第31話 カードを切る地球さん

     31 カードを切る地球さん


 遂に破壊される地球と言う――私。


 だが、驚きの声を漏らしたのは〝彼女〟の方だった。


《な、に?》


 私の体に着弾する直前、ヴェルパスの拳が消失する。


 死を免れた私は、震えそうな体をどうにか押さえつけた。


《成る程。

 これが、地球さんの能力。

 あなたはそれに〝ビッグバン〟をブレンドしたのね?》


《………》


 それも、正解。

 地球としての私の能力は『全ての地球は我が身の内に』――だ。


 文字通り全ての地球の情報を掌握するこの力は、地球に居る限り私を無敵足らしめる。

 その一方で、私は〝この人格としての能力〟も得ていた。


 それこそが――『編集』である。


 スサノオ戦で披露したこの力は、事象を編集する効果がある。


 今は〝結果〟をカットして、ヴェルパスの拳が私に着弾するのを防いだ。

 また〝過程〟をカットして〝攻撃が着弾した〟という結果だけを残す事も可能だ。


 無論、今のヴェルパスにこんな能力は通用しない。

 能力どころか、空間ごと破壊されるのがオチである。


 故に私は〝ビッグバン〟を『編集』に付与していた。

〝ビッグバン〟と『編集』――。


 この二重の守りを以って――私はヴェルパスの攻撃をやり過ごす。


 現にヴェルパスは絶え間なく攻撃を仕掛けてくるが、私は今も生存していた。

 一歩も動けないまま、ただ防御に集中するしかないのが、今の私だ。


 だがそれだけでは足りない。

 三億倍もの力を誇るヴェルパスには、全く通用しないだろう。


 私が今も生きている理由は、ヴェルパスに私を害する意思があるから。


 この世界は〝ビッグバン〟を得た者を生かそうとする。

〝ビッグバン〟は死の象徴で、それが失われる事を世界は認めない。


 よって〝ビッグバン〟を得た者に、誰かが殺意を抱いただけで、その人物は死にかねない。

 世界の意志が〝ビッグバン〟を起こして、その危険人物を抹殺するのだ。


 いま私が生き長らえている理由も、そこにあった。


 ヴェルパスが私に殺意を抱くが為に、私は〝ビッグバン〟に護られている。

 ヴェルパスを殺す事は出来ないが〝彼女〟の攻撃は私でも防げる。


 それだけの薄氷の上にある私は、何も知覚できないまま、呼吸を乱す。

 それも当然だろう。

 

 何しろ私は本当に、ヴェルパス・ファイズの動きが掴めないのだから。

 もう〝彼女〟が何をしているのかさえ、私には分からない。


 三億倍以上の速度で動き、三億倍以上のパワーで攻撃してくるのだから、当たり前だ。

 私は不動のまま、ただ意識だけを集中して、守りを固めた。


 一歩、何かが狂っただけで、この均衡は崩れるだろう。

 今度こそ私の命は刈り取られ、勝敗は決する事になる。


 だが、それは今の状況でも余り変わらない。

 能力を使う度、私の精神力は削られていく。


 間違いなく先に力尽きるのは、私の方だ。

 ヴェルパスは十分な余裕をもって、私を始末するだろう。


 つまりは、絶体絶命。

 いや、初めから私には、勝機などなかった。


〝ビッグバン〟を得たとはいえ、私は地球に過ぎない。

 しかしヴェルパス・ファイズは、この宇宙の意志その物なのだ。


 そんな〝彼女〟に太刀打ちできる訳もなく、私の敗北は決定的だった。

 後は、どれだけ延命できるか。


 私に出来る事があるとすれば、もうそれ位だ。


《………》


 いや――違う。


 確かに、勝敗は明らかだ。

 だが、ここであきらめる様な人間を、相良織江さんは相棒だと認めない。


 彼女はきっとあの根拠のない自信を振りかざし〝自分なら絶対勝てる〟と言い切るだろう。


 それが、相良織江さんという人間。

 私が相棒と認めた、唯一の少女。


 私は相良織江さんの相棒である限り、胸を張ってこの戦いに臨むしかない。


 勝機がないなら――無理やり見つけ出せ。


 絶望を目の前にしようとも――笑って乗り越えるのが、いま私がするべき事だ。

 

 三億倍の力量差が、何だと言うのか? 

