第15話 説教系主人公
「い、いや、だが、一太。なぜそれを、ポケットに?」
「……それは……」
常に自信に満ちあふれていた郷土の瞳が、不安げに揺れる。信じていたものに裏切られたときこそが、どんな強い人間も打ちひしがれる瞬間なのかもしれない。
つまり、そんな瞬間に怯えている今こそが、最強の生物が見せる唯一の隙とも言える。このタイミングを逃したら、僕は死ぬ。死んだら、華乃さんをこいつの魔の手から救い出すことができなくなる。そんなことは、許されない。
拳では文字通り手も足も出ないであろうこの男に、僕は勝つ。知恵と工夫と機転だけが僕の武器なのだ。あとスタンガン。ていうか、知恵+工夫+機転=スタンガンみたいなとこもある。たぶん。
「それは、これは……僕の、覚悟だよ」
「か、覚悟……?」
真っ直ぐと目を見て言い切る僕に、郷土は目を見開く。何かいけそう。
「ああ、覚悟だ。大切な存在を守り切るための、ね。そのためなら僕は自分の手を汚すことも厭わない。男の矜持なんてものに執着して、大切なものを傷つける――そんな真似を僕は絶対したくないからね。そんなのは、ただの『逃げ』だ」
「――――っ!」
何か「――――っ!」って言ってる。めっちゃいけそう。ついさっき僕も普通に信念がどうとか言ってた気がするし信念と矜持はほぼ同じ意味だし、ダブスタめいたことしか言ってないけど何か押し通せそう。
「わかるかい。僕にあって君に足りないもの、それは覚悟なんじゃないか。だからこそ、卑怯者に出し抜かれたりするんだ。そんなんじゃ、大切なものは守れない。事実、君は大切な矜持を守ることばかりを考え続けた結果、逆にその矜持を汚すような結末に陥りかけた。独りよがりな『正々堂々』を貫こうとするあまり、卑怯者に土下座をさせられる寸前だったんだ。そして土壇場でそれを防ぎ、君の大切な矜持を守ったのが、僕の覚悟だったというわけだ」
「た、確かに……」
自分では何を言ってるのか全然わからないが、言われてる方は「た、確かに……」とか衝撃受けてるっぽいから、やはり何かいけるだろう。
これこそが僕のスタンガンなのだ。出たとこ勝負のハッタリだけは得意なのだ。昔から京子が近くにいないときは、これでピンチを切り抜けてきたからな。
コツは何かフワっとした言葉を堂々とした態度で使うこと。特に僕をピンチに陥らせるタイプの人間にこそ、効果てきめんなのだ。つまり不良と、僕より人気あるカクヨム作家と一次通過してるワナビ共。ラノベ書いてる奴と不良は、覚悟とか矜持とか転生とか転移とか、そういう意味が曖昧な二字熟語が好きなのだ。正反対なようで実は相性良さそう。オタクとギャルみたいな。それはそれとして二次選考通過したくらいで僕にマウント取りまくってくる文芸部の斉藤の野郎は絶対に許さない。僕のプライドに傷をつけたあいつのカクヨム小説に
とにかく、ここまで来たらあとは勢いだけでゴリ押しだ! それで勝てる!
「つまり! 正々堂々向かってきた相手には正々堂々立ち向かうが、武器には武器で対抗する! そのための備えを常にしておくのが、本物の男ってもんだろう! 違うかい!?」
「ち、違わ……ん? いや、それは違わなくは、」
「そうだよ、違わないんだよ! 本物の男なんだよ、僕こそが! お前は男というものを履き違えている!!」
「え、あ、ああ……おう。そうだ。お前の言う通りだ。俺が、間違っていた……」
いけたよ。何かいけちゃったよ。悔しそうに俯いちゃったよ、最強のグリズリー。
こうなればもう、恐れるものは何もない。
ここまではただのハッタリだったが、ここからは本音の本音だ。これを言うために僕はこんな化け物に立ち向かってきたと言っていい。
「僕がこの拳を振るうのは、愛する人を――華乃さんを守るためなんだ!!」
「…………っ」
話をすり替えまくった結果、スタンガンを使ったという事実すら全部なかったことにできた。まぁスタンガンも手で握って使ったし、実質的に拳みたいなものだろう。
とにかく、そんな僕だけが、華乃さんのからかい相手に相応しい存在なのだ!
「一方の君は、覚悟が足りないだけじゃない! お前は、僕の華乃さんに……!」
さすがに言葉に詰まる。この最強モードに至っても、やはり華乃さんの浮気を言葉にするのは辛い。が、そもそも彼女を騙したのはこの男に違いないのだ。純粋無垢なからかい少女を洗脳して、自分をからかわせるなんて……許せねぇよ……!
実際、郷土本人もハッとしたように目を見開いている。僕の訴えで、ついに自分が犯した罪と向き合い始めたのかもしれない。
だが、いや、だからこそ僕は手を緩めない。一気にまくし立てて、こいつを完膚なきまでに叩き潰してやる。
「人の女にからかわれて、顔を真っ赤にして『うぐぐぅ……!』だとか呻きやがって……男として恥ずかしくないのかよ!? 悪ぶって、強者ぶっていやがるがよぉ……お前は、男の風上にも置けない軟弱者だ!!」
「ぐっ……!」
効きまくってる。そうだ、浮気なんて、寝取りなんて! 男として最低の行為だと、こいつだって理解できるはずなんだ!
「もう一度言ってやる! 僕の華乃さんに、からかわれてんじゃねーよ!! 何も守れない軟弱者がよぉ!!」
「うっ、ううっ……! 俺の、負けだ……!」
何か勝った。勝ってしまった。郷土豪樹は膝から崩れ落ちていた。結局男の膝が汚れた。
が、浮気・寝取りが軟弱で卑怯で卑劣な行為だということ自体には、全人類が納得してくれることだろう。強い男というのはたった一人の恋人を愛するものだし、他人の一途な愛を尊重するものだ。カクヨムはタイトルやキャッチコピーに『NTR』『寝取られ』が入った作品を規制すべきである。僕の脳が壊れる。
「響いたぜ、一太の言葉……!」
響いちゃったよ。たぶんこいつの脳も壊れてる。ついでに京子の脳も壊れてる。
「俺は結局、自分のことばかりで……守りてぇもんを、守り切る覚悟も、幸せにする力も、足りてねぇのかもしれねぇ……」
「ああ、そうだな」
知らんけど。マジで知らんけど。
「だからこそ、あんな女にも馬鹿にされるほど弱々しい、そう言ってるんだな、一太は……」
「あぁ?」
あんな女って……華乃さんのことを言ってるのか、こいつ……!
「さすが、一太の彼女だな。お前らは見抜いてたんだ……いくら殴り合いなんかが強くても、あいつの言う通り、俺は『ざぁこ♪ ざぁこ♪』なんだってな……っ」
「あぁん!?」
こいつマジで……華乃さんの「ざぁこ♪ ざぁこ♪」は僕だけのものなのに……!
「一太、うちに来てくれないか?」
「ああぁぁん!?」
「俺にも、守りてぇもんがあるんだ。本当は、男の矜持なんてものよりも、ずっとな。そんな当たり前のことに気づかせてくれたお前に、紹介したい。俺がこれからどうすればいいのか、教えてほしいんだ……!」
なに言ってんだマジでこいつ。
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