初めての「我が家」

 ついに、俺の家が、この異世界の丘の上に建った。

 木の骨組みを、洗いざらしの帆布が覆う、なんとも質素で手作り感満載の小屋。

 帆布ハウス、とでも名付けようか。


 俺は、感慨深くその外観を眺めた後、恐る恐る入り口の帆布をめくり、中へと足を踏み入れた。

 一歩、中に入った瞬間、ふわりと空気が変わったのを感じた。

 さっきまで聞こえていた風の音や、遠くの波音が、一枚の布を隔てただけで、ぐっと遠くに感じる。

 代わりに、自分の立てる物音や、呼吸の音がやけに大きく響くような、そんな静けさがあった。


 見上げると、屋根の帆布を通して、午後の太陽の光が柔らかく差し込んでいる。

 直射日光ではない、優しい明るさが空間全体を満たしていて、なんだか落ち着く。

 まるで、子供の頃に作った秘密基地の中にいるような、そんなワクワク感と安心感が入り混じった感覚だ。


 広さは……どうだろう。

 元の世界の部屋で言えば、六畳くらいはあるだろうか。

 俺一人が暮らすには、十分すぎるほどの広さだ。

 天井も、俺が普通に立っても頭をぶつけないくらいの高さは確保できている。


「……おお、ちゃんと家になってるじゃないか」


 思わず笑みがこぼれる。

 だが、喜びも束の間、すぐに現実的な問題点も目に入ってきた。


 まず、床。

 見ての通り、土が剥き出しだ。

 昨日までの雨の影響か、少し湿っていて、ひんやりとした感触が足の裏から伝わってくる。

 ここに直接寝転がるのは、ちょっと抵抗があるな……。

 それに、湿気はカビの原因にもなるかもしれない。


 壁と屋根の帆布も、外から見ただけでは分からなかったが、よく見ると骨組みとの間に小さな隙間が空いていたり、縫い目の部分が少し甘かったりする。

 強い風が吹いたら、ここから隙間風が入ってくるだろうし、大雨が降ったら雨漏りする可能性も否定できない。


 そして、入り口。

 今はただ、帆布が垂れ下がっているだけだ。

 これでは、夜になったら虫は入り放題だろうし、小動物だって簡単に入ってこれるだろう。

 風だって吹き込んでくるはずだ。

 ちゃんとした扉のようなものが欲しいところだ。


「……うん、まあ、改善点は山積みだな」


 完璧な家なんて、素人がいきなり作れるわけがない。

 それは分かっている。

 でも、たとえ欠陥だらけだとしても、ここは紛れもなく、俺が自分の手で、自分のために作り上げた、俺だけの空間なのだ。

 誰にも邪魔されず、誰に気兼ねすることなく、自由に過ごせる場所。

 その事実が、何よりも俺の心を軽くしてくれた。


「よし、引っ越しだ!」


 感傷に浸るのは後にして、俺は早速、これまでの拠点だった岩陰から、なけなしの全財産を新しい我が家へと運び込むことにした。

 石斧Ver.2.0、石器ナイフ、釣り竿、自作の土器たち、苦労して作った塩が入った貝殻、燻製もどきの魚、予備の蔓ロープ、そして、毎日の生活に欠かせない大事な薪……。

 一つ一つ運び込み、小屋の隅に整理して置いていく。

 道具は壁に立てかけ、食料や塩は土器に入れて床の上に。

 薪は、すぐに使えるように入り口近くに積み上げる。

 ガランとしていた小屋の中に、少しずつ俺の持ち物が増えていくと、だんだんと「生活空間」らしくなってきた。

 うん、悪くない。


 さて、最後に残った、そして最も重要な問題。

 焚き火だ。

 暖房、調理、明かり、そして心の支え。

 この島での生活に絶対に欠かせないこの火を、どこで管理するか。


 できれば、小屋の中に置きたい。

 外はまだ夜は冷えるし、中で火を焚けば暖かいだろう。

 調理だって、雨の日でも濡れずにできる。

 でも……。

 この小屋は換気性能なんて皆無だ。

 中で火を燃やしたら、煙が充満して、あっという間に息苦しくなるだろう。

 最悪、一酸化炭素中毒で……なんて洒落にならない。

 それに、火事のリスクも無視できない。

 壁や屋根は燃えにくい帆布かもしれないが、骨組みは木だ。

 万が一、火の粉が飛んで燃え移ったら、苦労して建てた我が家が一瞬で灰になってしまう。


「……やっぱり、中は危険だよな」


 利便性よりも、安全性を取るべきだろう。

 俺は少し悩んだ末、焚き火は小屋の外で管理することに決めた。

 ただし、ただ地面で燃やすのではなく、入り口のすぐ横、風下になりそうで、かつ屋根の軒が少しだけかかっている場所に、石を積み上げて簡単な炉を作ることにした。

 これなら、多少の雨風はしのげるだろうし、火の管理もしやすいはずだ。

 それに、入り口のすぐそばなら、小屋の中にいても暖かさを感じられるかもしれない。


 俺は早速、手頃な大きさの石を集めてきて、炉を作り始めた。

 石を円状に積み上げ、地面を少し掘り下げて灰が溜まるようにする。

 そして、今まで岩陰で燃やしていた焚き火から、燃えている薪を慎重に運び、新しい炉の中へと移した。

 パチパチと音を立てて、新しい場所で炎が安定して燃え始める。


 小屋が完成し、荷物も運び込み、火の場所も決まった。

 これでようやく、新しい拠点での生活の準備が、本当に整ったと言えるだろう。


 俺は、自分だけの「家」の入り口に立ち、新しく作った炉で揺らめく炎を眺めた。

 これから、ここでどんな生活が待っているんだろうか。


「よし、ここからだ」


 次なる目標は、この小屋をもっと快適な空間にすること。

 床を何とかして、入り口に扉をつけて、棚を作って……。

 やることはまだまだたくさんある。

 俺は、新たな生活への期待を胸に、静かに燃える炎を見つめていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 帆布ハウスでの初めての夜は、正直言って、期待していたほど快適ではなかった。