 私は私である限り、決して諦める事を許されない。


《………》


 いや、一寸待て。

 そもそも何で私は、まだ生きている?


 この勝負は、ヴェルパスが織江さんの魂を消すだけで、決する筈だ。

 ヴェルパス程の存在なら、人の魂を消す事など容易い筈。


〝彼女〟がそれをしない理由は、何――?


《………》


 いや、そんな事、考えるまでもなかった。

 織江さんは、今も私を肯定している。


 私が今も生きているのが、その証拠だ。

 そんな織江さんを害するという事は、私を害する事に繋がる。


 その織江さんを殺すという事は、私を殺そうとする事に繋がるだろう。

 その瞬間、ヴェルパスの心には〝ビッグバン〟が生じて〝彼女〟の心に大ダメージを与える。

 

 そういう状況を恐れるが故に、ヴェルパスも織江さんには手を出せない。

 この論理は私の窮地を脱する役には立たないけど、織江さんの安全は確認できる。


 今はそれだけで、十分すぎた。


《と、気迫が戻って、笑みさえ浮かべている? 

 どうやら地球さんも、気付いた様ね。

 私が織江を、殺せない理由を。

 でも敢えて断言するけど――相良織江には何も出来ない。

 言ったでしょう。

 彼女の精神は、私の中で眠ったままだと。

 ただの人間の魂が、この私の力をはねのけられる筈もない。

 それは今のあなたが、私に勝利するよりありえない事よ。

 織江があなたの援軍になる事だけは、絶対にないわ》


《………》


 クスクス嗤いながら、ヴェルパス・ファイズは事実だけを語る。

 残念ながら〝彼女〟の言う通りだ。


 織江さんに、この状況をどうにかするのは無理だ。

 百パーセント織江さんは、ヴェルパスの中で眠ったままだろう。


《つまり――あなたに勝機は無いと言う事。

 後は持久戦に持ち込むだけで、あなたは何れ自滅する。

〝ビッグバン〟という私を脅かす存在は、一人居なくなる訳。

 その時点で私はまた一歩――宇宙の完成に近づけるの》


《………》


 私はその勝利宣言に眩暈を覚えながら〝彼女〟に問うていた。


《それが、いえ、それだけがあなたの目的なのね? 

 世界の意志の一部として、世界を完成させる。

 ヴェルパス・ファイズを完全な形で完成させ、この世を再統合する。

 それで今の世界がどうなったとしても、あなたは構わない。

 だってあなたにとっては、この世界の方が異常なのだから。

 あなたにとって、この宇宙は死の塊でしかない。

 あなたにとって健全な世界とは、ヴェルパスが蘇った世界。

 そうプログラムされているが為に――あなたは盲目的に世界の完成を急ごうとする》


 私が今更と言える事を謳うと〝彼女〟は初めて眉を顰めた。


《それが、何?》


《いえ、私もそうだったなと思って。

 私も無意識に、あなたを復活させる様に行動してきた。

 第三種の思惑にのった状態で、私はヴェルパス・ファイズを再生させてしまったのよ。

 でも、私とあなたでは決定的に違う物がある。

 それは、そこまでの過程よ。

 あなたは自分の使命しか眼中にないけど、私は違う。

 私は今に行き着くまでに、多くの物を得てきた。

 スサノオとも仲良くなれたし、何より織江さんと友達になった。

 そのお蔭で、私は私の意志で誰かを護りたいと思える様になったの。

 あなたはきっと、それも第三種が芽生えさせた思いだと言うでしょう。

 私を相良織江に誘導する為に、仕組まれた気持ちだと嗤う筈。

 けど、私はそれでいいのよ。

 例えこの気持ちが偽りだったとしても私は相良織江と出逢えたという事実だけで十分すぎる。

 いえ、その時点で私は、第三種の思惑を超えたと断言出来るわ。

 私を織江さんのもとに導いたのが第三種の計画なら、あなたを倒すきっかけもその計画なの。

 あなたは私の織江さんを想う気持ちによって――敗北する事になる》


《へ、え? 

