第31話 夏休み

 それから数日後。夏休みに入り、僕と結菜ちゃんによる、華乃さんの過去を探る旅も本格的に始まった。なぜか京子もついてきた。


 僕は表面上、華乃さんとのイチャラブカップルを続けた。つまり、からかいの存在しない、空虚な恋人関係ということだ。空虚で気持ちの良いイチャラブエッチだけを続けているということだ。

 ちなみに「セックス」という言葉はとても紛らわしいので、「からかい=セックス」、「肉体的な性行為=エッチ」と呼ぶことにした。呼ぶことにしたっていうか、こんな話をする相手は結菜ちゃんしかいないので、そう呼ぶことにすると結菜ちゃんに伝えた。とてもジトっとした目で「は?」と言われたので呼ばないことにした。とてもこわい。


 まずは、郷土一家とのピクニックに華乃さんを連れていき、結菜ちゃんにさり気なく聞き取り調査をしてもらうことで、情報収集ができた。とてもこわかった。華乃さんも結菜ちゃんも終始ニコニコだったのに、なぜか二人の間の空気だけとてもギスギスしているように感じた。初めて会ってご挨拶させてもらった郷土ママはとても綺麗で優しいお母さんだったけど、彼女たちの空気を目の当たりにしてからは、僕のことをとても胡乱な目で見るようになってしまった。「何でこう、『たらし』に惹かれてしまうのかしらね……血は争えないのね……」と、ペンダントの中の写真を眺めながら呟いているのを聞いて何も言えなくなってしまった。郷土パパ、早く帰ってきてやれ。いやマジで。殺すぞ。郷土パパは郷土の血族を引いていないただの優男らしいので終焉の黒雷エンド・オブ・ザ・ブラックサンダーさえあれば何とかなるはずだ。


 そしてもちろん豪樹や柑菜ちゃんや勝手についてきた京子(五歳)はそんな雰囲気を感じ取ることもなくキャッキャキャッキャと楽しそうだった。よかった。柚樹くんだけちょっと華乃さんのことを怖がってた。才能あるかもしれない。ミャーとジョンは敏感に空気を察知したのか家から出てこなかったのでお留守番だった。やはり動物の勘は侮れない。


 手に入れた情報を基に、僕と結菜ちゃんは調査を続けた。当然のように京子もついてきた。

 華乃さんが小さい頃よく行っていたという自然公園まで足を運んで柑菜ちゃんと柚樹くんと京子ちゃんを遊ばせたり、華乃さんが昔は毎年行っていたという夏祭りに柑菜ちゃんと柚樹くんと京子ちゃんを連れてフィールドワークに行ったり、華乃さんが幼少期に読んでいたという絵本などを図書館でゴッソリ借りて、結菜ちゃんちに泊まったときなんかに、柑菜ちゃん柚樹くんに読み聞かせてやったりした。僕は昔のように京子に読み聞かせてもらった。郷土ママはとても心配そうに長女のことを眺めていた。僕は夫と同じで女の懐に入り込むのがとても上手い男として、とても警戒されていた。誤解だ。青森から届いたさくらんぼを持っていったらとても喜んでくれて僕に対する警戒もだいぶ解いてくれた。チョロすぎる。そんなんだから郷土パパに弄ばれるんだ。


 要するに、華乃さんの過去を探る旅とか大仰に言ったがただのデートだった。結菜ちゃんは完全にデート気分だった。僕が恋人に浮気されていることをダシにデートさせられた。中三の夏休みにこれって、やっぱ結菜ちゃん、お友達いないのかな? って言ったら、「そうなんです、あたしには一太さんしかいないんです、責任を~~」的な話にされそうなので言わなかった。こんなことしてる暇あったらお父さん探した方がよくない? とは言わないつもりだったが、思わず言ってしまった。探すも何も、結菜ちゃんと豪樹はとっくにパパの居場所を知っているらしかった。お母さんが嫉妬したときの軽い小突きが怖すぎるせいでもあるから、無理には引き戻せないようだった。無職だからむしろ引き戻したくないらしかった。それと似てるのか、僕……。


「あ、結菜ちゃん、見て見て。そのバッター、華乃さんと同じ中学らしいよ。特に関わりがあったわけじゃないらしいけど」


 レトロな扇風機の音が心地よい、郷土家の居間にて。キュウリと茄子でお盆のお馬さんとモーモー制作中の双子&京子(五歳)。それを見守りつつも、僕はテレビに映る甲子園球児を指差した。


