第17話 動き出す闇
暗く長い廊下を一人の青年が歩く。
髪は金、街中ですれ違えば二度見してしまいそうな端正な顔立ち。
白衣に身を包んだ青年は、廊下の最奥、重厚な扉の前に立ち、ノックする。
「ジゼルです」
「入りたまえ」
許可が降りたので、青年は扉を押した。
出迎えたのは紳士的な風貌の三十代の男。
読んでいた本をパタンと閉じ、赤い瞳が真っ直ぐに青年を捉えた。
「指示通り、立花雪道の血液を入手してきました」
「早いね。流石はジゼル君だ」
「お褒めに預かり光栄です」
青年は膝をつき、頭を下げたままバッグから取り出した試験管を三本手渡す。
それはアンリの工房に保管されていた、雪道の血液。
蒼天学園の襲撃は陽動だった。
島民、学生、教師、異能局、全ての目が学園に向いたその時、青年は一人アンリの工房に潜入し、数日前に採ったばかりの雪道の血液を奪っていたのだ。
「ほう、これが……」
内一本を浮かせて、男は眺める。
その眼差しはまるで、宝物を見つめる子供の様だ。
「三本か。一本は研究用として、残り二本はジャック君と……ジゼル君、きみにあげよう」
「は、はぁ……」
青年は試験管を一本受け取るも、その表情には戸惑いが見える。
それもその筈、彼は男の命令で盗んできただけであって、別に雪道の血液が欲しい訳ではないのだから。
「ジゼル君。この世界における強さとはなんだと思う?」
「それは……異能でしょうか」
「そうだね。人間が弱肉強食のピラミッドで頂点に立てていたのは、人間以上の強者が現れなかったからだ。でも、現れてしまった。いや、元から存在はしたが、数の少なさ故に消されていたそれを抑え込めなくなった、といった方が正しいね」
男は椅子から立ち上がり、本棚に向かう。
古代メソポタミア、ケルト、ノアの方舟、魔女狩り、様々な関連書物を机に並べると、再び席に座った。
「昔は異能者の方が多かったんだ。彼らの時代は人間の八割以上が異能者で、神々と渡り合う力を有していた。いや、もしかしたらその神々とやらも、ただ強力な異能を持った人間に過ぎないのかもしれない」
男が発するスケールの大きい話を、青年は淡々と聞いていた。
動じる事なく、真剣に。
「そんな異能者も時代の流れと共に力を失い、立場を弱くした。だけど、よく考えてみて欲しい。いくら人数で押されたからといって、異能者が無能者にそう簡単に遅れを取ると思うかい?」
「それは……ありえませんね。一対百でも、異能者が勝つでしょう」
「そうだ。敗北の大きな原因は二つ。一つは銃の発明。これにより、ただの弱者だった者たちが皆、一撃必殺の武器を持つ戦士に変わった。そしてもう一つは、立花雪道の様な遺伝系の天才たちの存在だ」
青年に対して一から説明をする。
その光景はまさしく授業、それこそが男が教授と呼ばれる由縁なのかもしれない。
「戦う才能は遺伝する。頭が、体が、何も覚えていなくとも、肉体に流れる血液が、全て覚えている。長年に渡り蓄積された戦闘の経験は、ふとしたキッカケで一気に爆発し、異能をも凌駕する脅威のパフォーマンスを魅せつける。それが、立花雪道の強さの秘訣だ。そして、その血液は今、きみの手にある」
青年は見つめる。
雪道の血を、その中に秘められた力を。
「さあ、飲むといい。大丈夫、きみも立花雪道と同じ遺伝系の天才の一人なのだから。そうだろう、ジゼル君……いや、ジゼル・H・ワトソン」
ゴクリ。
喉を鳴らし、一息で飲み干す。
その姿を、男は満足気な表情で見つめた。
「ようこそ、ワトソン君。今日から君も『愚者の家』の一員だ」
――――――――――――――――――――
【あとがき】
これにて、第一章完結となります。
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