覚醒する大賢者と世界の秘密編

第三十話:危険な忠誠心

 退屈。


 この世界はあまりにも退屈極まりない――と、わたくしは常々思っておりました。


 レヴァロン王国の“王宮魔術師長”として、誰もが仰ぎ見ては崇め奉る。何をしようとも「素晴らしい魔術です! ユグラ様!」と盲目的に頭を下げるばかり。おかげで、王のために働くこと自体に価値はあれど、さして刺激も変化もない日々だったのです。


 だから、ほんの少し……いえ、だいぶ焦れた気分で過ごしておりましたわ。


 だって、王と王国のためにどれだけ尽くしても、具体的に得られるのは「いつも通りの安泰」でしかありませんから。国は安定し、騎士も民も穏やかに暮らし、“わたくし”は誰よりも優れた魔術を振るうだけ……。


 そう、ただ安泰を得るということを誇りとする。あまりにも平坦で波風がたたない湖面のようではありませんか。誰でも退屈になるというもの。


 ですが、昨今は変わりつつありますわ。魔族領ハルヴァスの動き、それから大賢者と呼ばれる存在の再来――。


 ああ、そもそも“大賢者”などという伝説を心の底から信じていたわけではなかったのですけれど、王が私に黙って召喚したほどの存在。だったら逃げてしまった“大賢者”を追って確保するべきだと。


 色々手を尽くそうとしましたわ。でも王からは、「あまり表立ってやるな」と釘を刺されましたの。あれはハズレだったと……。


 そんな失敗を世間に知られれば王としての尊厳を損なう。


 そうは言われても私自身が見てみないと納得はできませんでしたわ。王が失敗なんてするはずがないのですから……。 


 そして遂にわたくしの耳にとある情報が入ってきた。


 ――補助魔法しか取り柄のないDランクの冒険者が、あの伝承の魔物“深淵の穿孔者アビサル・デグレイヴァ”にとんでもない魔法を使った。

 

 わたくしはすぐに公国へと向かいましたわ。そして彼はいた。


 そこで、あらゆる魔法適性を暴くわたくしお手製のアーティファクト《深淵観測の水晶ディープスコープ・クリスタル》を使って検査をしましたが、補助魔法の適性しか出なかった……。


 ……ありえなかった。人間に臓器があるのが当たり前のように、本来あるべき魔法の適性が、彼には補助魔法以外なかったのですから。


 でも、そんな検査結果など今はもう関係ありませんわ。


過激派魔族の襲撃で使ったあの“力”。


 彼は絶対、大賢者の力を内に秘めている。あれは普通じゃない。補助魔法で片がつく範疇はんちゅうじゃありませんもの。


 今、わたくしがいる場所はセファナ公国の市街地の裏通り、日中とは思えないほど薄暗い。日陰にはびこるように身を潜め、随行の魔術師たちの報告をうけている。


 わざわざ公国の上層部を動かすためにレヴァロン王国から王の書状を取り寄せ、確保する準備が整ったところで、“彼とその一行が魔族領へ向かった”という情報が入ってきましたわ。


 恥ずかしい話、わたくしが思うよりも迅速に動かれてしまった。


「ユグラ様、いかがいたしましょうか? 今からでも追跡するなら、人員を増強しますが……」


 側近の男が静かに尋ねる。


 わたくしはあくびをかみ殺すようにして、眠たげな瞳を半開きにしながら首を振った。


「いいえ、すぐに大人数で追いかけても、得られるものは少ないでしょう。……ふふ、“彼”は魔族領へ向かったのですよね?」


「は、はい。どうやら王女を名乗る魔族の少女と同行しているらしく……」


 側近の言葉に、思わず口元が吊り上がってしまう。王女……いや、ヴァルディス・ルーガ。噂には聞いておりますが、本当に人間側に助力を求めるなど、魔族としては珍しい。


 ――なるほど。魔族領へ渡るとすれば、過激派魔族と衝突するかもしれませんし、下手をすれば道中で彼らは殺されるやも。


「それは困りますねぇ。せっかく王のために役立てようと思ったのに、今死なれては意味がありません」


 独り言のように呟く。 すると別の部下が挙手して申し出る。


「ユグラ様、ならば王国の騎士団に指示を仰ぎ、魔族領への侵攻を急ぐというのはいかがでしょう? “あの男”を確保する機会にもなりましょうし、魔族側が騒ぐなら、それを逆手にとって……」


 彼の提案は確かに合理的。でも、それでは目立ちすぎる。王や宰相がどう出るかも分からない。わたくしが単独で動くにはもう少し大義名分があるのが望ましい。


「いいえ、まだ大規模な動きは避けましょう。国王陛下や宰相閣下に根回しするのは後でも構いません。いま求められるのは、まず“彼”が手中に収まるかどうか……」


 あの男、タカナシ ケン――《深淵観測の水晶ディープスコープ・クリスタル》には【補助魔法しかない】などという結果がでましたが、あれは測定の不備があったとしか思えませんわ。地味スキルなどと自嘲していても、先の過激派魔族の襲撃で見せたあの魔法は、どう考えても一般の補助魔法ではないもの。


 もしそれが“大賢者の力”ならば、王国に新たな栄光をもたらすキーマンとなりうる。わたくしが王と王国を繁栄に導くためのトリガーとするのに最適でしょう。


 王との確執? 宰相との板挟み? そんなものは問題ではありません。わたくしは常に、王と王国のためならば何でもする。それだけのこと。そこに王や宰相の同意が必要だなんて思わないわ。


