ガヤガヤガヤガヤ……

　目を覚ますと僕は檻の中にいた。

　檻の周りには大きい布が一面に広げられていて外の様子は見えないが、ガタガタと揺れていることから移動中なのはわかる。

『ううう腰が痛い（㏘⑦㎜℀）……』

「この繁華街を抜けたら（ℵ㏘㎜℀ⅎ⒯………）すぐ魔王城です。あと少しですので我慢してください」

　布の向こう側からは、昨日耳にしたであろう女性二人の会話が聞こえてくる。

　現状を把握したいので耳を傾けるが、相変わらず何を言っているのかわからないので諦めて横になる。

　いずれはちゃんと異世界言語を学んで、彼女たちと話せるようにならないとなと思うが、教科書すらないこの状況ではどう学べばいいのか皆目見当がつかない。

　こんなにも手探り状態だと、大昔に始めて日本へ来た外国人たちが一体どうやって意思疎通をしていたのか不思議でならない。きっとコミュニケーションエラーが頻発してたんだろうなぁ。

「ていうか、移動の為なのは分かるけどなんでこんな頑丈な檻なんだろう……脱走防止とか？」

　まさかこのまま奴隷として売られるなんてことないよな？

　いや、ここはファンタジー異世界なのだから人身売買があってもおかしくない。

　なら、この流れはまずいかもしれない。

　僕にはたぶんきっと無限の魔力があるはずだ。そうなれば、僕を狙って国を揺るがすほどのひと悶着が……

　なんて、未だに諦めきれない妄想をしていると――

「なんか良い匂いがする……」

　漂う焼き肉のような香ばしい匂いに、思わず思考がそちらに引きづりこまれる。

　そういえば昨日食べたものは、全部リバースしたんだった……

　もうしばらく肉はいいやと思っていたけど、こうも香ばしい匂いを嗅がされるとやっぱり食べたくなってしまう。

「お腹すいたな……でもこの世界の肉って微妙なんだよなぁ……」

　昨日食べた肉そのものは驚くほど柔らかく、噛めば噛むほど旨みがにじみ出る文句の付けようがない良質な肉だった。

「でも、肝心の味付けが皆無なのがなぁ……」

　昔、胡椒が黄金と同等の価値を持っていたって話だし、この世界でも香辛料はかなり貴重なのかも……

「ああ、もう！言語さえ理解できれば異世界転生名物のマヨネーズを流行らせてやるのに！」

　まあ、残念ながらマヨネーズの詳しい作り方は知らないんだけどね。

　たしか油と卵を混ぜればできるんだっけ？ でもそんな単純なら、この世界の住民も似たようなものを作ってそうだよな。

『おお～ふにゃふにゃ（%%～㎎⅙℉㍴⅔………）した声が聞こえると思ったら起きておったか。大丈夫か？具合悪くないかのう？』

「もしよろしければ、ご飯を食べさせてくれませんでしょうか？」

　美味しくなくても構わない。

　とにかく何か胃に入れたい。

「ふふふ、相変（ℵ㏘㎜、℀ⅎ⒯………）わらずかわいいのう」

　そう思って頭を下げて頼んでみたものの、相手の反応は薄い。

　ぐぬぬ、言葉が通じないこの状況でどうやってお腹が空いたことを伝えればいいんだ………

　ぐ～

　そんな時、あまりの空腹に限界を迎えたのか僕のお腹が大きな声を発する。

「どうやらお腹が（㏚ℰ℀ℰℳ㏅………）空いているようですね。思えば朝から何も食べさせておませんし、ここは遅めのお昼休憩としましょうか」

『うむ、なら近くに（℆ↁ、ℨ㎎⅙℉………）出店があるようだし、この子が食べれそうな物をもらってくるかのう。実はさっきからあそこの串焼きが気になっておったのじゃ』

　僕のお腹が鳴ったのを聞いた二人は、顔を見合わせたあとどこかへ行ってしまった。

　もしかして、食べ物でも持ってきてくれるのだろうか？

　もしそうなら嬉しいが、異世界で始めて成功したコミュニケーションが「腹の虫の音」ってのはなんか嫌だな。

　ガン！

「うわ！びっくりした……」

「ねぇねぇ！君なん（℆ↁ！℉ℨ㎎⅙…………）で檻の中にいるの？なにか悪いことでもしたの？」

　音のする方に目を向けると、布の隙間から小さな色白の少女がひょっこりと顔を覗かせていた。

　特徴的な獣耳がない為人間かと思ったが、よく見ると口の中には黒髪の女性とはまた違うタイプの牙が生えている。

「上の歯2つだけ異様に尖ってる………相変わらず不思議だ」

