言えない結論


 僕と別れて速度を緩めたんだろう、すぐに背中が見えた。白線の上をのろのろと歩いている。


「綾人!」


 それでも距離はあるから走った。

 振り返った綾人の顔はハッキリ見えないけど驚いているだろうと予想。

 追いつけば、やっぱりぽかんとしていた。


「え、倫太朗……? どうしたの」

「ちょっと、話がある」


 軽く乱れた息を整える時間をもらう。

 束の間、静寂が流れるけど頭の中で組み立てはできない。

 感情が先走っている気がする。でも僕の目的は決まっているのだ、そこに到達できれば多少穴があろうがどうだっていい。

 僕は綾人をまっすぐ見た。


「さっきの続き、言え」

「……えぇ? わざわざ走ってきて、それ?」

「動機とやらを話すつもりだったんじゃないのか」

「んー、あー、まー、……うん。でも、そういう気分じゃなくなったかな」


 そうだろうな。まったくあの中断はいただけないタイミングだった。

 だけどあの中断は気付かせてくれたよ。

 綾人がどういうやつかと、改めて。


「僕を傷つけたいと言ったな。それから、避けてくれてもいいとも」

「うん、言ったね」

「綾人は僕と友達でいたくない、ということでいいか?」

「……」


 そもそも告白というのは、それまでの関係を良くも悪くも変えてしまうと思う。それくらいは僕でも容易に想像できる。でも今言った友達でいたくないというのは、色恋ゆえの、所謂関係の進展だとかを望んでいるとか、そういうことじゃない。

 傷つけたいと言われたんだ。実にシンプルな当然の疑問ではないだろうか。


 しかしながら僕はこんな疑問を本気で抱いたわけではなく、ほんの少しでも可能性がある点を潰しておくためである。


「だってそうだろう、僕らは同じ学校に通っていてクラスも一緒。三年でクラス替えはあるが同じクラスになるかもしれない、違うクラスになったって通学路はかぶってる。会わないようにするにはそれなりに労力が要る。そんな相手を傷つけて、その後どうなってほしいんだ」

「……」


 綾人の表情はわずかに歪んでいた。ああ、この顔昔はよく見たな。「違う」と否定したいのにできない時、綾人は泣きたいのを我慢してるみたいな顔をするんだ。小学生の頃より大人びたというのに、まったく変わらない。


 いっそ頷けばいいのに。傷つけたいのなら今が大チャンスだと思うのだが。

 直接的な攻撃は好まないか? そのための嘘は無理か、ためらってしまうか。

 ……なんてことはあまりに意地悪なので言わないけども。

 まったく。なんとも綾人ことだ。


 なんにせよ、この可能性は潰せた、でいいかな。

 小さく息を吐く。


 綾人のいう『動機』について、僕はひとつの結論に至っている。それがどうして傷つけたいとなるのかは、正直わからないけど。

 僕は続ける。


「傷つけたいというのと避けられてもいいっていうのはどうにも合致しない。別のベクトルだ。僕に嫌われたくて傷つけたい? ならば頷ける。僕とかかわりたくないから避けられてもいい? それも頷ける。まぁそう考えれば合致しなくもないな、いやがらせ的なさ。でもイタズラでないことはわかってるんだ。そうするとまた戻る、合致しない。理屈じゃないのだと言われればそれまでだが。

 だけどこう考えればいくらかスムーズだ。傷つけたいだとかは目的ではなく手段なのでは?」

「…………」

「綾人、お前は春休みの間も悩んでほしかったと言った。それから前田の話をした。――僕はこっちに動機があるんじゃないかと思う。

 僕が避けるのではなく。綾人が僕から離れるつもりなんじゃないのか?」


 その場が静まった。風の音がする。

 ぱちぱちと瞬きをした綾人は微かに開いていた唇をきゅっと閉じた。瞳が不安定に揺れている。


「は、はぁ? な、にそれ……」

「違うなら意見を言うんだろ、そうしろ」

「……まあ、高校は違うとこ受験するかも、だね」

「僕らはまだ二年だ。すぐに三年になるけど、それでも高校まで一年あるぞ」


 僕からはこの結論は言えない。

 だから誘導するしか確認の手段がない。

 顔を伏せたり口元を手で覆ったり。その手で前髪をかきあげたり、そのまま滑らせ首を擦ったりと。

 とにかく落ち着かない様子の綾人を僕は黙って見ていた。


 大きく呼吸する音がして。

 手を首に置いたまま綾人は言った。


「離れるつもりとか気持ちとか、そういうのがなくても、……遠くになることは、あるかもね」


 ここだ。僕はすかさず、短く問う。


「たとえば」

「え。あ……そう、だね。た、とえば」


 綾人の口元が震えている。

 首を擦っていた手に力が入ったのがわかった。


「ひ……、引っ越しする、とか」


 言って綾人は僕から顔を背けた。

 擦っていた手を首の後ろ側へ回して。まるで隠すみたいに顔を守っている。


「綾人」


 名前を呼んでも振り返らないから腕を引く。

 弱い力じゃ抵抗されたから、僕は肩を掴んで強めに力を加えた。

 首を支えていた手は下りたけど、それでも首筋は抵抗していてこちらに振り向かない。

 だけど顔に近い部分に触れて、熱が伝わる。


「僕を見くびるなよ」


 言って手を離せば綾人の肩が小さく上下した。


「お前がどんだけ悩んでんのか知らんが、でも僕は知ってる。お前が思い悩むことの大半は僕に話せば解決するんだ!」

「そんなこと……。こればっかりは、倫太朗にも解決できないよ!」


 綾人の声は僕より大きかった。

 なのに強さも圧もない。


「だって俺も……りんたろ、うも、子供だ!」


 やっぱりだ。僕の結論はどうやら正解らしい。

 だけど喜びなんてない。達成感なんてない。満たされることももちろんない。


 ああ、もう。本当にコイツは。





















――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 なんと。コメントつきレビューいただきました…!

 励みになります。意欲にも繋がります。

 本当にありがとうございます!リアルな体調不良も落ち着いて。まるでお薬…!


 作品フォロー、☆評価、応援、コメント。本当にありがとうございます。

 更新遅くて申し訳ないです。


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