第24話 おっさんはパーティー会場に向かう

 愛いっぱい大作戦とはなんぞや。

 その答えを知るのは次の祝日となった。


 僕は夕闇にそびえ立つツインタワーを真下から眺めていた。


「魔法なしでこれだけ大きなタワーを建てるほうが驚きだよなあ」


 今夜、このツインタワー最上層でパーティーがひらかれる。


 高さ450メートルほどで、ビル中層には二つのタワーをつなぐ連結橋がある。

 下層はショッピングなどの複合施設。上層はオフィスフロアだ。

 本来はさまざまなグローバル企業が活躍するはずが、世界にダンジョンが湧くようになり紆余曲折があって、右翼タワーが『現実関連』、左翼タワーが『ダンジョン関連』にきっちりと分かれるようになったらしい。


 ラビリンスや案内所の支部も左翼タワーにある。

 右翼タワーの一般企業とたびたび意見交換をしているそうな。


 ダンジョン黎明期を代表するようなタワーで通称『ゲートタワー』と呼ばれている。


 そんなご立派なタワーでパーティーなんて僕には縁がないはずだが、ジュリアのお願いによりこうして馳せ参じることになった。


 ドレス姿の姪っ子も一緒になって見あげていた。


「おじさん、すごいねー」

「ねー、ここで今からパーティーだなんて信じられないよ」

「……タッパーに持ち帰りできるのかな?」

「ダメらしい」

「聞いたんだ。さすがだね」


 つづきちゃんはニヤリとなぜか得意げに微笑んだ。


 ちなみに姪っ子は本来参加する必要はなかったのだが、美味しいご飯が食べたいとのことで席を作ってもらっていた。


 僕たちの会話を聞いていた権太郎が、おすまし顔でたしなめてくる。


「きちんとした場なのですから、ハメはあまりはずしてはいけませんよ」


 そう言った権太郎もまたドレス姿だった。

 姪っ子はニコニコ笑顔で答える。


「はーい。エルナさん今日もとっても可愛いねー」

「ふふふ、つづきも可愛いですよ。リリナリア家として、恥ずかしい恰好は見せられませんからね」


 権太郎の設定、僕の厨二病よりガチガチな気がするんだが。


 と、戦友がはやく世辞をよこさんかいと見つめてくる。


「…………………………………可愛いよ」

「死ぬほど不服そうじゃの」


 可愛いよ。すごく可愛いと思う。美少女だよ。

 だから不服なわけで。


 そう言わずとも伝わったのか、権太郎はおすまし顔でわき腹をズシズシと突いてくる。

 うがーと睨みあっていると、明るい声が玄関口から聞こえてきた。


「みなさーん! 今日はキテクレテありがとうデース!」


 ジュリアだ。

 白衣をぴったりと着こなしていて、一応余所行きの恰好なのがわかる。


 僕はぴょいと手をあげた。


「こんばんわ、お招きいただきありがとう」

「はいな! 今日はいーっぱい愛をとどけましょー!」

「……愛なのかなあ」

「愛デース! みんなに愛をふりまくのデース!」


 ジュリアはほわわーんと朗らかに笑った。


 今夜タワー上層で、政府高官を集めてのパーティーがひらかれる。

 全員がダンジョン関連の人たちで半覚醒者についてもよく知っているらしい。どうして僕みたいなおっさんがここに呼ばれたのかだが。


 ジュリアは管理局でこう言ったのだ。


『半覚醒者をメリットにとらえる人たちもいまス』


 半覚醒者が増えることによる社会的影響よりもメリットが強い。

 世界は変化したほうが得だ。


 そう考えている人もいるらしい。


『管理局も一枚岩とはいえまセン。資料だけではわからないものがあると思いマス。そこで異世界帰りのワタシたちが愛をご披露するのデース!』


 ここでいう愛とは、ジュリアの愛の眷属モンスターを解放することだ。


 ちょっぴり乱暴なモンスター(ジュリア基準)と現実世界で僕たちが模擬戦してみせることで、異世界化の危険性を肌感覚でわかってもらうとのことだ。


『世界変革の考えをより強固にするかもしれマセンが……少なくとも、意見がとおりににくくナルと思いマス。あと、現実での対応準備をもっと進めるようにナルかと』


 そして、僕たちのような強い力を持つ人たちは稀だということも知ってもらう。

 厨二病魔法をご披露なわけだ。


『お願いデース……。みんなが受け容れられるまでの時間が欲しいのデース』


 みんなとは、顔も知らない誰かのことだ。


 癒しの術に適性がなくても、誰かを癒そうとしたジュリア。ずっと変わっていない彼女のために、僕は重い腰をあげた。


 しかし根回しはすんでいるらしいが、本当に大丈夫かね。

 僕が無言で見つめていると、ジュリアが言う。


「大丈夫デス! みなさんには仮面で顔を隠してもらいますカラ!」

「う、うーん……」

「仮面、好きですよね?」

