第29話 騎士
三人の若い騎士はアンに視線を向け、明るく笑いかけている。
爽やかな連中だ。
ただ、チラチラと俺のこともしっかりと視界にはいれているようで、どこか抜け目なさも感じる。
騎士か……マーフと一緒にいた連中と比べて実戦は少なそうに見える。
ただ実力はよくわからない。
俺にそれを推し量るだけの技能が無い。
一般的には剣の扱いや軍の指揮に長けているが、どれほどのものだろうか。
「あなたたちは、騎士なの?」
「ああ、そうさ! 俺達三人とも城住まいなんだ」
「ふぅん、そう……騎士ね。頑張ってね」
アンはつまらなさそうにそう答え歩き出すが、騎士たちもついてくる。
適当に合わせて俺も歩くが……迷子だというのにアンはどこへ向かうつもりなのだろうか。
「今日は休みでさぁ、ちょうどこれから遊びに行くところなんだ。どうだろう、一緒に少し街を歩かないかな?」
「この辺じゃ見ない……凄い美人ですね! よければ名前を教えてもらっても?」
「そうですか、騎士様ですか! 俺はフー・ジッド! 傭兵でテイマーです。どうぞよろしく! で、そっちの名前は?」
「あ、ああ……変わった名前だな。いや、だが……お前じゃなくてだな……、この姫――」
「で? 名前は?」
「いや……俺の名前はマルサリスだ。こいつがアルチョムで、そこのがビーダだ。一応このチームのリーダーは俺だ」
「なるほど~、いや、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。いや~、おっかないなぁ」
「おまえ……」
揉め事は避けたい。
だが……、三人の爽やかな若者を見ていると、ちょっとからかいたくなってくる。
しかし、少し俺の態度がわざとらしすぎたのかもしれない。
マルサリスという灰色髪の男は、俺に対し少し警戒した視線をよこすようになってしまった。
先程まではアンを見て笑顔を浮かべているだけだったが、今は細い目をさらに細め、俺を観察するように見てくる。
とりあえず満面の笑顔を返すと、嫌そうに眼を逸らされた。
おかしいな……爽やかな感じで笑ったんだけどな……。
アルチョムという黒髪にやや豚鼻気味の男は、まるで珍獣でも見るような目で俺を見てはくるが、比較的どうでもよさそうだ。
アンの胸元から視線がぶれない。
なかなか見どころのあるやつだ。
ただ、ビーダとかいう、金髪の男だけは俺の振る舞いに腹を立てているようだ。
さっきまでヘラヘラしていたくせに、怖い顔で睨みつけるように俺を見てくる。
眉間に寄った皺を見ていると、とても気分が良い。
ここで尻でも見せてやれば、剣を抜いて襲い掛かってきそうだ。
もちろんそんなことはやらないが……ムズムズするぜ。
「私はカーネリアン、――森の悪霊よ。よろしく」
「森の悪霊? ははっ、なんだか物騒だなぁ。それじゃ、お互い自己紹介も終わったし、良ければ少し――」
「私、騎士はあまり好きじゃないのよ。ごめんなさいね、行きましょう、フー」
「なっ!」
アンは俺に腕を絡めなおし、先に行こうとする。
若い騎士たちにはあまり関心が無いようだ。
男たちは唖然としている。
馬鹿な連中だ。
アンを釣りたければうまい食い物か可愛いものが必要だ。
頭にリボンでも結んでから出直せ、と言いたい所だが……俺は少しこいつらに興味がある。
この街で暮らすのであれば、騎士という存在は無視できない。
特に傭兵とは距離も近い。
騎士のお手伝い依頼はなかなか割りが良いのだ。
とはいえ熟練の騎士に絡むのはおっかない。
だが、若造であれば観察するのにちょうどいい。
持たされている装備の充実具合や、良く体を鍛えられた大きな体格からは、この街の騎士団がそれなりの精強さを誇ることは分かるが……後はその気質を知りたいところだ。
「アン、ちょうどいいじゃないか。俺達迷子だし、騎士様に街を案内していただこうぜ?」
「それもそうねぇ……。私達、買い物に行くところなの。お店の場所、教えてもらえるかしら?」
「ああ! 何が欲しいんだい? 普段から警備で回ることも多いし、街のことなら詳しいぜ」
「アルチョムさん。それじゃあまず大工道具が買えそうなところをお願いします!」
「……ああ。やっぱり……、お前もついてくんのか」
