第8話現場の目撃

 相手の死角に入るように、俺と餓狼は電柱の裏に身を隠した。

 数メートルの間隔を空けた先には工藤先輩の姿が。連れている女子の中に静香の姿はない。噂が正しいのであれば、新しいカモの勧誘ということになるだろう。


「また新しい女かよ……あの人も飽きないな」


「そういう人種なんだよ。ほら、追いかけるぞ」


 俺と餓狼は工藤先輩を見失わないかつ相手に悟られない距離で尾行を続ける。工藤先輩は楽し気に女子たちと談笑しているが、その足がどんどん暗く狭い路地に向かって行っていることは明白だ。

 そのまま追いかけていくと、突然工藤先輩とその連れが強引に女子たちを路地裏へと引き込んだ。俺と餓狼はすぐさま駆け寄り、路地裏を覗き込む。


「俺と付き合いたいんだったらさ、ちょ~っと条件があるんだけど……ちょっとしたバイトをしてほしいんだよね」


「ひっ……いや、だったら遠慮しときます……」


「おっと、そう簡単には逃がさねぇよ嬢ちゃん。ここまで聞いておいてのこのこと逃げられるとでも思ったか?」


 ガタイの良い連れが女子たちの退路を断つ。否が応でもはいと言わせるつもりだろう。

 ここだと察した俺はすぐさま路地へと駆け込もうとする。だが、餓狼に腕を掴まれて静止された。


「なんだよ。止めんなよ」


「待て。このまま飛び出して行って解決できたとしても、顔が割れるだろ。相手は可愛いものとはいえ、犯罪者だ。下手したら裏の奴らに関わってるかもしれない連中だぞ?アタシはいいけど、漣。お前はダメだ。ここは何か証拠を回収するために犠牲を払うしか……」


「顔つったって……あ」


 俺の目に留まったのは地面に転がっていた紙袋。被ればちょうど俺の頭が隠れるぐらいのサイズだ。


「…おい、聞いてんのか?漣?」


 俺は紙袋に二つほど穴をあけて被る。少々滑稽だが、これなら顔がバレることはない。


「よし、これならいいだろ」


「なっ、お前何を…っておい!」


 俺は路地裏へと駆け込んだ。そのまま背中を見せている男に足払いを仕掛け、崩れたところに膝蹴りを叩きこむ。


「なっ、誰だ!」


「通りすがりのヒーローだ」


 焦るように殴りかかって来た男の拳を躱す。ぶんぶんとがむしゃらに振り回される腕を絡め取り、勢いのまま背負い投げを喰らわせる。男は多少タフなのかよろめきながらも立ち上がるが、その立ち上がった男の顔面に回り蹴りを喰らわせた。

 あえなく二人の男はノックダウン。残ったのは工藤先輩のみ。


「この野郎っ……!」


「甘いね」


 続けざまに工藤先輩もかかってくるが、先ほどの男達ほど慣れていないらしい。完全に拳に体がついていっていない。片手でいとも簡単に拳を受け止めることができた。

 俺はそのまま工藤先輩を引き寄せると、土手っ腹に一発拳を叩きこんでやった。そして続けざまに顔に一発。これはお返しだ。


「っ……くそっ、なんなんだよ……!」


 工藤先輩はそのまま情けなく逃げ出していった。俺は追いかけることはしなかった。このまま追いかけて殴りまくってもいいが、それで解決とはいかない。追いかけて捕まえたところですべてがもとに戻るわけではないのだ。


「…はぁ、お前な」


 遅れて呆れた様子の餓狼がやってくる。俺は彼女の表情で気づいた。証拠がなにも残っていない。これでは工藤先輩の悪行を証明することができない。


「やっべ……」


「いつも体の方が先に動くのはお前の悪い癖だな。まったく……」


「あっ、あの!助けてくれてありがとうございました!貴方がいなかったら、どうなっていたことか……」


「あぁ、いいんだよ。とりあえず気を付けて帰んな。以後はあんな奴にはかかわらないように」


 そそくさと去っていく女子たちの背中を見送ると、気まずい空気が流れた。せっかく手伝ってもらったのに、自分からチャンスを無駄にしてしまったのだ。さすがに申し訳ない……


「ほらよ」


「え……これって」


「アタシのスマホ。さっきの現場、写真何枚か撮っておいた。恫喝ぐらいになら仕立て上げられるだろ」


「餓狼お前……!」


「まったく、お前は無鉄砲すぎて心配だ。アタシは手伝ったからな。終わったらそれ返せよ」


「ありがとな。愛してるぜ」


「ばっ!?お前!変なことを言うんじゃねぇ!」


「ははっ、そう赤くなんなよ。助かったよ」


「……ふん、じゃーな。あとは頑張れよ」


 その日はそこで解散となった。確たる証拠は掴むことができた。あとはこれをどう使うのかは、俺次第ということだろう。

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