第32話 おっさんはフラグを立てられる
僕の持ち点は1000まで増えた。
元々の上限はどこまであったのかと聞きたくなったが、上機嫌で料理をふるまう妹になにも言えなかった。
こうして家族会議は無事に……無事に?
無事に……終わったと思う。
こじれた気もするが、権太郎には感謝して……いいのだろうか。わからない。
持ち点に関しても新たなチェック制でいくそうだ。
ものすごくシンプルで、家族を心配させるとポイントが減ってしまうらしい。
妹曰く『ポイント0になると胸が張り裂けて倒れてしまいそうです。そうなったときは兄さん、一緒に暮らしましょう。共に歩みましょう』とのことだ。
次に0になったときは同居と転職は間違いないと思う。
伯父とはいえ、年頃の姪っ子と一緒に暮らすのは難しいのではと伝えた。
しかしつづきちゃんは「前も言ったけど大丈夫。むしろ大歓迎だよ」とWピースで答えた。Wピースがマイブームらしい。外堀は埋まっていたというか、つづきちゃんを鳩おじさんとして助けた時点で運命は決まっていたのかもしれない。
家族を支えられるなら同居はかまわない。
だけど実妹が実妹の枠組みからはみだしてきそうで……。
もし妹に本気で甘えられたとき、僕ならお願いを聞きかねない。昔からそうだ。
やっぱり地に足つけて働く姿を見せていくのがベストだと僕は思う。
ようは今度こそ【ポイント0にせずに、今の生活をこなしてみせる】だ。
そして【大人しく普通に暮らしましょう】でもある。
それなら妹も安心するだろう。
異世界帰りの話も信じてくれたようなので、これから顔を合わせる機会が増えると思うし、生活面で支えられたなと思う。
しかし転職はさすがになあ。
仕事はまだ慣れないことはあるが、愛着はある。
苦労を共にした同僚の顔を思い浮かべれば、ほら。
終里さん(笑)。終里さん(笑)。終里さん(笑)。終里さーん(笑)。
……………………。
「――終里さん(笑)」
佐々原君が(笑)を彷彿させる笑みを浮かべていた。
昼下がりのダンジョン案内所。
すっかり僕の日常と化した場所だ。僕が机で仕事をしていると、佐々原君が椅子をギコギコ鳴らしながら声をかけてきた。
「どうしたんだい? 今日も小さな失礼見つけられたのかな?」
「小さな幸せみたいに言わないでくださいよ!」
「たまには失礼返ししてみたくてね」
「うぉのれー必殺技みたいに。終里さんが打てばひびくから仕方がないんっス!」
佐々原君は僕が悪いと言い張ってきた。
このやり取りも愛着もてるようにはなった…………のかなあ。
「それでなにか用事かい?」
「つづきちゃんの件です。どうして休止したんっスか?」
「……それを聞くのになんであんな笑みで?」
「終里さんが身構えてくれるかなーって」
佐々原君は嬉しそうに言った。
いまだに舐められている……。
「はあ……つづきちゃんは勉学を優先するんだってさ。きちんと告知するはずだよ」
「そっスかー……。残念です」
「両立できる形は探すそうだよ」
「うーん、若くて強い
「若い子のあいだで十分流行っていると思うけど」
「一攫千金のチャンスがある、レジャー化した、プロの枠組みもある……だからもっと冒険業界は華やかになってもいいと思うんっスよ。新世代
佐々原君は真面目な表情だ。
働くのは嫌いそうでも、案内所に勤めるからには冒険は好きなようだ。
冒険業界もずいぶんとエンタメ化したが、法整備も含めて動きは遅いらしい。
ダンジョンは年配者からすれば脅威でしかなかったから、世代間で認識にズレがあるそうで、足並みがそろわないようだ。
今の若い子たちが企画を動かす立場になれば、また話は変わると思うが。
「私ももう少し若かったら【まりえちゃんチャンネル】でも開設して、配信で盛りあげようと思いましたが……。さすがに仕事と趣味どっちもダンジョンはキツイっスねー」
