第41話 それは初めてのシュート
「わぁ、凄いね、県選抜かぁ」
選ばれるべきなのに選ばれなかった筈の
「わたしより、雅が選ばれるべきだと思う」
ぼやくと少しだけ雅の顔が真面目になった。
「駄目だよ、涼。そんなこと言うと、私、怒るよ」
普段は、平日の練習が軽めで土日の練習が厳しいが、夏休み中は、それが逆になり、平日の練習がきつくて、土曜日が半日で、日曜日が休みだ。
今日は土曜日で、午前中の練習が終わって、雅は午後からわたしん
最大の目的は夏休みの宿題だ。わたしの部屋で卓袱台を挟んで、二人で課題のワークブックに取り組んでいた。
夏休み前から宿題をさっさと終わらせて、練習のない時には遊びまくろうと計画したのだった。
二人とも成績がそれほど悪いわけではないが、高校が進学校でもあるので、油断しているとあっという間にひどいこと、すなわち部活禁止の補習になる。
「ごめん、怒んないで」
わたしが慌てると雅の表情が緩んだ。
「あはは、まだ怒ってないよ」
雅の口調はいつも通り、ゆっくり目で優しい。その表情や口調が剣呑になるのは試合の時だけだ。
「私が選ばれる筈だったって、そう言ってもらえるのは嬉しいよ。でも、自分でも選ばれない理由が何となく分かるん」
「そうなの?」
「多分、大会で私のポジショニングが試合毎で違ってたからじゃないかな。主に
「だって、それは先生が決めたことじゃん。雅はFWがやりたいって言ってるのにさ」
わたしは口を尖らせる。
「でも、まぁ涼の言う通り、器用貧乏なん。どのポジションでもこなせるけれど、その分、これといった武器がなくて、結局、特技がないって、見られたんじゃないかな」
前にわたしは、器用貧乏の意味がよく分からないまま、その言葉を使った。今、雅が言ったことから、雅が器用貧乏と言われて嫌な顔をした理由がようやく理解できる。
「どこで、どう使える選手なのか、見せられなかったってことなん」
そう言った雅のシャープペンを握った手が、ワークブックの上でピタっと止まった。じっとワークブックを見詰める目が真剣すぎて、何を言ってあげれば良いのか分からなくなって戸惑う。
雅だって、本当は選ばれたかったに決まってるよね。
「すず……」
遂に、泣きそうな声で雅がわたしを呼んだ。
慌てて雅の目を覗き込む。
「……駄目、分かんない」
「え?」
「数学、この問題、分かんないよ、これ!助けて、
「もう、やだ。心配して損した。どれよ?」
「これぇー」
雅がテキストをちょんちょんと指差しながら、本当に泣き出しそうな顔をしていた。
そんな雅を見てちょっと安心した。自分なんかが選抜されてしまったという罪悪感が薄まったような気がした。
その日、勉強した後、軽くジョギングとストレッチをして、庭に設置してあるバスケゴールでふざけながら1on1をして、お母さんの作ったご飯を食べて、またも雅が大盛り三倍おかわりして、一人ずつお風呂に入って、少しだけ宿題の続きをした。
そして、今は、並べた布団の片方にだけ二人で横になっている。
ほんのさっきまで、はしゃぐようにおしゃべりをしていたけど、次第に話が途切れがちになり、今は、ただ黙って見詰め合っている。沈黙を破ったのは雅だった。
「涼、私だって本当は悔しいん」
雅が真面目な顔でポツンと言った。
「でも、涼とゴトゥーが選ばれたのはホントに誇らしくもあるん。だから、びっくりするくらい巧くなって帰ってきて」
雅の目が半円になる。
わたしの好きな笑顔だ。雅から目が離せなくなる。
「…大好き」
「そーいうの、いきなり言わないん……」
雅が一気に頬を赤く染める。
「いやあ、つい口から出ちゃった、へへ……うぉわっ」
いきなり雅がわたしの胸に顔を埋めるように抱き着いてきた。
雅の両腕がわたしの腰に回されている。密着された!
「あの、えっと」
わたしが戸惑っているうちに雅の腕にぎゅっと力が入って、わたしを引き寄せようとする。もう、これ以上はくっつけない。
「雅……」
抱き合うと言うより、雅がわたしにしがみ付いている状態だ。わたしはどうしていいか分からなくって困ってしまい、両手の行き場がなくなって、雅の背中の向こうを彷徨っていたけど、結局、左手を雅の背に回し、右手でゆっくり何度か、その髪を梳いた。
互いに横向きだったのが、今は、少しだけ雅の体がわたしの体の上に乗っているような感じだ。わたしの腰の下には雅の右腕が潜り込んでいる。
「暑いよ、雅。それに、右腕が潰れちゃうよ」
「……離れてほしいん?」
くぐもった声が顎の下から聞こえてくる。意外になんかすごいことを言うなあ、と焦りながら、雅の右腕に体重がかからないような体勢を探し、
「じゃ、もうちょっと、このままでいる」
そう答える。
腕の中の雅が熱い。熱の塊みたいだ。
感触なんて分からない。
髪の匂いすら、熱い。
そう思ってる自分の胸も熱い。
心臓が暴れる。
困り果てていると、しばらくして雅がすっと体を離して、わたしの顔を見ながら横たわった。わたしの左腕が腕枕のような状態になる。
「あはは、涼ってばドキドキしすぎ。心臓がやばいことになってるの丸分かりだったよ」
そう言って笑っている雅の顔も真っ赤で、額には汗が滲んでいた。
笑ってるけど、目が、試合の時みたいな
目の前にある雅の顔、その瞳がゴールを狙っている時みたいに爛々としていると思った次の瞬間、視界が雅の顔で塞がれて
ほんの僅かな接触の後、雅は隣の布団へとゴロンと転がって、わたしから少しだけ距離を取った。
そのまま、雅は仰向けになると、両手で顔を覆うと呟いた。
「…あああ、恥ずかし」
「え、ちょっと、今の」
我に返って上半身を起こし、隣の布団に横たわる雅の上になり、顔を隠している雅を見下ろす。
「ゴーーーール!……でしょ。あはは」
「あははじゃないよ、もう」
そう言いながら、わたしは、顔を覆っている雅の手を剥がして、今度は、自分から雅の顔に顔を近づけた。
それが、わたしたちの初めての
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