルには、相当お金をかけています。
首都圏を中心に2000拠点程度、サテライトオフィスを整備しています。その費用たるや膨大で、以前の事務所の方がよほど安かったくらいです。