第27話 北極星の下で





エルトマン大佐の号令にダフト中尉は魂が抜けだしたような顔になってつぶやいた。


「あ、ありえない。 どうして総長直属の海軍陸戦隊が…野良犬…いや、陸軍の指揮に…」


「貴様らのそんな馬鹿げたやり合いは酒の席でやれ、ダフト中尉。お前らが陸軍元帥府の秘書の一人を買収し、元帥府内の機密情報を流出させたことまで全て確認した。


パズ総長も元々、海軍内部の過激派をどう処理するか悩んでた所、これを機会として一掃せよと、このように直属の陸戦隊まで出して下さったぞ。あのお方さえもお前たちがマインデイ嬢にまで手を出すほど狂った連中だとは夢にも思わなかったけどね。


おかげで、ご自分の手で直接お前らの頭に鉛弾を打ち込んでやると暴れるパズ総長を止めるのがどれだけ大変だったと思う!」


中尉は『総長がそんなはずがない』と否定するように首を横に振ったが、何よりも彼自身の背中を圧迫している海軍陸戦隊の銃口が生々しい現実を見せていた。


「た、ただ、私はハナム中佐の命令を受けて…うっ!」


卑屈に言い訳を喋ろうとしていたダフト中尉のすねに、エルトマン大佐の軍靴の先が突き刺さった。中尉は悲鳴さえも上げられず、その場に倒れ込んだ。


「たかが中佐の命令を受けたからといって、帝国軍の元首を暗殺しようとするのか!貴様はそれを正気で言っているのか!」


「そ、それが…」


痙攣するように震えながら許しを請う中尉の胸をもう一度蹴り倒したエルトマン大佐は、軽蔑の目つきで彼を見下ろしながら冷たく言った。


「ああ、そうだな。そのハナム中佐も今頃逮捕されているだろうから、二人仲良く監房兄弟でもしてろ。敬愛する上官と刑務所の仲良しだなんて出世したな。 めでたし、めでたし」


彼の言葉を裏付けるように、遠くのフルクドラッヘ号がある方からも銃声と叫び声がかすかに聞こえてきた。


「あ、あぁぁぁ…」


自分のこれからの運命がどれだけめちゃくちゃになってしまったのかを実感し、呆然と座り込だダフト中尉を陸戦隊員たちが引きずり込むように連行した。


「他の者たちも全員連行しろ! 参加した度合いに応じて、処罰を論ずるだろう! そして......うむ?マインデ嬢、どうなさいました?」


陸戦隊員たちに向かって断固として指示を下していたエルトマン大佐は、自分の背中をポンポン叩くクラウスミレを見て首をかしげた。


「あの水兵の中で一人は私たちを助けてくれた人なんですが、許してもらえないかしら?」


「ハウアー少尉のことですね。 すでに承知しております。しかし、彼もまた元帥閣下を襲撃した一味の一人なので、まずは徹底的な調査が先決です。過ちも、また『手柄』も厳正に判断されるはずです。厳格な国法に則って」


エルトマン大佐はありのままを淡々と語るだけでも、人を安心させる素晴らしい手腕があることを示した。クラウスミレは胸を撫で下ろし、目を輝かせた。


「では、私はもうお家に帰らせていただいてもいいでしょうか?」


「ダメです。」


「……はい?」


意外な答えに目を丸くして見つめてくるクラウスミレから目を逸らし、エルトマン大佐はハイネに視線を向けた。


「元帥閣下、現場指揮官の判断を尊重する帝国の野戦教範に基づき、一つの指示をお伝えいたします」


ハイネはにやりと笑った。


「大佐が元帥に指示を出すなんて、帝国軍の軍紀も地に落ち…」


「今すぐ検診のため、マインデイ嬢を病院に移送させていただきます。ご同行願います。元帥閣下」


「現場指揮官の正しいご判断、直ちに実行いたします。 大佐殿」


決意に満ちいた眼差しで断固として大佐に『殿』と付ける帝国陸軍元帥を、クラウスミレは言葉にできない表情で見つめた。


「いや、ちょっと待ってください。 私は平気なんですけど?」


「申し訳ありません。マインデイ嬢。 手続きでございます。 事後報告書に『平気だと言い張るレイディをお家に帰らせていただきました』と書くわけにはいかないので。 おとなしく元帥閣下と一緒に病院まで同行してくださるようお願いします」


「ちょっと待ってて!今、ハイネさんにウインクしましたよね、大佐殿!」


数十万の精鋭強兵である帝国陸軍を率いる最先任将校と彼の副官の絶妙な語り合いのコンビネーションティキ・タカを見ながらクラウスミレは悲鳴を上げた。


「ああ、すばらしい判断だ。 ライチ·エルトマン大佐。 諸君がいてからこそ、帝国の未来は実に明るい」


「ハイネさんも、いきなり元帥モードにならないでください!」


「『家に帰るまでがお見合い』とも言うじゃないか、クラウスミレ嬢。さあさあ。 速やかな現場収拾は若い人たちに任せて、私たちはこの辺で抜けるようにしよう」


「あれってお見合いする側のセリフではありませんわ!これは陸軍の横暴だ! 海軍の士官たちよ、聞いてくれ…!」


虚しい哀訴を空高く叫ぶクラウスミレの手を引いて走りながら笑うハイネを、エルトマン大佐はため息をつきながら、遠くから演行馬車に上がっていたハウアー少尉は苦笑いを浮かべながら、そしてさらに遠くで輝いていた北極星ポラリスは腹を抱えて笑いながら眺めていた。


.

.

.


そして翌日、


マインデイ家は


『帝国の英雄であり、陸軍の元帥であるハイネ·フォン·シューマン閣下から送って頂いた栄誉ある縁談に対する答弁として本家は、当主の娘であるクラウスミレ·マインデイの意向により、二人の婚約が神の恵みの下で成立したことを喜んで知らせる』


という案内文を発表した。

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