 まだそんなハッタリを、口に出来る余裕があるのね? 

 私を、倒す? 

 今の、戦況で? 

 それこそ――不可能よ》


《………》


《でも、あなたと私が似ているのは認めてあげます。

 何せ、私にしろあなたにしろ、無個性と言える人格だから。

 それは多くの人々が常識に縛られ、無個性なまま生きているから。

 その代表である私達は、だからこうまで普通なの。

 宇宙その物である筈の私は、その実、他を圧倒するだけのエゴが無い。

 私のコンプレックスをあげるなら、そんな所ね。

 きっと私が宇宙の意志だと万人が知れば〝なんて面白味のない性格だ〟と論う筈よ。

 でも、私はそんな自分だからこそ誇らしい。

 ただ淡々と、情に流される事なく自分の使命を全うする。

 私は、それでいいの。

 私は、そうではくてはならない。

 だって、それだけが人類にとって唯一の救いなのだから。

 今まで無残な死に方をしてきた人々は、世界が完成する事で漸く報われる。

 私は彼等の為にも――一日も早くこの世界を再統合しなければならない》


《………》


 やはり、ヴェルパス・ファイズは、悪とは言い切れない。

〝彼女〟には〝彼女〟なりの正義がある。


 それは今の世を破壊する願いだが、それでもヴェルパス・ファイズは世界の代表なのだ。

 人類は無意識に彼女の登場を予感していたが為に、人の世と言う地獄に耐えてきた。


 その唯一絶対の願いを、私は壊さなければならない。

 それも、たった一人の少女を救う為だけに。


 ならば――私こそが悪だろう。


 世界の完成を認めようとしない私こそが――完全悪であり絶対悪なのだ。

 

 それでも私は、最後の賭けに出なければならない。

 殆ど根拠がないこの賭けに勝たなければ今度こそ本当に終わりだ。


 よって私はもう一度〝彼女〟に語りかけた。


《そう、ね。

 全てはあなたのミスよ、ヴェルパス・ファイズ。

 だってあなたは、さっきこう言ってしまった。

『〝ビッグバン〟という私を脅かす存在は一人居なくなる』――と。

 ええ、そうなのよ。

 考えてみれば、本当に単純な事だった。

 だって――〝ビッグバン〟の使い手は私一人ではないんだから》


《……つ?》


《いえ、あなたのその言葉で、私は漸く思い出せた。

 嘗て私の様に、第二種知性体に挑んだ人達が居た事を。

 彼女達は、その一件を終わらせた後、こう誓い合ったの。

 即ち〝再び第二種知性体がこの世界を脅かしたなら、もう一度私達は集まろう〟――と。

〝ビッグバン〟を得る為、彼女達の意識を共有した私だから、その事を知っている。

 今まで忘れていたけど、やっと思い出した。

 なら、私がするべき事は、一つだけ。

 これが私に残された、唯一の勝機よ――ヴェルパス・ファイズ!》


 この世界を被っている結界を、私は〝ビッグバン〟で破壊する。

 いや、私の〝ビッグバン〟だけでは、ヴェルパスの結界は破壊出来ない。


 だが、外側からも何らかの圧力が生じれば、その結界もさすがにもたないだろう。

 いま内側と外側から圧力を受けた〝彼女〟の結界は砕かれる。


 瞬間――あの彼女達はこの場に現れた。


「――と、漸く俺達の出番か」


「ええ。

 これも全ては――彼女のお蔭よ」


「というか――またわたくし達が貌を合わせるとか正直思っていませんでした」


「ま、かたい話はなしという事で。

 ひさしぶりに――大暴れするよー」


「そうっすね。

 腕がなるっす。

 というか――今回の敵も厄介っすよ」


「……ああぁ」


 それは嘗て――五英雄と呼ばれた〝超越者クラス〟だ。


 前に、織江さんに説明した通り、彼女達は一度第二種知性体から世界を守り抜いた。

 ドラコ・ニベルという第二種知性体は、この世界を滅ぼうとした。


 圧倒的な力を誇る彼女は〝超越者クラス〟でも、全く歯が立たない。

 五英雄さえも完膚なきまでに打ちのめされたが、それでも彼女達は絶望しなかった。


 ただ彼女達が世界を救う為に行った事は、正に最悪の行為だ。

 

