第46話
「…あ、あたしなんか、何の取り柄もないよ。チビで痩せっぽちで可愛くもない、ただの野球オタクで…」
「こら」
陽ちゃんが怖い口調で割り込む。
「僕の好きな人の悪口を言っちゃダメ」
真っ直ぐに、あたしを見つめる。
「…僕が、好きなんだから。ミリ姉ちゃんのこと。昔から、ずっと」
「よう、ちゃ…」
声が出ない。何と答えていいか分からない。
グラウンドからは試合の音が聞こえてくる。客席にファウルボールが飛び込んでくるたびに、観客の悲鳴にも似た歓声が上がる。
でも今は、その野球の音が耳に入らない。まるで誰かがスピーカーのヴォリュームを勝手にいじってしまったかのように、周囲の音は小さくなって、その代わりに、陽ちゃんの声と自分の心臓の音だけがやけにはっきりと聞こえてくる。
こんなことは初めてなんだ。いつだってあたしの世界は野球を中心に回ってたから。
だけど、今は――
「ミリ姉ちゃんの、一生懸命に応援する声が好きだ。ねぇ、覚えてる?リトルの地区大会、グラウンドに誰よりも大きな声で姉ちゃんの声が響いてたこと。“陽ちゃんなら絶対に打てる!あたしは信じてる!”って。あの言葉が、今でも僕の耳の中に残ってる。いつだって僕はその声に励まされてきたんだ」
目の奥が熱くなって、視界がぼやけた。陽ちゃんの顔がゆらゆらと揺れる。
「正直、野球を辞めたいと思ったことも何度もあるんだ。野球部の練習はすごくキツかったし、先輩達から嫌がらせをされたこともあったし、野球を辞めて母さんと一緒に暮らそうかなんて考えたことも一度や二度じゃなかった。でも、そのたびに“プロ野球選手になってミリ姉ちゃんを迎えに行くんだ”って思って、それで気合を入れ直したりしてさ」
「…別に、会おうと思えば、いつだって会えるじゃん…」
「うん。…でも、次に会う時には絶対にプロ野球選手になってから、って決めてた。そして、こう言うんだ、って決めてたんだ」
陽ちゃんはあたしの手を握り直して、繋いだ手をお互いの顔の真ん中に掲げた。
「――僕のお嫁さんになってください。ずっと変わらないで、僕のそばにいてください」
…もう我慢ができなかった。涙が溢れて、次から次へとこぼれ落ちていく。何か答えなきゃいけないのに、声が出ない。
どうしたらいいの。こんなの初めてだよ。
――ううん。違う。
今、ようやく気づいたんだ。
あたしは、ずっと昔から、陽ちゃんに恋をしてたんだ。ずっとずっと、変わらずに。
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