「ええ、知ってますけど。何なら小学校も同じですよ。わー、うまくできたねー! あ、京子ちゃん、勝手なアレンジはまた今度ね? 日本の伝統行事だからね? ペガサスさんは絵本の中だけ」

「へー、そうなんだ。華乃さんそこまで言ってなかったな」

「クラスがいっしょになったことすらないみたいですからね、そもそもあまり認識してなかったんじゃないですか? ちなみに一太さんたちの高校の野球部の三橋さんなんかは白石華乃さんと小四・中一で同じクラスですね。意外と少ないですよね、一高にあの小中出身の人」

「そっか、そうなんだ。あ、打った、あ、あー……伸びなかったか。こりゃ、ここで負けそうだね」


 序盤から点差をつけられている栃木代表にため息を――ついたところで、ふと思う。


「ん? いやいや。何でそんなことまで結菜ちゃんが知ってるんだよ」


 中学生だろ、君。華乃さんとは全然別の小中だろ。

 しかし結菜ちゃんは幼児トリオの面倒を見ながら、何事でもないかのように、


「何でって、調べたからでしょう。白石華乃さんの生い立ちについて調査しているからこそ、あたしたちはこうやって毎日のように会っているんじゃないですか。京子ちゃん、それはユニコーン」

「そうだった」


 そうだったんだわ。なんかいつの間にか、郷土家で過ごすノスタルジックな夏休みになってしまっていた。今日も朝から結菜ちゃん&幼児三人とラジオ体操をしてカブトムシを獲って図書館でダラダラしてそうめんを食べて庭でビニールプールに入ってシャボン玉をしてお昼寝した後、甲子園中継を垂れ流しながらお盆の準備をしてしまっていた。圧倒的に華乃さんよりも結菜ちゃん&幼児トリオと過ごす時間の方が長い夏休みになってしまっていた。もはやいつものパターンだった。


「君さぁ、結菜ちゃん。とっくに気付いてただろ、僕がまた目的忘れてくつろいじゃってるって。気付いていながら、あえて流して、恋人っぽい雰囲気味わってただろ」

「は? 完全に脳内で夫婦に変換して楽しんでいましたが? 堪能していましたが?」

「あっぶねー、ちゃんと自分で気付けてよかった。えらいぞ僕」


 ちゃんとそっちから指摘してくれなきゃ困るよ、まったく――というのが今までの僕だったが、僕だってちゃんと成長しているのだ。


「むぅ! ゆいなちゃん、また一太のことイジメてる? いま、ふーふとかゆってなかった? けっこんのこと? イジメもうそつきもダメっ! 一太はきょうこのおむこさんにきてくれるってやくそくなんだからっ!」

「そうだね、一太さんは京子ちゃんのお婿さんだったね。ごめんね、お姉さんまた嘘ついちゃって。だからキュウリで叩いてくるのやめてね。食べ物を武器にしちゃダメ。もうこのキュウリは京子ちゃんが食べていいや」

「バリボリ」


 まぁスタンガンよりはマシだろう。京子(五歳)も成長しているのだ。


「きょうこちゃん、ウサギさんみたーい」「こんどから、かんなのニンジンもきょうこちゃんにあげるねー?」

「こーら、ダメでしょ、柚樹も柑菜も。えらい子の京子ちゃんを見習ってお野菜食べないと、京子ちゃんみたいにオセロ強くなれないよ? ね、京子ちゃん」

「バリボリするのたのしいの」


 あまり成長していなかったかもしれない。


「まぁ、これからも僕がこの家に通い続けるのは決定として、マジな話、そっちの話もいい加減進めないとマズいわけで」


 これ以上は子どもたちの前でするべき話じゃないが、豪樹(ちなみに今もバイト中)のことだってある。夏休みのおかげであいつが華乃さんにからかわれる機会もほぼなかったけど(それが僕の気の緩みの原因でもあったわけだが)、あと二週間強で学校も再開されてしまうのだ。早く何とかしないと、幼児&犬猫に癒やしてもらった僕の脳がまた壊れる。


「うーん、とは言ってもですね。実はあたしは既に結構調べとかついているわけで。それをどのタイミングでどういう風にお伝えするのが一番一太さんのショックを和らげてあげられるのかなーって、まだ見極め中なところが、」


 何やら不穏な雰囲気を漂わせ始めた結菜ちゃんの言葉を遮るように、玄関の呼び鈴が鳴る。


 テレビ画面の中では栃木代表が満塁ホームランを打たれていた。終戦だ。

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