「ええ、もちろん! 何か問題でも?」
「おい、お前……いい加減にしろ。テイマーだか何だかしらんが、傭兵ごときが……」
「やめろビーダ。せっかくの休日だ。面倒ごとを起こすな。アルチョムも……道案内だけだぞ」
「ああ、もちろんだ。さぁカーネリアンさんこっちだよ! ああ、荷物持とうか? よければ俺の腕にも掴まる?」
「いやぁアルチョムさん親切にありがとうございます! これ、俺が背負っているけど、実はアンのカゴなんですよ。いやぁ意外に重かったんです。ほんと、助かります! さすが騎士様だ!」
「えぇ……なんで俺がお前のカゴを……。いやもうそれはいいが、お前が腕に捕まってくるなよ……」
「ありがとう、アルチョム」
「いやぁ、カーネリサンさん、別にそんな大したことは……へへへへっ」
思ったより親切な連中だな。
マルサリスからは若干うんざりした雰囲気を感じる。
だが、迷子の俺達を助けるくらいには騎士として良心的なものを持っているようだ。
なんだか育ちが良さそうだな。
そういえば目は細いが顔は良い。
若く、育ちの良い、体格にも恵まれた、美形の騎士か……殴ってやろうかな。
アルチョムからは混じりけの無い、綺麗なスケベ心を感じる。
やはりこいつは見所がある。
押し付けたカゴも、大人しく背負って歩いている。
ビーダは気位が高そうだ。
俺にかなりムカついてそうだが、マルサリスの言葉にはそれなりに素直に従うようだ。
こいつもマルサリス同様顔は良いが……育ちは悪そうだ。
ずっと暗い目でアンを見ている。
なんか変な妄想でもしてそうで嫌だなぁ。
それからも微妙な空気の中、アルチョムやビーダをからかってはなだめ、元気に移動していると、見慣れた商店街へと到着した。
「ここまで来たらわかるだろ」
「ありがとうございます、マルサリスさん」
「なんでおれがおっさんの手伝いを……」
「アルチョムさんも、いやぁ荷物まで持ってもらって、たすかりました」
「変なおっさんだなぁ……」
「おい、傭兵……カーネリアン、あとフーとか言ったな。お前らこの辺の連中じゃないだろ? 何処に住んでるんだ? 石塀の中じゃないだろ? 最近越してきてたのか?」
別れ際になって、ビーダが急に俺達のことを詮索してくる。
そんな話は移動中に済ませておけと言いたい。
移動中はずっと大人しかったくせに何なんだ。
「ええ、まぁ石塀の外ですね」
「どの門から近いんだ? 石塀の外は危険だ。見回りの時に寄ってやろう」
「おお、ビーダ、それはいい考えだな! 俺達三日に一度は石塀の外も見回るんだ。せっかく知り合ったんだ、見回りついでにカーネリアンさんの顔を見るのも悪くない。ほら、モンスターや盗賊なんかも危ないし? 騎士がうろうろしているとそういうのも近寄らなくなるからさぁ」
「別に……たいして危なくないわよ?」
「で、どの門の近くだ?」
「北の森の近くに住んでるわ」
「北の森!?」
「うげ、よりにもよって北の森かよ……」
「お前ら……なぜあんなところに……」
止める間もなくアンは俺達の住処について喋ってしまう。
ただ、アンから若干イライラしているような気配を感じる。
こいつらとつるむのはやめておいた方が良かったかもしれない。
商店街のど真ん中で心臓をほじくりだしてムシャムシャしはじめないか心配になってくる。
しかし実際、下手に隠すようなそぶりを見せて、ややこしいことになるのもまずい。
別に俺達にやましいところは……あまりないような、少しだけあるような……。
それにしても、北の森と聞いたマルサリスとアルチョムはかなり驚いた様子だ。
この雰囲気からすると、マハから聞いていた以上にやばい場所だったのかもしれないな。
まぁ、マハだって元々はこの街の住人じゃないもんな。
あれほど立派な家がずっと空き家というのもよく考えればすごい話だ。
「……ほかにも仲間がいるのか?」
「ねぇ……いつまで質問は続くのかしら?」
ビーダはさらに質問を重ねてくる。
気色の悪い男だな。
アンがどんどん不機嫌になっていく。
俺もいい加減面倒になってきたぞ。
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