第2話 宗教団体、楓の樹
「正樹様、勉強中のところすいません。夕食の用意が出来ました」
寝ていると、
「正樹様? 失礼しますね……ほら起きてください、正樹様」
「……スティーブンか。おはよう」
部屋に入って来た金髪のアメリカ人、スティーブンに体を揺らされる。
「信者達が待ってますよ。ささ、行きましょう」
スティーブンはそう言って、強制的に寝ている正樹の体を起こし、『
連行される正樹は食堂に行きながらちょっとガッカリしていた。
理由は夕食のこと。
呼びに来たということは、夕食当番はスティーブンなのだろう。
今日初めてスティーブンの料理を体験することになるが、正直期待が持てないのだ。
正樹の所属する団体『楓の樹』は父親である
そんな誰でも考えられそうな理念を掲げる団体であるにも関わらず、入信者数は日本だけで約50万人もおり、各都道府県に支部まで存在するほど大規模なのだ。
入信の条件は財産を全て正義に
こんな酷い条件であるにも関わらず、50万人も入信するというのは正義の人柄なのか。
信者の誰1人疑問を持つことなく、楓の樹敷地内で自給自足の生活をしている。
スティーブンも楓の樹入信者の1人だ。
元々は電子機器を専門に扱う大企業の社長だった彼は、その企業の経営権を全て正義に明け渡し、1年前からここ楓の樹本部に入信しているのである。
正義がどのようにしてスティーブンを入会させたのかは分からないし、正直興味もなかった。
そんなことよりも気になるのは、今日作られた食事のことだ。
美味しいものを食べるぐらいしか楽しみが無い正樹にとって、夕食とは非常に大切な時間。
ただ今は「飯が美味しくなかった許さねーからな!」と心に思いながら、重くなる足を食堂へ向ける。
「姉さんは居るの? 部活で遅くなるかもって聞いてたけど」
姉さえ居てくれさえすれば、仮に飯が不味くても楽しく会話して済ませられる。
そう思いスティーブンに姉のことを聞くと、帰って来てるという返事が返ってきた。
それを聞いて少し楽になる。姉が居るなら良しとして、正樹は食堂に入る。
すると大勢の信者達に囲まれ、信者達は一斉に喋り出した。
「正樹様、お待ちしておりました」
「勉強お疲れ様です。美音様はお清めが終わり次第、こちらに来ると言っておられました」
「今日も1日楽しく過ごすことが出来ました。これも楓の樹あってのことです」
「皆、正樹様のお言葉を楽しみにしております。ささ、どうぞこちらへ」
信者達に背中を押され、食堂中央の壇上に上げられる。
お清めとか言うなよ。ただ風呂入ってるだけだろ!
正樹はボソッと呟く。
このようなやり取りはほぼ毎日のように行われている。
正義がテキトーに考えたであろう大雑把な理念で、よくここまで信者達は楓の樹の信仰をするなと、つくづく思うのであった。
壇上に用意されたマイクを手に取り、食前の音頭をとる。
「えー、今日も1日春に向けての仕事お疲れ様。あぁ、そうだ。新しく作ってくれた寝巻き用の着物だけどね。アレはかなり気に入ったよ。オシャレだし、涼しくて最高! みんな、本当にありがとう!」
ガラにもなく明るく振る舞う。
それは信者達を
正義の設立した宗教団体のことを考えるなんてのは、正直めんどくさい。
でも信者達のおかげで不自由なく生活出来ているのも事実なのだ。
家族だけの円満な生活が望めないのであれば、今の生活を崩してはいけないと考え、信者達には出来るだけ明るい姿を見せるぐらいしようと思っているのだ。
仕事の労いを終え、今日の夕食の話に移ろうとする。
「今日はスティーブン達が作ってくれた……何これ?」
机に並べられた赤いスープに目をやる。
切り刻まれたトマトが浮かんでいる。
トマトスープ系だろうとは思うが、問題はトマト以外の具材。
「エビ、セロリ……オクラ?」
「正樹様、ガンボですよ」
「へ、へぇ〜」
ガンボとか言われてもなるほどってならないから!
何を言ってるんですかみたいな顔をしてるスティーブンに少しイラッとする。
アメリカの料理かなとは思っていたが、出てきた物がマイナー過ぎる。
分かりやすくステーキとかハンバーグでいいだろ。
まぁ、初めての食べ物に興味をそそられないこともないが……どんな味だろう!
