第28話 死刑囚対女子高生
28 死刑囚対女子高生
「成る程。
これが、一瞬人が消える現象の正体か。
僕もネットで調べて、その現象の事は知っている。
更に言えば、そこで迷惑をかけた人間は何らかの裁きを受けているのではと予想していた。
この空間こそが、その裁きの間という事か――?」
やはり、丸真久留米は冷静だ。
彼は一瞬でこの状況に適応して、私のアドバンテージを潰してくる。
「――大正解。
ここは正に〝裁きの間〟で、迷惑をかけた者同士がしのぎを削り合う場よ。
人類の集団無意識がどちらかを悪だと認めたなら、その人物は死ぬ。
私はこのシステムを使って――あなたを効率よく殺す気なの」
「………」
と、丸真は黙然とする。
彼は当然とも言える質問を、私に投げかけた。
「本当に、きみは何者だ?
まさか、僕が殺した人間の遺族か何か?
僕に恨みがあるから、己の身も顧みずこんなバカゲタ真似をしている?」
「その答えは、ノーよ。
私はあなたの事を、ニュースでしか知らない。
被害者遺族でも何でもなく、ただあなたが死刑囚だから殺したいだけ。
そうする事で、私はやっと彼女と対等になれるから」
「………」
と、丸真はまた口を閉ざす。
思慮深い彼は、私と言う人間を見てこう結論した。
「彼女と、対等になれる?
それこそ、何らかの宗教的意識だな。
いや。
憧れの人間に近づく為に誰かを殺すというなら、それは一種の狂気だ。
僕も真面とは言えないけど、きみの方がよほど狂っている。
きみが抱く殺人の動機は、それぐらいどうかしているよ」
「殺人鬼に、そこまで言われる謂れはないわね。
でも、認めましょう。
今の私は、確かに狂っている。
それはもう、死刑囚の命なら奪っても構わないと感じる程に。
運が悪い事に、あなたはそんな私に目をつけられたの。
けど、それってお互い様でしょう?
あなただって無関係の人を、依頼されたという理由だけで殺してきた殺し屋なのだから」
「……へえ?」
何故か苦笑する、丸真久留米。
いや、次に彼が指摘した事は、実に尤もな話だった。
「どうやらきみは真面じゃないが、頭の回転は悪くない様だ。
実に、質が悪いな。
頭がいい狂人ほど、危険な存在はこの世に居ないのだから。
きみって、絶対に権力とか持たない方がいい。
きみみたいな輩が最初にする事は――大粛清と相場が決まっているから」
「………」
やはり、丸真久留米はクールだ。
彼はこの状況を、楽しみ始めている節さえある。
それだけで私は、この人物は想像以上に手強いと感じた。
「多分、それは正解ね。
私の独善は、独裁者の独善と同じ。
人を不幸にする善意は、それだけで危険だわ。
いえ、無駄口はここまでよ。
決着をつけましょう、丸真久留米。
私は死刑囚であるあなたを――今この場で処刑する」
「――いいだろう。
ならば、僕も受けて立つまでだ。
せっかく拾った、命だからね。
僕もそう簡単に手放す気には、なれないんだよ」
互いに己が決意を語りながら、私と丸真久留米は対峙する。
今――命を懸けた裁きの場は幕を開けた。
◇
先手をとったのは、丸真久留米だ。
彼は高らかに、こう宣言した。
「確かに国は、僕の死を認定した。
三件の殺人行為を立証して、僕を死に追いやろうとしている。
けれど、それは飽くまで国が処すべき事だ。
国が認めたのだから、国が手を下すのが道理だろう。
きみの様な一般人が、口や手を出す事じゃない。
きみが僕をリンチの末に処刑すると言うなら、それこそ悪意がある迷惑行為だろう。
つまり僕は被害者で、きみが加害者という事になる。
きみはそんな自分が正義だと――本当に言い切れる?」
「………」
彼が言っている事は実に尤もだ。
裁判とは国が行う物で、本来民間人が関わる事じゃない。
今は裁判員制度という物があるが、それも私が思うに形式的な物だろう。
何故なら裁判員がもたらした判決は、大抵二審や最高裁で覆される事になるから。
裁判員が死刑だと定めても、プロの裁判官はそう考えない。
大体情状酌量され、死刑から無期懲役へと判決は変わる。
民間レベルの感覚を裁判に反映するのが、裁判員制度の目的だった筈。
だが、その制度は上手く機能していないというのが実情だと、私は感じていた。
「いえ。
あなたと、長々議論する気はない。
私は速攻で――あなたを処刑する」
「へ、え?」
私が強気になると、丸真久留米は意外そうな顔になる。
己の正論をどう覆す気なのかと、彼は楽しんでさえいる様だった。
「確かにあなたは、国が定めた死刑囚よ。
裁判員だけでなく、プロの裁判官もそれは認めた。
あなたを処するのは飽くまで国であって、一般人ではない。
一般人がそんな真似をすれば、完全なリンチと化す。
それは法治国家が行う事では、決して無い。
私もそれは、認めましょう」
「はぁ。
その認識は、正直つまらない物だな。
きみぐらいイカレテいるなら、もっと面白い意見が聴けると思っていたから。
いや。
そういう真面な部分もありながら、壊れているから、きみは危険なのか」
喜々とする、丸真久留米。
彼はこの時点で、私には、自分は倒せない半ば確信する。
私は大きく息を吐いた後、こう謳った。
「でも、この国は民主国家でしょ?