 確かに、岩陰で寝ていた時のような、吹きさらしの寒さや、雨風の心配はなくなった。

 壁と屋根があるというのは、それだけで絶大な安心感がある。


 ……しかし、床が問題だった。

 土が剥き出しの地面は、夜になるとひんやりと冷たく、そして硬い。

 一応、持っていた帆布の切れ端などを敷いてみたが、焼け石に水。

 体のあちこちが痛くて、何度も目が覚めてしまったのだ。

 それに、どこからか入ってくる隙間風も地味に寒い。


「やっぱり、まずは床と寝床の改善だな……」


 新しい我が家で迎えた最初の朝、俺は凝り固まった体を伸ばしながら、固く決意した。

 快適な睡眠なくして、充実したサバイバルライフは送れないのだ。

 内装改善計画、ここに始動である!


 さて、床をどうするか。

 理想を言えば、木の板を敷き詰めたいところだけど、それだけの量の板材を用意して、平らに加工するのは、今の俺の道具と技術では不可能に近い。

 石を敷き詰めるのも、冷たそうだし、やっぱり大変そうだ。


「となると、やっぱり自然素材頼みか……」


 俺は森へ向かい、大量の枯れ葉を集め始めた。

 もちろん、ただ集めるだけじゃない。

 一枚一枚、湿っていないか、変な虫がついていないか、【漂着物鑑定】スキルで念入りにチェックする。

 安全第一だ。

 次に海岸へ行き、打ち上げられてカラカラに乾いた海藻を、これまた大量にかき集める。

 これも鑑定済み。

 クッション材として使えそうだ。


 集めた枯れ葉と海藻を、小屋の中に運び込み、床全体に、ふかふかになるように厚く敷き詰めていく。

 最低でも10cmくらいの厚みは出しただろうか。

 見た目は……まあ、なんというか、鳥の巣みたいだけど、これで土の冷たさや硬さからは解放されるはずだ。

 仕上げに、漂着物の中から見つけておいた、洗浄・乾燥・鑑定済みのゴザのような植物性の敷物を、寝るスペースになりそうな場所に敷いてみた。


「よし、床はこれで一旦完成!」


 次は、壁際に散らかった道具や食料の整理だ。

 このままじゃ足の踏み場もない。

 簡単な棚を作ろう。

 幸い、小屋作りの際に出た木の端材や、海岸で拾った平らな板切れがいくつかストックしてある。

 俺は石器ナイフでこれらの長さをある程度揃え、簡単な切り込みを入れて組み合わせ、蔓ロープで壁の骨組み部分に固定していく。

 水平を保つのが難しく、かなり歪な棚になってしまったが、それでも物が置けるだけで大違いだ。

 塩や水の入った自作の土器、燻製もどきの魚、予備のロープ、石斧やナイフといった道具類を棚に並べていくと、床がスッキリし、一気に部屋らしくなった。


「おお、いい感じじゃないか! なんか秘密基地みたいでワクワクするな!」


 そして、最後にして最重要課題、寝床のグレードアップだ!

 岩陰時代の、ただ枯れ葉を積み重ねただけのベッドとはおさらばだ。

 目指すは、この島で実現可能な、最高級の寝心地!

 俺は、小屋作りで余った帆布の切れ端を取り出した。

 これを、骨を削って作った針のようなものと、蔓を細く裂いて作った糸のようなもので、チクチクと袋状に縫い合わせていく。

 もちろん、縫い目はガタガタで、すぐに解れてきそうな代物だけど。


 その自作の布袋の中に、これまた集めておいた大量の鳥の羽や、森で見つけた乾燥したフカフカの苔を、これでもかと詰め込んでいく。

 そして、袋の口を閉じれば……完成!

 ふかふか手作りマットレス兼、掛け布団だ!

 同じ要領で、枕も作成。

 見た目はやっぱりアレだけど、触ってみると、想像以上に柔らかくて気持ちいい!


「さて、寝心地は……?」


 俺は期待に胸を膨らませ、完成したばかりの寝床に、そっと横になってみた。


 ……おおっ!!


 背中に伝わる、ふんわりとした感触!

 土の硬さも冷たさも全く感じない!

 これは……!

 これは間違いなく、天国だ!

 岩陰の枯れ葉ベッドが石畳なら、これは高級羽毛布団と言っても過言ではない!


 俺は、ふかふかの寝床の上で、思わずゴロゴロと転がってしまった。

 床には敷物が敷かれ、壁には手作りの棚が取り付けられ、奥には自分だけの最高に快適な寝床がある。

 道具や食料も整理され、小屋の中には確実に「人が暮らしている感」が満ちていた。


「うん、だいぶ快適になってきたぞ!」


 俺は自分の手で作り上げた空間を見渡し、深い満足感を覚える。

 ここが、俺の城だ。

 俺の異世界での、大切な我が家だ。


 もちろん、まだ課題はある。

 壁や屋根の隙間からの風は気になるし、何より、入り口がただの開口部のままなのは、防犯上も、防寒・防虫の観点からも問題だ。


「次は、隙間を塞いで、ちゃんとした扉を作らないとな」


 俺は、ふかふかの寝床の心地よさに微睡みながら、次なる我が家の快適化計画に思いを馳せるのだった。

 一歩ずつ、一歩ずつ。

 俺の孤島ライフは、確実に理想の形に近づいている。

 そんな確かな手応えを感じていた。

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