「なにそれ?」
「なにがっス?」
「まりえちゃんチャンネル」
お互いの顔にクエスチョンマークがついたと思う。
佐々原君がなにかに気づいたようで大口をあけた。
「あーっ! 私の名前忘れていますね⁉」
「な、名前? あ、ああ……まりえちゃんってのは……」
「私の名前です! 佐々原まりえっス! 名刺交換したじゃないですか!」
「佐々原君は佐々原君だったから……」
「ありえないっスよ!」
佐々原君はうがーと怒った。
「ごめんごめん。ほら、同僚を名前で呼ぶことなんてないじゃないか」
「……私は覚えていたのに。終里はじめ」
自分だけが覚えていて、僕が覚えていなかったのが癪らしい。
しかし佐々原まりえ、か。
ずっと佐々原君呼びだから、佐々原君が苗字で名前みたいなものだったしな。
下の名前を知ると佐々原君の解像度があがったというか、いや解像度ってなんだって話だが……。
ヒロインとしての……? ヒロインってなんだよ……。
でも妙なフラグが立ったような立っていないような……。
「終里さん、今失礼なことを考えたっスね」
「考えてないない」
「ぶー」
佐々原君はちょっと拗ねたようだ。
いろいろあったけど、佐々原君との仲はよくなったと……思う。わからない。いまだ舐められているし、余計からまれるようになった気もするが。
僕は苦笑しながらたずねた。
「……佐々原君、僕が転職したらどう思う?」
「なんですか急に」
「なんとなくね」
「そりゃあ寂しいっスよ」
佐々原君は当然でしょうみたいな顔をした。
うっ、予想外の反応で逆に困るな。
「終里さんの上司になって、まだコキ使っていませんし」
「その目標は変わらずかい」
「あと先輩ってまだ呼んでいませんね」
僕がきょとんとしたら、佐々原君は腕を組み、なぜか偉そうに言った。
「仕事上は先輩なわけですから。……機会がなかったので、さん付のままですが」
「うーん、先輩か……」
「なんっスか。イヤなんっスか」
イヤじゃないが……またさらに解像度があがってきたというか……。
解像度ってなんだよって話だが……。妙なフラグめいたものが……。
僕がなかなか言語化できずにいると、佐々原君はニタリと不穏に笑う。
「もしかして先輩呼びは抵抗あるんっスか?」
「そこまでは言わないけど……」
「終里先輩、先輩、先輩、せんぱーい」
「ここぞとばかりに……君って人は」
「えへへー、終里先輩」
佐々原君は実に嬉しそうな顔で、親しみをこめて先輩呼びしてきた。
…………遠慮のない、失礼で生意気な後輩のほうが僕には働きやすいのかもな。現代社会のブランクがありすぎるし、きちんと言葉にしてくれたほうが助かるか。
そう思うと、ジュリアは馴染むの早いな。
管理局でバリバリに働いているみたいだし。
まあ佐々原君は佐々原君。ヒロインフラグが立つことはない。
いやヒロインフラグってなんだよ……。佐々原君も歳の離れたおっさんはイヤだろう。
ただこれから彼女に大変なことが起きて、助ける流れになるような気配が……。
「そうそう、終里先輩」
「なんだい?」
「私、今日は早上がりしますから」
「そうなの?」
「はい、商店街近くの河川敷で珍しいダンジョンが湧いたみたいで……商店街の人たちと見てきます。一応攻略装備をもって。まあ、なにも起きないとは思うんっスけどね。ぜーったいなにも起きないとは思うんですけどね!」
「佐々原君はフラグを立てるのが得意なのかい?」
「なんの話っスか?」
珍しいダンジョンか。
佐々原君の平和そうな顔とは裏腹に、なにかしらのフラグスイッチが押されたような気がした。
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