第2話 龍治にやられチャイナ

「今どき道場破りなんて、時代遅れアルよ。流行っていないアル。あなたたち、もっと時間を有効に使うがヨロシ」

「おい、お前! 何なんだよ、さっきから!」

「はいはい?」

「そのふざけた喋り方はよおっ! バカにしてんじゃねーぞ!」


 いやバカにしているのは、そっちだろう。

 道場破りの1人がキレた。やれやれ。こっちは、ちゃんとした言葉を遣っているというのに……。というか決して暇じゃないオレが、話し相手になってやっているのに……。荒くれ者な上に無知とは、どうしようもない人間だ……よし。オレは優しいから、教えてあげよう。


「これは協和語アルよ。立派な言葉アル。この機会に、あなたも理解するがヨロシ」

「はあっ? わっけ分かんねぇ! そんな言葉で話すな!」


 ほう……それなら、これはどうだ。


「◆◎▲♪︎▽#、*★▼◇~。*●○@※□♭︎!」

「ああぁーっ! ますます分からん!」


 全力で協和語を否定されたため、中国語で話してみたが……ダメだった。でしょうね。


「血の気が多いアルね。もうちょっと穏やかになるがヨロシ。ちなみに協和語の『協和』というのは、仲良く協力し合うって意味アル。だから、あなたも協和語を話してみるがヨロシ」

「あーあーうるせぇなっ! この中華坊主!」


 とうとう奴はオレに向かって拳を放った。

 ……可能であれば話し合いで解決したかったが、やはり闘うしかないのか……。


「アイヤァー……あなたって人は、本当に荒々しいアルね~」

「チッ!」


 あっさりオレに突きを避けられた男は、おもしろくなくて舌打ち。もちろん、これで終わりではないのは分かっている。


「ふざけんなガキィッ!」

「ほあぁ~、なかなかの手数アルね」


 ブチギレ男が次から次へとオレに向けて、力強い拳を放つ……まあ全て不発だが。いやしかし音ゲーでもしている気分だ。出てくる突きをパッパッと手で止めるのが。


「でも……」

「ぐっ!」


 荒れ散らかしていた男が、やっと静かになりそうだ。なぜなら……。


「ちゃんと隙は、あったアルよ」


 オレが男の鳩尾に、素早く拳を突いたからだ。苦しみ出した男は、そのままグラァッ……と倒れ込んだ。その様子を見ながら、オレは胸の前に右の拳を用意し、それを左手で包んでペコリと頭を下げた。あっ……でも、お辞儀のタイミングで目を閉じていた。


「ほーけんれーだっけかあっ? そんなことしている場合かよっ……」

「ほあ~、よく知っていたアルね。カンフーの挨拶を……卑怯者が」


 抱拳礼をしているオレの背後を狙った男は、すぐに撥ね飛ばされた……オレによって。


「この調子で鉄山靠……あるいは貼山靠という技があることも覚えておくがヨロシ」

「オラオラ、こっちにいるぞー……うあっ!」


 今度は前から襲われたが、即オレは相手の片腕を取ってポーンと投げた。軽い軽い。


「一応、投げ技シュアイジャオも心得ているアルよ」

「ぐえっ!」


 あっ。


「アイヤァ~……ごめんなさいアル! わざとじゃないアルよー」


 やっちまった。よりによって、さっき撥ね飛ばした奴の上に重なってしまうとは……まあ気にすんなって。


「さて、残りの皆様は……どうするつもりアルか?」

「ひいっ……」


 オレが倒した奴ら以外にも、まだ道場破りに来たと思われる者たちがいた。オレに顔を見られた途端、戦慄が走った模様。


「……確かにオレは、あなたたちが思っているように未熟者だよ」


 このオレの言葉を聞いて、倒れた者もそうじゃない者も目を丸くして、一斉にオレを見た。みんな「いや標準的な日本語、話せるんかい!」とでも言いたいのだろうか。


「でもオレだって、誇りを持って真剣にカンフーやってんだ。だから、中途半端な気持ちで闘ったり……バカにしたりするのは許さない」

「ごっ……ごめんなさ~いっ! 失礼しましたぁっ!」


 オレに睨まれると、道場破りたちはバーッと逃げ去ってしまった。元気な数人が、律儀に倒れていた者を運んでいる。もしかして、根は悪くない奴らなのかも?

 うーん……でも奴らを逃がさないで、警察を呼ぶべきだっただろうか。それとも罰金を払ってもらうべきだったか。後者ならば儲かって良きだけれど……。大事にするのも面倒なことか……。

 しかしオレも、まだまだだ。


「キャーッ! 龍ちゃん、かっこいい~!」

「守ってくれて、ありがとう龍ちゃん!」

「やっぱり強いわね、龍ちゃん……。ステキよぉ~」

「龍ちゃーんっ! 後で、いっぱいお菓子あげるからねーっ!」


 そして、いつの間にか道場の外にギャラリーができていた。振り返った先には「やれやれ」と息子に言いたげな腕組み母ちゃんと……いつもオレを「龍ちゃん先生」とアイドルみたいにチヤホヤしてくれる、太極拳クラス受講者の皆様がいた。

 さっきまでのオレの闘いを見ていたのが、ちびっ子たちではなくて本当に良かった。あの子たちがオレの真似をして、危ないことが起こってしまうのは絶対に避けたい。


「お待たせして、すみませーんっ! 今から行くアルよーっ!」


 さあ、今日も元気にカンフーの先生をするか。




「いやー、やっぱり強かったなぁ龍治……」

「成長しているよ、本当に……」

「さすがカンフーの先生だ!」

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