食前の音頭を取り終え、少しワクワクしながら食事を始める。
今日は姉と2人で話す重要なことがあるため、信者達を周りには置かず、天井から吊るされたテレビに映るニュースを眺めながら、1人で姉を待っていた。
ニュースの内容は3月にアメリカで行われるロサンゼルス会談の話。
アメリカ、イギリス、日本、東ロシアの世界政府加盟国と傲慢国と嫉妬国の欲望国による首脳対談と合同軍事演習がどうやら行われるらしい。
アメリカ、イギリス、日本、東ロシアの対談はよく行われているが、今回は傲慢国と嫉妬国が会談に参加するというのが、かなり世間を騒がせている。
欲望国と世界政府が直接コンタクトを取ったのは、欲望国の建国間もない頃に1回のみ。
ただその時は神機の存在や欲望国の入国制限についての話をされただけで、それ以上は関わるなということで対談は終わったのだ。
それ以降、世界政府と欲望国が交わることは無かったのだ。
そんな鎖国状態が続いていたところに、傲慢国と嫉妬国からの対談要請があったのだ。
傲慢国の王 『アーサー=ルシリエッタ』
嫉妬国の王 『チェン=チーリン』
この2人が神機と一緒にロサンゼルスへ来ることが決まったのだ。
欲望国から神機を持ち出すと自国の閉鎖機能が無くなり、国の防衛が手薄になってしまう。
そこで世界政府は、神機を持ち出してる間だけ、傲慢国と嫉妬国の周辺警備を担うこととなっているというのが、今放送されてるニュースの内容である。
物騒だなと思いながらそのニュースをしばらく見ていると、後ろから声をかけられる。
「軍艦やらで国の周り囲ってさ。守るって言ってた世界政府が攻撃してくるってのは怖くないのかな」
「あっ、姉さん!」
「お待たせ、正樹!」
「待っ……いや姉さん、家でジャージは辞めろっていつも言われてるよね?」
水に濡れた長くて綺麗な白髪をタオルでゴシゴシしながら、白ストライプの赤ジャージを着用した姉が登場した。
正樹の姉、
美音は16歳とは思えないほどスタイルがよく、女性にあまり興味が無い正樹が惚れるほどの超絶美人。
だがいかんせん性格の方は雑の一言。
敷地内では着物を着るべきと正義から教えられ、正樹はちゃんと着物を着るようにしている。
だが美音は違う。ジャージ姿は当たり前、服を着てないことすら多々あるのだ。
それに、今の問題は服装だけでは無い。
「ちゃんと体拭いてないだろ」
「あれ、分かる?」
「見れば分かるよ」
美音の足元に目をやると、歩いて来た道には水滴がポタポタと落ちている。
髪から垂れてきた水滴で無いことは、ズボンがびちょびちょなのを見てすぐに分かった。
「だってー、早く正樹とご飯食べたいもん。体なんて自然に乾くでしょ!」
「……それを言うのはズルいよ」
「何? 顔赤くして? もう、かわいいんだから〜」
美音は豊満な胸を押し付けながらハグしてくる。
15歳の正樹にはその刺激が強く、大事な話があることを一瞬忘れそうになった。
だが正樹は我に返り、美音をはがし、席に座らせる。
「姉さんに話があるんだった。とりあえず座ってよ」
「なーにー、何の話? 真剣な顔しちゃって。告白?」
「楓の樹をどうするかの話だよ!」
真剣な話があるのに茶化す美音。
正樹は少し声を荒げる。
正直正樹は血が繋がって無ければ結婚したいと思うぐらい美音が好きなのである。
今告白したらどうなるんだ? もしかして? とか一瞬思うが、美音を好きだと言うのはまた別の機会にと踏み止まる。
それよりも今は楓の樹の未来を考えなくてはならないのだ。
楓の樹は設立されて以来、不思議と教団内での問題は無かった。
しかし今、楓の樹は
創始者、楓正義が消息を絶っている。
2029年の8月25日を境に、正義との連絡が取れなくなってしまったのだ。
信者数を増やす活動で外に出ることが多い正義。
でも連絡はマメに入れる方で、最低月1では家に帰って来てたのだ。
そんな正義が6ヶ月も連絡がつかず、今も消息不明。
正義が楓の樹に顔を出さないのは忙しいからと、信者達は思ってくれているらしいが、このまま正義が帰ってこないとなると、大問題なのだ。
信者達にとって正義は心の支え。
その支えである正義が消えたとなると、楓の樹は崩壊する未来しか見えてこない。
財産を全て譲渡した50万もの信者が路頭に迷うハメになるのは、父親の責任でも見過ごせない。
「俺は楓の樹の運営に力を入れないとまずいんじゃないかと思ってるんだ。なんなら自分が代表代理ってことで、教団の先頭に立つことも考えてる。だから高校目指してる場合じゃ無いと思うんだ」
美音に楓の樹の現状と自分がやるべきことを告げる。しかし
「大人達が好きでやってるんだから、自己責任よ。子供が考えすぎー、可愛くない!」
美音は正樹の悩んでることを可愛くないの一言で終わらせにかかった。
「正樹と一緒に高校通えるならね、楓の樹なんかどうでもいい。父さんが勝手にやってたことだし」
「勝手にって、軽く言うね」
「勝手によ。ねぇ正樹、勉強見てあげるからお姉ちゃんと一緒の高校行こ。私は正樹と一緒ならなんでもいいんだから!」
美音は真っ直ぐに正樹を見つめ、本音をぶちまける。
その言葉に正樹は心を奪われる。
好きだ美音、愛してるー!
口に出すことはしないが、頭の中はこの言葉でいっぱいであった。
「うん、俺頑張る! 楓の樹のことは暇な時にでも考えるわ!」
美音大好き正樹は頭の中がお花畑状態になり、美音に手を引かれ、部屋に戻る。
残り5日、間に合うかも分からない受験勉強に、2人は取り組むことにしたのだった。
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