第19話 ガーラ

 それから三日。

 特に大きな出来事もなく、順調に移動を終える。

 途中、クリスティーヌがキノコの探索中にイノシシを捕まえてきたので、相変わらず飯は豪勢だった。

 冬に向けしっかりと体を太らせた、かなりでかいイノシシではあったが、クマ姿のクリスティーヌに軽く撫でられるように転がされると、それだけで首が折れてしまったようだ。

 アンほどではないにしても、かなりの怪力なようだ。


 人間関係については、結局マハ夫妻と女子供の集団以外とは大したやりとりもなかった。

 基本的にはマハ夫妻の護衛をしつつ、日に一度ゼットが女子供たちの集団へ炊き出しを提供し、アンが子供たちと遊ぶという流れが出来ていた。

 マハ夫妻、特に妻のイーダはすっかりアンを気に入り、姿を見かけると笑顔で話しかけてくる。

 もちろんほぼ記憶のないアンには、それほど会話できるようなこともない。

 それでもイーダは特に詮索することもなく、グエルの街の生活などについてアンと楽しそうに話している。

 ガーラの街にはしばらく滞在する予定なので、この調子ならば依頼達成後も顔を合わすこともありそうだ。

 女子供の集団も、かなり気やすい関係になった。

 特にゼットとクリスティーヌは俺とアンがマハ夫妻の護衛に集中している間もずっと一緒にいるので、今ではふたりともよく子供たちをくっつけて移動している。

 ゼットも戦場では頭のおかしい魔法使いだが、今はまるで好々爺のように見える。

 魔法で子供たちを喜ばせている姿は、なかなか微笑ましい。

 クリスティーヌは見た目の愛嬌に加え、よく女たちの力仕事を手伝ってやっており、感謝されつつも、かなり可愛がられているようだ。


「お~……、でっかいな。あれがガーラか」

「この近辺では一番大きな街ですね。今見えている木の柵の内側に、もう一つ石の壁がありますよ」


 ここ数日、マハとの付き合いの中で、気が付くと敬語を辞めてしまっていた。

 もともとそういうのは苦手なので長くは喋れないのもあるが、マハの人柄によるところが大きい。

 俺のような粗雑な人間でも、かなり話しやすく感じる。

 もし客として出会っていたら、いらないものでもつい買ってしまいそうだ。


「奥の方に見えてるやつか。高い防壁だなぁ……。石塀の内外に街があるのか」

「ええ、石壁の内外でかなり暮らしぶりは違いますけどね。木塀の内側は石造りの背の高い建物が多く、外側は木造の平屋が多いですね」

「ふ~ん。マハはどこで働くんだ?」

「私は昔からの取引先の商会に軒を貸してもらう予定です。ちなみにそこの会長は私の叔父でもあります。石壁の内側でもそれなりに大きい商会ですよ」

「おぉ~、まぁそれならグエルから逃げ出すのも分かるな。いっしょに出た商人連中も結局ガーラに伝手があるってわけか」

「全員ではありませんが、ほとんどがそうですね。もともとグエルとガーラは取引が盛んでしたから」

「グエルと違って、木柵の外側は耕してないんだなぁ」

「野菜などは細々と柵の内側で育てているようですよ。ただ……あまりに森が近いですからね。開拓も少しづつ進めているようですが……グエルのような麦畑の風景が広がるのは、まだまだ先のことでしょうねぇ」

「大きい街だけど、食い物はどうしてんの?」

「ガーラは商工業メインの街で、ここから先にある、少し離れた場所にある村々、小さな街などから麦などは調達しています。この辺りでは珍しいですが、ガーラは複数の小さな街や村をまとめて小国を作っていますからね」

「なるほどな。それじゃあ、傭兵仕事もあるかな? できれば戦争以外が良いんだが……」

「斡旋所に行けばいくらでもあると思いますよ。街や村、他の国との往来はかなり活発ですから、もちろん護衛も求められます。それに、動物やモンスターの肉や毛皮はいつも足りていません」

「森で採ったもんが売れるのはいいな」

「むしろ余った食料はすべて私が買い取らせていただきますよ! フーさん達が森にはいると、いつも信じられないほど素晴らしい食材を大量に調達してきますからね。私もここ数日で舌が肥えてしまって……街での食事が心配なほどですよ」

「それは助かるな。水が合えば、冬はガーラで越すのも悪くないと思ってたんだ。あ、でもマーフたちの軍隊来たりするかな?」

「しばらくはあの連中も身動きは取れないでしょう……収穫の必要もあるでしょうしね。それに、ガーラには精強な騎士団もいますから、場合によっては逆にグエルの街を騎士団で奪還しに行くかもしれません。収穫量はそれなりでしたが、グエルの麦は質が良いですから」

「なるほどな。しっかし……近くで見ると木塀の内側はずいぶんと雑然としてるようだな」

「石塀の外は特に出入りにお金もかかりませんからね。いろいろな種類の人間が集まって、活気は凄いですね」

「怪しい奴も多そうだな……いや、俺たちもか。さて――そろそろ仕事も終わりか」

「フーさん、アンさん、ここ数日間お世話になりました。食べ物まで色々分けていただいて、本当に感謝しています。特にうちのイーダがあれほど穏やかにこの旅路を過ごせたのは、アンさんのおかげです」

「アンさんとお別れするのは……悲しいです」

「いつかまた会えるわ。それよりイーダ、あなた子供産むのでしょう? あまりウロウロせずに大人しくしておくのよ」

「そうですね、気を付けます。無事子供が生まれたら抱いてやってください」

「それは楽しみね」


 マハから重い袋を預かる。

 どう見ても銀二百以上入っていそうだ。


「少し色を付けておきました」

「これはこれは……ありがとう! いやぁ助かるわぁ」

「もしガーラにしばらく滞在されるならば、今後もぜひよろしくお願いしますね。なんだかなし崩し的にお別れのあいさつになってしまいましたが、私が働く場所も紹介しておきたいところですし、石塀の中へ一緒に行きましょう」


 その後マハに連れられガーラの街、その石塀の内側へと入っていった。

 入国税は当たり前のようにマハが払ってくれた。

 その際もらった通行手形は七日間有効らしい。

 もちろん、その期間石塀の出入りも自由とのことだ。

 実にありがたい。

 それから古い石造りの街を歩いていると、アンとクリスティーヌが少し不安そうな表情を浮かべていることに気が付く。

 見知らぬ森で迷子になってしまったかのような顔をしている。

 街は苦手なのだろうか……。

 

「ここです」

「でっかい店だなぁ」

「ここまでとは言わないまでも、いつか私も再び自分の店が持てるように頑張りますね」

「ああ、なかなか悪くない仕事だったよ。またそのうち仕事をたかりにくるわ」

「ははははっ、ぜひ、お待ちしておりますよ!」


 イーダは最後までアンとの別れを惜しんでいた。

 もし……アンがウェンディゴだと知ったら何というだろうか。

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