望まぬ戦い
彼女がこの地に連れてこられてから、幾年も過ぎ去った。あの時までを人生の前半とするなら、後半のほうが長くなった。
毎日を見ると、変化のない日々。しかし、少しずつ変わってきたこともある。
住まいの周りに、機織りのための建物が幾棟も建てられた。糸を紡ぎ、染め、布とする。その仕事のために、多くの女たちが集められていた。それは自分もしてきたことだったし、それぞれのクニでも織手はいるはずだが、その地がベンガラの手に入りやすい場所であったことや、ほかの染料を効率よく獲得し使用するため、大規模な造設が行われたのであった。出来上がった布は、交易のほかには、主にクニグニの首長とその周囲が使用するためのものでしかなかったが。
また、時折、各クニの首長の会合があった。その面々に少しずつ変化が見られた。話し合われる内容は交易に関することが主で、これはあまり変わらない。彼女に意見を求められることはほぼない。これもまた、変わらないことであった。しかし、彼らはまるで機嫌を取るかのように、そして、みずからのクニの力を誇示するかのように、装飾品や武具を置いて行った。いずれも、この建物にこもりっきりの彼女には、たいして必要もなかったし、興味すら持てなくなっていた。だから、数が増えたことや形状の変化、質が高くなっているという事実に、彼女が気付くことはなかったが。
そのような日々に、今また、ゆっくりと変化が訪れている。
このクニの東は海だ。そして、北には連合国を構成するクニグニと、我関せず、で存在している奴国がある。その方角以外、つまり、西や南から襲撃を受けることが増えていた。一気に攻めてくるわけではない。小さい規模ではあるが、いろいろな処から、様々なタイミングで、たった一日で引き下がることもあれば、数日にわたって、攻撃を仕掛けてくる。その頻度は、少しずつ少しずつ増えていっていた。
弟ヒコをはじめ連合国の首長たちは、力の無い邑が、おこぼれをかすめ取ろうと仕掛けている程度にしか思っていなかった。
だが、会合の中でその話題を耳にしたとき、彼女は悟った。
兄ヒコだ。私のヒコが、私を取り戻しに来ている・・・。
見捨てられたとは思っていなかった。ただ、期待はすまい、と決めていた。しかし、このように永い時間を経て、取り戻そうとしてくれている。期待どころか、思ってもいないことだった。
この地に来て、ここまで心を動かされたことはない。早くなる鼓動、駆け巡る懐かしい日々の思い出、あの頃のにおいさえも蘇る。
・・・一瞬の後、興奮は冷め、重く沈んだ心持ちだけが残った。
ヒコ、私は歳を取りすぎました。いま、私を取り戻そうと仕掛けてくれているのは、兄よ、あなた自身ですか?もし、あの場所に戻ることができても、もうあの頃のように二人で治めることは出来ない。そうではないですか?
私たちの年齢だけではない。私と祭具が戻ったとしても、私たちのあの邑も、時を経て変わっているのではないですか?
思い切り体を動かすことのできた、あの時に戻りたい。笑い、泣き、怒り、触れあい、困難に立ち向かい乗り越えていた、あの頃に戻りたい。いま思えば、あの頃の苦難は喜びでしかない。
しかし、戻れないことは明白だった。
ならば、兄とその協力者たちが、この容赦のない連合国に盾突いて、傷つき命を落とすことは望まない。
ヒメは、あの場所で、皆が傷を得ることのないように、命を落とすことのないように、そのことを祈ってきたのだから。
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