第5話 side裏ボスさん

 ──どうして、こんなに彼のことが気になるのだろう?


 私は自分のなかに芽生えた衝動に、とても戸惑っていた。それはこれまで経験した覚えの全くないもの。

 深淵へと至る使命を帯びて産み出され育ってきた私には、そういった衝動自体が、とても新鮮だったのだ。


 ──いまも、校外実習の始まりを端然と待つ、彼の立ち姿から目が話せない。とても自然体で、でも、深く考え込んでいるみたい。


 私は距離を取って、いま一番気になる相手であるシド=アニキスのことをじっくりと観察する。

 ただ、なんとなく見ていることが彼に気づかれるのが気恥ずかしく感じてしまう。なので、完全に彼の死角に入るように最大限の配慮はしていた。

 それ自体は、私には造作もないことだったから。


 ──校外実習自体は、そんなに難しいものじゃないのに、何をそんなに悩まれているのだろう……うーん。私たちには到底想像もつかないような事象ついて、彼はその深遠な知恵を巡らしているとか? そうね。そうに違いないわ。


 そうやって佇むシドの背中へ、じっと視線を向けていると、校外実習の開始が告げられる。

 動き出す生徒たち。


 ──彼は、動かない? このままだと私と彼の二人だけ残ってしまうわ。うん、私も、とりあえず同じよう移動して、それから観察を続けよう。


 見ていることがばれることへの気恥ずかしさと同様の理由で、私はさっとダンジョン領域の木立まで移動する。そして、その陰から観察を続ける。


 すると誰もいなくなるまで待っていた様子のシド=アニキスがリラックスした様子で、歩き出す。


 ──その方向……もしかして。え、まさか。だとすると、彼のあんな姿やこんな姿が見れてしまったり……。


 期待になぜか高鳴る鼓動。


 シド=アニキスが進む方向の先には、とてもマイナーで、採取に人気のないダンジョン素材の群生地があるのだ。

 たまたま、自らの使命の関係で知っていたため、思わずそんなことを考えてしまう。


 そのため、気がつけば彼が足を止めて身を屈めてあるのに気がつくのが一瞬、遅れてしまった。


 一瞬のタメのあとに、足元の石を投擲するシド=アニキス。

 最初は私でも彼が何をしているのかわからなかった。


 ──あれは……そうか。イミダケね。え、イミダケの本体が、彼には見えていたの? ……すごい。私でも完全に擬態したイミダケの本体は見分けがつかないから、襲われてから返り討ちにするのに。


 どうやら彼は陰ながらイミダケの本体に襲われそうになっていた同級生たちを助けたようだったのだ。

 その姿勢にとても共感してしまう。


 ──彼って優しい。それに自らが表に出ないことで、助けた相手との煩雑な人間関係に巻き込まれないようにしているのね。


 音を立てないようにその場を離れるシド=アニキスの後ろ姿をみて、私はこれまで以上に彼に親近感を覚えてしまっていた。

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