第2話 勇者補正ってチートすぎる!

「――はあ、ほんっと意味わかんない……」


 召喚の翌朝。私は王宮の応接間にいた。テーブルを挟んで正面には、昨日呼び出したばかりの“勇者”――天ヶ瀬颯真。肘をつき、あからさまに退屈そうな顔をしている。


「帰る方法を教えろ」


「……ですから、帰れませんってば!」


 私の言葉に、颯真はあからさまに「チッ」と舌打ちした。

 舌打ち!? 王女相手に!?


「迷惑だ」


 ――うわっ、すごく嫌そう……。


「WiFiはあるのか」


「Wi、ワイ……ふぁい……? 風の精霊か何かですの?」


「……は?」


 なんかすっごく見下されてる気がする。いや、確実にされてる。


「とにかく! あなたはこの世界の勇者として召喚されたんです! 責任をもって魔王を――」


「断る」


「まだ言い終わってないわよ!?」


 こいつほんとに! 言葉の腰を全力で砕いてくるぅぅぅう!


「なら、この国を寄越せ」


「要求が城を超えてんのよ!?」


 あ、ダメだこれ。思った以上に傲慢だ。いや、昨日の初手セクハラの時点で知ってたけど、改めてダメだこれ。


 ――でも、私が呼び出した以上、責任は私にあるのよね。ここで匙を投げたら、この世界は……。


「と、とにかく、颯真にはこの世界を救ってもらわないといけないわけよ!」


「“様”は?」


「付けません!」


「俺に働けと?」


「はい、勇者ですので」


 ――も〜〜〜うっ! なんなのよこの会話! 堂々巡りしてて、永久にラチがあかないじゃない!


「それが人に物事を頼む時の態度か。まず飯を出せ」


「……なんでアンタが指示する側なのよ!?」


 いきなりの上から要求。言葉も態度も、召喚されたばかりの異世界人のそれじゃない。なんなのこの適応力。才能?


「交渉決裂なら、ベッドで寝てくる」


「逃げるなぁぁああああ!!」


 椅子をキィッと鳴らして立ち上がる颯真に、私はつい反射的に叫んだ。ここで逃げられたら、明日にはこの勇者どこかの村でゴロ寝してる未来しか見えない!


「お願い、待って! せめて話くらいは……! 世界の運命がかかってるのよ!」


「俺の人生もかかってるんだが?」


「む、ぐぬぬぬ……!」


 確かにそれはそうなんだけど! でもこの世界に住んでる私たちのほうがもっと必死なのよ!? ……たぶん!


「じゃあ、どうすれば協力してくれるのよ!」


「……メシ三食、風呂つき、ベッド柔らかめ。それと、戦うのは気が向いたときだけにしろ」


「会社の待遇交渉かッ!!」


 なんで勇者様の口から「柔らかめのベッド」なんて出てくるのよ!? 魔王討伐、もっと命がけでお願いしたいんだけど!? 世界の命運、今まさに羽毛布団の硬さで揺れてますが!!


「……ふぅ。仕方ないわね」


 私は、ぐっと拳を握りしめた。こんな男に世界を任せなきゃいけないなんて、本当にどうかしてる。でも、それでも――


「受けて立つわ、あなたの条件! ただし、一つだけ覚えておいて! この戦いは、遊びじゃないのよ! これは――!」


「めんどくせぇ」


「まだ言い終わってないのよおぉぉぉ!!」


 まただ! また全力でセリフの腰を砕いてきたぁぁあ!!


「ふぁ〜あ……」


 あくび! この空気感であくび!? こっちは世界の未来を背負って叫んでるのに、この男、絶対に感情の温度差で風邪ひくわ!


「……話は終わりか?」


「まだ始まってすらないわよ!!」


 私の全力ツッコミにも、颯真は一ミリも動じない。むしろ「うるさい」と言わんばかりに耳をほじり出した。

 無駄にルックスがいいせいか、ムカつく態度すら絵になってるのがまた腹立つ……!


「……はぁ……」


 私はもう、何回目かわからないため息をついていた。声を荒げても無視される、威厳を示しても聞き流される。これが“勇者”って……本当に、これが……?


「それじゃあ、部屋用意しとけよ」


「勝手に話を終わらせるなーっ!!」


 ばたんっ!


 ――あっ。


 今度は本当に出て行った。扉を勢いよく開けて、何の迷いもなく。すごく堂々と。背筋ピンとして、どこかの王子様かと見間違えるような優雅な足取りで。


「……な、なんで今のが許されるのよ……」


 思わず呟いてしまった。廊下にいた近衛騎士たちが一瞬、目を輝かせる。


「さ、さすが勇者様……! 風格がある……」


「自信に満ちておられる……!」


 えっ……? あの態度を「風格」で片づけた!?


「ちょ、ちょっと待って! 今の完全にナメた態度だったでしょ!? 人の話聞いてなかったし、完全に王女の私に敬意ゼロだったでしょ!?」


「いえ、ご安心をルミナ様。我らはすべて理解しております」


「えっ、ほんとに!? わかってくれるの!?」


「はい。あれはあえて“距離を置く”ことで、王女様を甘やかさず、自立を促すという高尚なご配慮……!」


「解釈がおかしい!!」


 なんなの!? あいつ、なんで無礼なだけで「配慮」とか言われてんの!? あんなのただのダメ人間じゃない!


 ……あっ。


「まさか、これが――“勇者補正”……!?」


 まるで雷に打たれたように、私は悟ってしまった。無自覚に、無意識に、傍若無人な態度すら正当化されていく理不尽なスキル。それが颯真に備わっているのだとしたら……。


 ――めちゃくちゃ最悪じゃない!?


「うぅぅぅぅぅぅ……!」


 頭を抱える私の横で、侍女のミーナがにこにこしながら話しかけてきた。


「ふふ、でもルミナ様、怒ってばかりなのに……なんだか楽しそうですね」


「楽しくないわよぉぉぉ!!」


 でも、心のどこかで――ほんの少しだけ、言い返せない自分がいたのも、否定できなかった。


 ――これからどうなるのよ、ほんとに……。


 こうして、私と颯真の“魔王討伐”という名の、前代未聞のストレスフルな共同生活が始まったのだった――。


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