第2話 ご主人様の秘密
姫宮美空と悠里の関係は複雑だ。
元々二年前――悠里の母親が再婚するまでは美空お嬢様に仕える執事モドキ、それが浦口悠里だった。
元華族の姫宮家は飲食関係のグループ企業を経営する一族の一角で、かつての美空は今の俺の家より何倍も大きな屋敷に住んでいた。
悠里から見ても――他の誰から見ても、彼女は本物のお姫様のような存在だった。
そんな華麗なる一族の小さい頃の美空は気が小さくて、家族以外と上手く話せなかった。
モジモジとしてトイレに行きたいのに行けずに漏らして泣いてしまうような女の子だったのだ。
そんな子だから周囲の子供からも扱いづらいつまらない子として距離を置かれていたそうだ。
そこで白羽の矢が立ったのが悠里だった。
親のご意向なんかもあり、母の遠縁の親戚で唯一同い年
当時の悠里は母子家庭。
母親も住み込みで使用人として働き、悠里は彼女の契約友達で付き人だった。
執事なんて立派なもんじゃあなかったけど、彼女は中々にうっかりの多い子だったから、かなり活躍していたと悠里は思っている。
「ゆうくん、大きくなったら結婚しようね」
「無理じゃないかな。ぼくんちお金ないし」
「みそらの家にあるから良いよ。働かなくても暮らしていけるの。だからずっとみそらと一緒に遊んでいれば良いよ」
幼少期の麗しき思い出。素晴らしきニートへのお誘い。ついでに結婚の約束。
約束された輝かしい未来がそこにはあった。
なのに……まさか高校進学も目前にして彼女の家が没落するなんて思わないじゃあないか。
♢♢♢♢♢
「うん。平気だよ。お
ポチッとな、と通話を切る。
「アイリ様ですか?」
「そうだよ。向こうでも元気そうだから心配要らないみたいだな」
「仲良いですね……本当の兄妹のように」
「ま……最近はめっきり会う機会無いけどな。しばらくは両親と一緒にイギリスにいるってよ」
「会いたいですか?」
「ん? まあ偶にはな。
イギリスで音楽の勉強を頑張る血の繋がらない妹の顔を思い浮かべる。
親の再婚で急に金持ちのボンボンになった悠里。
悠里の母親は息子の身内びいきを抜きにしても美人だったのもあり、早くに奥さんを亡くした金持ち娘持ちダンディーに
現在はイギリスで素敵なブルジョア生活を送っている。
アイリはそんなダンディな義父の娘だ。
ユウリとアイリ。そう並べれば音の響きも兄妹っぽいし血が繋がってないだとかは気にならない。アイリは大事な妹だと思っている。
一人っ子だった悠里は、同い年のお嬢様、美空のことを妹分のようにも思っていた。
だけど、立場の違いもあったので人前で馴れ馴れしくはできなかったし、気安い妹が出来たのは大歓迎だったりする。
「送ってきた写真見た感じだと、結構大人びて美人になってたな。ありゃ周りの男達が放っておかないな。次会う時が楽しみだ」
(金髪碧眼の彼氏なんて紹介される日も近いかもな。英語もっと勉強しなくちゃな)
なんて考えて、悠里は思わず顔がほころぶ。
「そんなにアイリ様と会いたいんですね」
「まぁな。俺の趣味の理解者だし……ってなんだその顔は」
駄メイドの表情の変化を読み取るのは得意だけど……何故ぶんむくれてるんだろう?
(フグみたいだな。なかなか似合って可愛らしいじゃないか。いつもこういう表情をしていて欲しいもんだ)
そう思いつつ、膨れたほっぺを右手で鷲掴みにして空気を抜く。
「へしゅう……」
「変な音……っていうか変な声出すな。ほら、ちょっと趣味に勤しむから部屋から出て行ってくれ」
「趣味……? ご主人様……女の子を追い出して一体何をなさるおつもりで?」
「変な妄想すんな! それを知られたく無いから追い出すんだろ。ほら、出て行った出て行った」
「ご主人様のえっちー!」
悠里は騒ぐ美空の肩を後ろから掴んで追い出した。
「さて、と……あ、感想来てる! 『一番星』さん! うおー! ありがてぇ。はぁ……絶対美人のお姉さんだよ。言葉づかいとか本当に大人っぽいよな〜」
パソコンを立ち上げて趣味の小説サイトをチェックすると、常連さんからの感想を見つけて悠里は喜ぶ。鼻の下も少し伸びている。
『闇斗様、いつも楽しく拝読させていただいております。今回の予想外の展開、たいへん驚きました。次回の更新も楽しみにお待ちしております……
一番星光 』
そう、
……ただし、閲覧数はかなり寂しい。閲覧数ゼロの日も少なくない、いわゆる底辺web作家という奴だ。
でも、そんな悠里にもこうしてファンがいるのである。
二年前に初めて書いたファンタジー作品にも初めて感想をくれた悠里の一番大事な人だ。
この人以外は感想欄で「うわ、ゴミ小説」だのと酷い事ばかり言ってくるのにこの人だけは違う。絶対良い人だと確信している。
「一番星さん……見る目ある大人の女性なんだろうなぁ」
文学少女がそのまま育ったような、眼鏡をかけた
彼女からの感想は何度も読み返している。
「久しぶりに一番星さんが初めてくれた感想も見るか」
悠里の心のオアシス。
執筆する為のエネルギー。
一番星さんは、悠里にとっては初恋と言ってもいい。
以前悠里は
(いつもは可愛い妹も、たまにはイギリス人の血が騒ぐのか辛辣な時があるんだよな)
妹の反抗期が来ない事を祈りつつ画面をスクロールしていく。
そして、目当ての文章を見て、悠里の笑みは深くなった。
『はじめまして闇斗さま とても素敵な物語ですね
今後もずっと応援しています
なので 何があっても負けずに 創作をきっと続けてください。
一番星 光 』
(初めてくれた感想はやはり格別だな。この優しさに俺は救われたんだ。これは確実に女性であり、おっさんではあり得ない。きっと美人に決まってる)
「いつかビッグになって会いに行きたいもんだ」
椅子の背もたれに寄りかかり、天井を仰いでボソリと呟いた。
名を馳せた自分が、一番星さんに会いに行く姿を思い浮かべて悠里のニヤニヤは止まらない。
(さて、彼女のためにも続きを書かなくては……)
カタカタとキーボードを小気味よく鳴らし、悠里はそのまま夢に一直線だ!
「――ぐぅ」
「ゆうくん……寝てる。もう、またパソコン電源切り忘れてる。こんなんじゃ趣味秘密にするの絶対無理ですよ)
液晶の光に寝顔を照らされながら、悠里は幸せそうに微笑んでいる。良い夢を見ているのだろう。
美空はクスリと笑うと、悠里の体が冷えないように上着を掛けた。
「感想の返事もちゃんと書いてるもんね。ゆうくん偉いですよ。私がずっとそばで応援してるからね」
美空はちゃんと書きかけの文章を保存して、パソコンをスリープにした。
少し悩んで、幸せそうな顔でニヤニヤ気持ちの悪い笑みを浮かべる悠里の頬に唇を寄せてから、起こさぬようにそっと退室。
(こんな時間に寝始めては、きっと夜中の変な時間に起きるでしょうね)
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