 彼女達は世界を護る為に、世界を滅ぼしたのだから。

 ある世界の地球の人類を滅ぼし、その運気を全て自分達に集中させる。


 運命さえ操る力を得なければ、ドラコは倒せない。

 彼女達は煩悶の末、その非道なる道を選んだのだ。


 長い戦いの末彼女達は世界を滅ぼし――運命を操作する術を得た。


 ドラコ・ニベルとの最終決戦は、正に激戦だった。


 それでも最後まで絶望する事なく――彼女達は戦い抜いた。

 全てはこの宇宙を護り――その所為で失われた命を無駄にしない為。


 宇宙に意志まで宿らせた彼女達は、同じ様に宇宙に意志を宿らせたドラコと戦う事になる。

 その末に彼女達は――世界を救ったのだ。


 絶望しかない、その戦い。

 それを戦い抜いたのが、五英雄。


 いま私の前には――その彼女達が立っていた。


「貴女が、ラプテプトが言っていた地球さんね?

 よく私達の存在に、気付いてくれたわ。

 さすがの私達も、貴女の助けがなければ、あの結界を破れなかった」


 赤いスーツ姿の少女が、微笑む。


「地球さん、か。

 いや、俺も長い間生きてきたが、地球が擬人化した姿は初めて見た」


 セーラー服姿の少女が、ニカっと笑う。


「というか、アレ相手に今まで一人で戦ってきたの? 

 それは余りに、過酷すぎるでしょう?」


 髪が短い全身白尽くめの少女が、苦笑する。


「どうやら本当に、貴女は地球足り得る存在の様です。

 ま、後はわたくし達に任せなさい」


 不思議な服の少女が、喜悦した。


「そっすね。

 ここから先は、私達が地球さんの頑張りに応える番す」


 ワイルドな姿をした少女が、今こそ胸を張る。


 その時、確かにヴェルパス・ファイズは唖然とした。


「……地球が彼女達の存在に気付き、彼女達をこの世界に導いた。

 どうやらこの世界は、私に大いなる試練を与えたい様ね。

 でも、状況は少しも変わらない。

〝超越者クラス〟では、決して私を脅かす事は出来ない。

 五人、いえ、六人まとめて始末してあげるから、感謝する事ね」


 と、直ぐに気持ちを切り替える、ヴェルパス・ファイズ。


 スーツ姿の少女は、大きく息を吐く。


「それはどうかしら? 

 私達は一度、地球を滅ぼしている。

 いえ。

 あの時はフォローできたから良かったけど、だからこそ私達はもう二度と地球を害させない。

 地球さんは――私達が必ず護るわ」


「――そうだ! 

 地球は今まで、一人で戦っている様な物だった! 

 でも、地球だって誰かを頼って良いんだ! 

 地球はもう――一人で戦う必要はない!」


 スサノオがこの戦場に向かって、吼える。

 私はこの身が、震える思いだ。


「そうだな。

 一つだけ、教えておこう。

 俺達がおまえの結界を破れなかった理由は、まだ全力を出し切る訳にはいかなかったから。

 その意味を――今こそ教えるよ」


 セーラー服の少女が、不敵に言い放つ。

 何かを察したのか、ヴェルパスは身構え、完全な臨戦態勢に移行した。


 いま頼もしき援軍を得た私は――涙さえ流しそうな思いだ。


 そんな中――五英雄対ヴェルパス・ファイズの戦いは早くも佳境を迎えた。

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