多数派が言う事に、少数派は従わなければならない。
だとしたら、どれだけの人があなたの生存を認めるかしら?
あなたに生きていて欲しいと思う人間が、どれ程いる?
果たしてそれは、多数派と言えるのかしら?
多くの人達が、死刑囚の死を望んでいるんじゃないの?
でも、今は人を死に追いやるだけで、死刑執行官の方が死にかねない。
だからこそ、国はあなた達を釈放した」
と、私は一度言葉を切ってから、更に続ける。
「ならばそれは――国が死刑を行う権利を民間に委ねたという事。
勇気ある有志こそが死刑囚を罰して良いと認めたから、死刑囚は解放された。
だってあなた達は世界がどう変わろうと、死刑囚なんだもの。
死刑囚と言う肩書が撤回されない限り、あなた達はやっぱり生きていてはいけないの。
その前提がある限り、あなた達は誰かが罰しなければならない。
もう一度、言うわ。
国はあなた達が死刑囚である事を、撤回していない。
あなた達は、飽くまで死刑囚。
ならば、死刑囚であるなら、誰かがあなた達を刑に処するべきなのよ。
国がそれを期待していないと、誰が言い切れる?
国が死刑囚を罰して欲しいと思っているのは、間違いない。
何度も言う様だけど、だからこそあなた達の肩書は死刑囚なの。
だったら――私がそれを実行しても別に支障はないでしょう」
「………」
私がそこまで言い切ると、丸真久留米は笑みを消す。
真顔になった彼は、こう反論した。
「それは、屁理屈だな。
いや、全てはきみの私見にすぎない。
何の法的根拠もない、拙い戯言だろう。
国が民衆のリンチを認めたと、誰が言い切れる?
そんな情報は、ネットにもなかった。
確かに僕は死刑囚だが、一般人にリンチを受ける謂れはない」
「いえ、それがあるのよ。
だってこの私が――あなたの死を望んでいるのだから」
「な、に?」
怪訝な表情になる丸真久留米に、私は止めを刺す。
「あなたは根本的な事が、分かっていない。
この世界の常識が塗り替えられた事を、実感していない。
法と言う傘は、半ば消滅したの。
今は白い人が実行している唯一の法だけが、私達を管理する物よ。
即ち〝悪意ある迷惑行為に及んだものは、死ぬ〟――。
それ以外の法律は、既に形骸がして意味をなさない。
あなたが言うリンチも、既に認められている。
私があなたを言い負かす事ができれば、それだけの事で私のリンチは法的にも成立するの。
だったら、私はこう繰り返すしかない。
〝あなたは死刑囚で、生きていてはいけない人種だ〟――と。
今は権限を持たない政府が決めた事でも、その概念は今の世界でも生きている。
大勢の誰かが〝あなたを殺していい〟とちゃんと認めているの。
この理屈に反論したいなら、あなたは自分の生を誰かが認めていると証明する必要がある。
自分は生きていていいのだと、それが公共の利益になると誰かに認めさせるしかない。
でも、それって不可能でしょう?
だってこの場に居るのは――私とあなただけなんだから。
つまりあなたは私に〝自分は生きていていい〟と、認めさせる必要がある。
それが出来なければ、私の主張こそが正しい事になるの。
違って――丸真久留米?」
「くっ……つっ?」
言いよどむ、彼。
丸真久留米は、遂に身構える様になる。
その時、この空間から厳かな声が聞こえた。
『何か反論は、丸真久留米?
なければ私達人類の集団無意識は、成尾響の主張を優先する。
いや、成尾響が言い分通り、きみと言う死刑囚の生存を認めている者は極わずかだ。
彼女の言う通り多くの者がきみの死を望んでいるなら、きみの処刑は実行されるべきだろう。
きみがその罪から逃れる方法は、この場に居る唯一の人間に己の存在価値を認めさせる事。
成尾響がきみの生存を認めない限り――私達はきみの死を肯定するしかない』
「な、に?」
丸真久留米は、鋭い視線を世界そのものに向ける。
彼はただ、こう呟いた。
「……成る程。
これは初めから出来レースという事か。
僕が死刑囚である限り、僕の死は確定していた。
だって、大多数の人間が、僕の死を望んでいるのだから。
この茶番の裁判官が人類の集団無意識だと言うなら、裁判官は多数派で構成されている。
つまり大多数の人間が僕の死を望むなら、それは避けられないという事か――?」
「ええ。
あなたの言う通り、これは出来レースにすぎない。
何故ってあなたが死刑囚である限り、私には大いなるアドバンテージがあるから。
くどい様だけど、集団無意識が裁判官である限り、私の訴えは絶対に通る。
余程弁舌が苦手な人間が相手でもない限り、あなた勝訴はありえない。
今の世は、そういうシステムになってしまった。
国が赦したからと言って、人類があなたの生存を認めた訳じゃないの。
多分、彼女もこうやって――死刑囚を死に追いやった」
それで――この武力を行使しない戦いは終わった。
今――丸真久留米は人類の集団無意識にこう宣告される。
『反論がないなら――丸真久留米の死は決定とする。
二十四時間後に――きみは死ぬ事になるだろう。
我々としてはそれまで余生を楽しむ事を、推奨するばかりである』
「……くっ!」
話がそこまで進んだ所で、私と丸真久留米は現実世界に帰って来る。
私は立ちつくし、彼は私から視線を逸らす。
丸真久留米は彼方を見ながら――ただ喜悦した。
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