「……意味もなくつけていた時期はあったね」

「はいな! よく覚えていまス。……それとですが、はじめ!」


 ジュリアがちょっと吊り眉になった。


「仮面以前に、その恰好はいただけませーン!」

「え? ちゃんとパーティースーツだけど?」

「服以外です! まだまだ整えることができます! こっちにキナサイ!」

「へ? ちょ、おい⁉」


 ジュリアに腕をつかまれて、僕はどこぞへと連れていかれる。

 権太郎は助けようともせずに「会場には先に行っていますねー」と笑顔で声をかけてきて、姪っ子もなぜか嬉しそうにしていた。


 ※※※


 上層フロア。関係者用の更衣室。


 僕はジュリアにスーツの皺や毛やらを丁寧に整えられる。そして大きな鏡の前に座らされて、髪や眉まで整えられはじめた。


「そ、そこまでしなくても、顔は仮面で隠すんだし」

「問答無用デース」


 ジュリアは伸ばしてきた触手でガチガチと歯を鳴らした。


 愛を脅しで使っていますがな。

 とは言わずに、大人しくセットされる。権太郎が美少女化したとき、ジュリアはよくこうして髪を整えていたなと昔を思い出した。


「ジュリア」

「ナんでーす?」

「僕たちがいた異世界がさ……この世界につながってきているのかな?」


 ジュリアの手が少しだけ止まるも、また滑らかにうごいた。

 僕のぱさぱさ髪を梳いていく。


「わかりません。今は考えても仕方がナイカと、対応にいっぱいいっぱいでスし」

「だよね」


 ジュリアがニコリと微笑む。


「他に聞きたいことはありますカ?」

「…………異世界のことを知っている人はどれだけいるんだい?」

「本当に極一部……限られた人だけでス。研究所の同僚も、わたしが半覚醒者のステージが進行しただけと思っている人が大半デス」

「守秘義務?」


 ジュリアはうーんと考えこんだ。


「それもありますガ、異世界の話がこの世界にどれだけ影響を与えるかわかりませんので、必要なこと以外は話してイマセン」

「……そっか。権太郎も同じ考えみたいだな」


 権太郎もネット販売している魔具は質を落としていると言っていた。

 設備も素材も足らないのもあるだろうが、権太郎がガチで作った魔具はこっちの世界ではオーバースペックすぎる。


 今まで銃のなかった世界に、銃を行きわたらせるようなものだ。

 社会にどれだけの影響を与えるのか未知数すぎる。半覚醒者の存在を隠しているのと同じ理由だと思う。

 だから国が半覚醒者の存在を隠していても、僕たちに異議はなかった。


 ……このまま、普通に生きていていいのだろうか。


 僕の冒険は終わった。あとはもう若い世代に任すだけだ。

 自分の手に届く範囲の大切な人たちを守ろうと思っていたが……。


「はじめ、ごめんなサイ」


 ジュリアが小さな声で言った。

 鏡に映る彼女は辛そうにしている。


「えっと…………なにが?」

「今日呼び出したことデス。はじめの選択は知っていたのですが……」

「ああ、そっか」


 僕が普通に暮らすことをジュリアは応援してくれた。

 別れ際に『とっても大事で大切な幸せを見つけられマス!』とも言ってくれた。


「僕たちの生活を守るため、無理したんだよね?」

「……」

「僕があれだけ派手に立ち回って、なにもないはさすがにありえないよ」


 連絡もなかったのは、僕たちの選択を心から尊重してくれたのだとわかる。

 まあけっきょくは……いろいろとトラブったわけですが。


 まだ辛そうな彼女に言う。


「今の生活も大事だけど、仲間も大事だよ」

「……」

「ありがとうジュリア、感謝している。だから謝らないでほしい」

「はじめ……」


 ジュリアはうるんだ瞳で僕を鏡越しに見つめてくる。


 もっと早く会いにくればよかったな……大切な仲間にさ。

 そう思っていた僕に、彼女は熱っぽく告げてきた。


「腕一本いいですカ?」

「そういうところだよ⁉!?!?」

「ちょっとガジガジするだけでーす! ラブラブしましょーーー!」


 まずい! ジュリアの愛メーターが今のでふりきったみたいだ‼‼

 助けてーーー! 助けてぇ権太郎‼‼‼

 うおおおおおおおお、触手ががんじがらめにしてきたあああああ!


 そう心で叫んでいると、触手の拘束が弱まる。

 ジュリアが耳につけていた小型の通信機で連絡を受けているようで、しばらくして大きく目を見開いた。


「大変デス! はじめ!」

「な、なになに?」

「このツインタワーにテロリストがやってキマシタ!」

「へ????? テ、テ、テロリストおおおお⁉⁉⁉」


 テロ?

 テロリストだって⁉⁉⁉⁉⁉⁉

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