「ふにゃふにゃ言ってて（㏚ℰ℀ℰℳ㏅℁…………）おもしろ～い。そうだ！これ食べる？」

　和やかに笑っている少女は肉の付いた串を2本持っており、そのうちの1本を一生懸命に腕を伸ばして、檻の外から僕に渡そうとしてくれている。

　そんな彼女の姿に、思わず胸が温かくなると同時に僕の食欲が限界を迎える。

　もぐもぐ……

「うまい……何の肉かわからないけど濃い味付けが最高にうまい。昨日食べた肉より嚙み切れないしぱさぱさしてるけど、体がこれを求めていたの実感できる」

　もぐもぐ……

「あ、ありがてぇ……犯罪的だぁ」

　やばい……

　あまりの美味さで涙が出てきた……

　謎の病気で入院して以来、ずっと味気ない病院食ばかりでこんな塩っ辛いものを食べるのは何年ぶりだろうか……

　これを食べれるだけで異世界に来てよかった。

　きっと僕はこれを食べるためにこの世界に来たんだ。

「はぁ……はぁ……（#＄……#＄……）。なんかこの子見てると体が熱くなる……」

　じゅるり……

「ねぇ、もっとこれが（㎵ℱ、𦦙℉㎹…………）食べたいなら私についてきてよ？毎日好きなだけ食べさせてあげるよ♡」

　謎の少女が手招きをしているが残念ながら僕はこの檻の中にいるため出ることができない。

　ぐ……もっとこのお肉を食べたいのに後一切れしかない！くそぉ！

「もう少し首をこっち（㎎⅙℉㍴⅔%…………）に出してくれるだけでいいの。そしたら君は私の眷属になって、一生私と一緒にいられるから！まぁ、その代償として私の命令には絶対服従の呪いもかけちゃうけどね♡」

　肉を食べ終えたばかりの僕は、目の前で肉のついた串を右や左に、まるで猫じゃらしのように振る少女の光景に魅了される。

　そして、その肉の動きに引き寄せられるかのように、気づけば檻の限界まで体を寄せ、無意識にお肉の串に手を伸ばしていた。

「そうそう、えらいえらい（#$#$、ℰℳ㏅℁⒮………）♡きっとお母様も君のことを心から歓迎してくれるよ。それじゃあ眷属の証として、あなたの血をいただきま～す♡」

『こら！貴様なにをしている（㏍℆！ↁℨ㎎⅙℉㎳…………）！この布の中は生きる18禁がいるのじゃから子供は近寄ってはいかん！見るだけ………いや、匂いを嗅ぐだけでメスを自覚してしまからな。わかったらあっちにいくのじゃ！』

「いや！私が最初にこの子（⅔㏍！㏚ℰ℀ℰℳ㏅……………）を見つけたの！餌付けもしたし、死ぬまでペットにするって決めたんだから！」

「ごちゃごちゃうるさいのう（㎹㍴㏚ℨↂ㏍℡ↀ……………）……まて、貴様その牙……さてはヴァンパイア族じゃな！ラミィこの子を早く遠くに連れってくれ！ヴァンパイアは魔力の弱い魔物の血を吸うことでその者を眷属にする危険な種族じゃ！』

「かしこまりました（㏅℁⒮㏚㎵ℱ……………）。ほらあっちに行きますよ」

「ちょっと！この尻尾を（⑩℁⅕！㎳℆ↁℨ…………）離して！私は高貴な貴族なんだから！絶対に！ゼッタイニアキラメテヤラナインダカラァ……」

　何故かはよくわからないが、僕にお肉を恵んでくれた親切な子が、何の前触れもなく連れていかれてしまった。

　次に会った時には、お礼の言葉を伝えられたらいいな。

『まったく……魔王城（㏅℁⒮㏚……㎵ℱ……………）付近は多種多様な種族がいて油断ならんのう』

　お、あの子が持ってたお肉の串が一本落ちてる。ラッキー。

　もぐもぐ……

『な！そのお肉を（㏍！㏚ℰ℀ℰ………）食べるでない！魔界の香辛料は人間族に悪影響があるかもしれないのじゃぞ！こっちの何も付いてない方を食べるのじゃ！』

　ぺち！

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ！」

　僕は見るからに美味しくなさそうな肉の串をはたきおとし、依然として香辛料たっぷりのお肉を貪り食べる。

「メ！今すぐそのお肉を（㍴！ℳ㏅℁⒮㏚㎵……………）口から離すのじゃ！こら！そっぽ向いて檻の奥へといくんでない！も～う………言うこと聞かないとルナ怒っちゃうよ！」

　結局、健斗の可愛さに心を奪われてしまったルナは怒ることが出来ず、満足そうに食べるのをただただ見ることしかできなかった。