 矛盾してる? 違いますわ。最終的に結果に繋がればなにも問題はありませんの。


 わたくしがこの先どうなってしまおうと……。


「しかし、あのタカナシ ケンという男……魔族の王女と行動を共にするなんて……。面倒なことになりそうですね」


 肩をすくめる側近に対し、わたくしは気怠げに笑ってみせる。


「ええ、面倒に違いありません。でも、その面倒を打ち破るのがわたくしの務め。……王女と仲良くするのは構いませんが、彼はやがて『王国の救世主』となっていただくのですから」


 話を聞いていた別の部下が「魔族領へ乗り込むおつもりですか?」と不安げに問う。


「ふふふ、怖いのですか? わたくしが行けば、誰も逆らえませんよ。魔族がどれほど力をもっていようと、わたくしの魔力ならば蹂躙することは難しくない……」


 ――とはいえ、過激派がこちらに殺到すれば消耗も避けられない。そこを考慮しても、タカナシ ケン一行を確保するほうが価値があるでしょう。あの大賢者の力を、魔族側に奪われるわけにはいかないですから。


 指先で髪をくるくる弄びながら、わたくしは次の計画をシミュレーションする。そもそもタカナシ ケンは何を求めて魔族領へ? おそらくヴァルディスとやらの懇願で、過激派を止めるためでしょうが、そんなこと、放っておけばいいのに。


「まあ、彼が人間の敵対勢力に与するのは避けたいところ。ゆえに、わたくしが直々に出向いて“調整”する必要がある……そう思うのです」


 危険? 構いませんわ。退屈を潰すにはちょうどよい。大賢者の力を持ち、魔族王女と手を結ぶ男。彼に会うのが楽しみで仕方がないですわ。


 だって、あの無愛想で地味な青年が、わたくしの《深淵観測の水晶ディープスコープ・クリスタル》では測定されなかった力を解放してみせた。その瞬間を思い出すたび、ゾクゾクするほどの快感なのですから――。


「想像してみてください、もし彼がわたくしの意図どおりに動くなら、王国はさらに発展し、魔族を制圧して大陸全土を統べる力が得られるかもしれない……!」


 周囲は青ざめた顔で黙り込む。彼らも分かっているのでしょう。わたくしが“王と王国のため”という美名を振りかざしながらも、そこに常軌を逸した狂気を混ぜ合わせることを。


 でも構いません。誰もわたくしには逆らえない。だから楽しいんです。


「――よろしい。それでは、準備を始めましょうか。わたくしが動けば、王国上層部も“既成事実”として、後から追認せざるを得ないでしょう。国王陛下や宰相閣下の意向も関係ありません。わたくしにとっては、些細なことなのですから」


 ワザとらしく低く笑うと、部下たちの顔がさらに青ざめる。でも、この緊張感がたまらないわ。


 部下たちがわたくしの表情を恐る恐る窺い、「承知しました、ユグラ様……」と一斉に頭を下げる。


「ふふ……」


 魔族領がどうなろうと、興味はありません。過激派だろうが穏健派だろうが、わたくしに従うならそれでいいのです。むろん従わないなら容赦なく踏みにじるだけ。目的は“大賢者の確保”と“王と王国のさらなる繁栄”なのだから。


 ――その道具として、タカナシ ケンの“大賢者の力”は申し分ない。


 「……どうして補助魔法しかないのか。その謎を解き明かすのも楽しみですね」


 呟いた言葉に、部下がオズオズと答える。


「もし本当に大賢者の力があるとしたら、王国にとって大きな資産ですが、危険でもあります。彼が暴走するかもしれません」


 言い終わらぬうちに、わたくしはゆるく首を振る。


「暴走? 結構じゃありませんか。わたくしが制御すればいい。手に負えなければ、少し痛みを伴う手段を使うまで……。ああ、でも彼がこちらに従うのなら、手荒なことはしたくないですけれどね」


 もっとも、そう簡単にわたくしの手のひらには転がってくれないかもしれない。過激派魔族が利用しようとするかもしれないし、あるいはあの王女が?


  いえ、それも面白い。いずれにせよわたくしの計画が進むだけ。


 心の底から湧き上がる愉悦を抑えきれず、端正な微笑を浮かべたまま、わたくしは地面に擦れてしまいそうな一房に結った長いおさげ髪を指で弄ぶ。 はたから見れば、ただの物憂げな美女がぼんやりしているだけに見えるかもしれませんが……この頭の中では様々な策略が渦巻いているのですよ。


 ――過激派魔族? 穏健派の王女? そんなもの、二の次。


 わたくしが興味を持つのは、あくまで“大賢者の力”だけであり、そしてそれによって王国がさらなる繁栄を迎えるビジョンだけ。必要ならこの両目を潰し、この両腕を捧げてもいい。狂信だと言われても仕方ありませんが、わたくしにとっては当然の忠誠なのですから。


「さあ、用意をなさい。魔族領へ向かいますよ」


 そう、ここから先は“ささやかな行動”として始め、あとで王国に軍を要請すればいい。最終的に全部を掌握できれば文句なし。


 ――“タカナシ ケン”の力を味方に引き入れれば、すべてがうまく回ると確信していますわ。


 小さく息をつき、わたくしは低く独りごちる。


 「タカナシ ケン……逃がしませんよ」


 空を見上げれば、青く晴れた空がどこまでも広がっている。こういう日差しがあると、一層わたくしの眠気が刺激されますが、しばらくは眠るわけにはいきません。


 今が一番面白い時なのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る