返礼の使者

 いままでになく、慌ただしい。

 会合は増えたし、西と南からの急襲も日を追うごとに増えていった。奴国からも使者が訪れる。少しでも情報を得たいという思いなのだろうが、正直なところ、こちらへ使者を向かわせるより、伊都国へ向かわせた方がよほど合理的だ。


 魏国からの正使は、伊都国にいる。このクニの首長たちは、いまになってなぜか私を担ぎ上げる。魏国からのお使いには、親魏倭王のあなたが会わねば、などと言い出す。けれど、それは、まあ良い。幸いなことに、返礼の品を届けに来たのは、副使ですらなかった。正使も副使も、この地まで来ることを拒んだようだ。それはそうだろう、多少の兵を連れているとはいえ、初めての土地の奥深くに踏み入ることは恐怖に違いないし、無事に国へ帰ってこその使いなのだから。


 もうずっと諦めてきた人生の晩年になって、このような空気は望んでいない。鏡など見ずともわかる。この手。筋張った青い線と撚れたようなしわ。そして醜く浮かび上がるシミ。まだらに白く、艶をなくした髪。今更、誰に会いたいと思うだろうか。


 いや、それでも。兄ヒコ。私と同じようにしわだらけになっているだろう、懐かしいヒコ。会えばどのような話をするのだろう。生きて会えたこと喜び、弟ヒコに裏切られた無念を語り、お互いがどのように暮らしてきたかを説明し、失ってしまった故郷のことを心配するのだろうか。でも、それはきっとすべて過去のこと。未来について話すことなどないだろう。・・・再会は、最も諦めたことの一つだった。


 私たちの人生を狂わせた弟ヒコも、年齢を重ねていた。が、いまだ首長たちに適当にあしらわれているにもかかわらず、気が付いていない。皆が自分を心より慕い、頼りにしていると信じて疑っていない。此度、ここまで訪れた魏の使者は副使でもないのに、有頂天になっていた。返礼いただいた品々に負けないようなものを、次の朝貢では捧げ持ちます、などと適当なことを言っている。どこにそんなものがあるというのか。


 確かに、このクニで作っている品々は、どんどん洗練されている。それらは、欲しくもないのに持ち込まれるので、嫌でも目に留まる。そして、前よりも美しく、カタチも整い、手触りの良くなったことに、少し、驚かされる。けれど、それは、このクニの中で、のことだ。

 持ち込まれた返礼品を見て、本気で超えられると思っているなら、どうかしている。昔の私であれば、自分のクニを侮られた、と身構えるところだろう。


 これが、弟ヒコが私と兄ヒコの人生代償として望んだ姿なのだと思うと、悔しさと情けなさで、息苦しさを覚えるのだった。


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