も〜怒った! 商売道具を壊すんじゃねえ!
――その言葉を合図にするように、リクは一気にヨウの懐へ踏み込んだ。
案の定、ヨウは白鞘を素早く振り上げ、刀身が青白い輝きに包まれる。肌に刺さるような圧迫感から、そこに込められた魔力の大きさがひと目でわかった。
(弾くのは危険……ここはかわす!)
リクは、ダンジョン入口で見たヨウの剣筋を思い出し、わずかにタイミングをずらして身を引く。肩先をかすめる閃光が、ギリギリで通り過ぎていった。
体勢を崩さぬまま、リクは拳へ魔力を込める。狙いはヨウの懐――しかし、ヨウも巧みに鞘を使い、衝撃を受け流してくる。
硬い衝撃音がぶつかり合い、リクの腕に互いの魔力が拮抗する嫌な重さが伝わった。
「……っ」
きしむような圧迫感に、ヨウが短く息を呑む。一方、リクも決定打は出せず、一度距離を取った。
リーダーが悲鳴混じりの声を上げながら必死に割って入ってくる。
「なに二人でケンカ始めてんだよ! こっちはコアの出荷が――」
「……そんなに強いのに、こんなオモチャの製造をするなんて……」
リクがヨウを睨むと、横でリーダーが「オモ……!? こんなってなんだ!」と噛み付く。
「はあ?」
「俺は、こんなクエストなんかで悪事に加担したくない!」
リーダーは「なんかってなんだ!」とさらにツッコむが、リクは気にも留めない。
「言ってることがめちゃくちゃだぞ。結局なにがしたいんだよ」
「さっき言ったとおりだ……ヨウを倒して……それで全部止める!」
あまりにも真剣なリクの表情に、ヨウもついに深い溜め息をついてからゆっくり顔を上げる。その瞳には、わずかな怒りが宿っていた。
「……やってみろ」
リーダーが「言うこと聞けぇ!」とリクへ駆け寄ろうとするが、その後ろでヨウは白鞘を構えた。
小さく“カキン”という金属音。
リクが(いま、音……?)と思うより早く、自分の勘が警鐘を鳴らす。
(――来る!)
咄嗟に体を左へ転がして回避。
一拍遅れて、青白い斬撃がリクのいた場所を通り過ぎ、壁に激突した。
壁に走る大きな切れ込み。それを見て、リーダーが「うわああっ!」と絶叫する。
同じ軌跡上にあったダンジョンコア(偽)の山も、見事に真っ二つ。商売道具を破壊されて大慌てだが、リクもヨウもまるで聞いちゃいない。
(あんな芸当ができる奴なんて、冒険者でもそういない!)
しかし悠長に驚いている暇はない。ヨウが次の瞬間には眼の前まで迫ってきていた。
ヨウの踏み込みと同時に、横なぎの一閃が走る。
「くっ」
リクはとっさに身をかがめ、かわす。
すぐさま拳を叩き込もうとしたが、ヨウは拳がとどく範囲の外、絶妙な間合いを保っている。
「も〜怒った! 商売道具を壊すんじゃねえ!」
リーダーが顔を真っ赤にしてずかずか近づいてくる。しかしそれでも二人はまったく意に介さない。
本来なら素手同士で打ち合えば、リクが手数で押せるはず。しかし、ヨウの剣筋は最小限の動きで反撃のタイミングを潰し、リクに一撃を叩き込む余裕を与えない。
まるでこちらの拳の間合いを徹底的に外すかのような絶妙な距離感だ。
(刀と手じゃ、リーチが違う……けど、さっきほどの威力はない。今ならイケる!)
ちょうど振り下ろされていた刀身を、魔力を込めた拳で左へ弾き飛ばす。
ガン! と金属質の衝撃が走った瞬間、リクは一気に踏み込み、追撃の態勢に移る。
だが、ヨウも素早く間合いの外へ身を引いて逃れた。
(やっぱり速い。だけど――)
リクは右脚へ魔力を集める。狙うは、ここしかない絶好のタイミング。
一瞬、周囲がスローモーションになったように感じ、ヨウの目が見開くのが見える。
(捉えた!)
回し蹴りを振り抜こうとした瞬間、リクの視界を割り込むものがあった。
スローモーションのまま、ぬっと飛び出してきたのは――リーダーの顔。
(――は?)
無防備に突っ込んできたリーダーの顔が、リクの強烈な蹴りと衝突。
リクの脚は、そのままリーダーの顔面を容赦なくへしゃげさせていった。
「ぐっはぁっ……!」
凄まじい衝撃音が狭い室内にこだまする。
蹴りの勢いでリーダーはふっ飛ばされ、壁に激突。そのまま意識を失い、床に転がってしまった。
リクは中途半端に足を下ろしながら、唖然と立ち尽くす。
今のは自分でも完全に予想外だったが、止められなかったものは仕方がない。
「……ごめん」
リーダーがぶつかった衝撃で、壁にかかっていた古い布がバサリと大きく舞い上がる。
ちょうどフックが外れてしまったのか、布はゆっくりとずり落ち、その奥に隠されていた鉄格子の牢がむき出しになった。
「?!」
リクとヨウは思わず戦いの手を止め、暗がりにうずくまる人影を凝視する。
「だ、大丈夫ですか……?」
恐る恐る問いかけるリクに、か細い声が返ってきた。
「う……ギルドから……調べに来たら、不意打ちを……。どちらが……ヨウさん、ですか……? 僕はラビさんの依頼で……」
その言葉にヨウの眉がピクリと動く。
「まさか、お前が協力者か?」
相手は苦しそうに「そう……です」と呟くと、そのまま安心したように意識を失った。
ヨウがリクを鋭く睨みつける。
「……お前、何?」
「……あー……」
(ギルドの依頼……? じゃあ、ヨウは依頼主じゃないのか……?)
◇◇◇
ヨウはひとしきり事情を聞き終えると、深くタバコを吸い込み、大げさなくらいのため息をついた。言葉にならないほど重苦しい息のあと、ようやく口を開く。
「……そんなクソみたいな依頼、よく受けたな」
「すみませんでした……。あと、いろいろ失礼なこと言った気がします……」
リクは思わず敬語になってしまう。さっきまで「倒す!」とか吠えていたのが嘘のような、しおらしさだ。
「もういい。まだこいつの仲間がいるらしいからな。俺は行く」
ヨウの言葉にリクは大きく息をついた。自業自得とはいえ、ひどく徒労感が募る。
ふと目を落とすと、床に赤い鉱石のかけらが転がっていた。軽く拾い上げると、微弱ながら魔力を感じる。先ほどリーダーを吹き飛ばした衝撃で、どこかからこぼれ落ちたのか。
(ダンジョンコア(偽)に使われてた魔鉱石……? でも赤い……)
まじまじと覗き込めば、内部に文字とも文様ともつかない、不思議な揺らぎが見える気がする。だが深く考える暇はなかった。
「おい」
短い声に顔を上げると、ヨウが親指で何かを弾いてよこしてきた。
慌てて受け止めて開いてみると、それは500ルーナ硬貨。
「分け前。一応、こいつを気絶させたのはお前だからな」
「……お、おお……ありがとう」
半ば呆然と礼を言うリクの横を、ヨウは淡々と通り過ぎていく。気絶しているリーダーと、協力者をそれぞれ肩に担いで、黙ったままダンジョンの出口へ向かった。
その背中を見送るしかないリクは、もう一度深くため息をつく。
「俺も……帰ろう……」
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