雨上がりの匂いとともに始まるこの物語は、あるひとりの男の静かな孤独にそっと寄り添いながら、その心の深淵を丁寧に描き出していきます。
物語の中で出会うのは、まるで星のようにきらめく歌声。そして、その歌声に導かれるようにして、彼の胸にともるのは、かすかな希望なのか、それとも、募る想いが生んだ執着なのか……。
読み終えたあとに残るのは、ふと夜空を見上げたときに胸がきゅっとなる、あの切なさに似た感覚です。誰かを「想う」気持ちの純粋さと、それにひそむ危うさが、幻想的でありながら現実味をもって胸に迫ってきました。
“推し活”という現代的なテーマを、こんなにも静かに、そして力強く描いたこの作品。静かに心に沁み入り、気づけば自分自身の「願い」にそっと触れている、そんな読書体験でした。
主人公のゼナスは郷土の期待を背負って出征するが戦場で負傷し、大きな武勲をあげられず帰郷する。
彼を待っていたのは友人たちの侮蔑の声だった。
ゼナスは故郷を離れ帝国でしがない警備兵になる。
自堕落な日々を過ごすゼナスだが、ある日一人の【歌姫】に出会って彼の生活は一変する……
「こんな異世界ファンタジーがあるのか」
と正直驚いた。
自分の感覚としてはファンタジーよりアメリカンニューシネマに味わいが近い。
読後感に苦味がある。
最初に読んで連想したのは映画『タクシードライバー』でロバート・デニーロが演じたタクシードライバーだった。
あの主人公もベトナム戦争帰りで挫折感を抱いていて、都会で孤独な生活を送っている。
それが一人の推し(副大統領候補)ともう一人の推し(少女娼婦)に出会って生活が一変する。
解説でSSSさんはゼナスを「行き過ぎた推し活」と評されている。
もちろんそうだが同時に都会の孤独や、個人の尊厳を無視した労働も彼の心を荒ませていると思った。
今都会のアパートに暮らす多くの若者に、この短編は映画『ジョーカー』のように刺さるにちがいない。
異世界ファンタジーの多様性と可能性を大いに感じる一編。
これが短編であるのに驚く。
ぜひご一読をおすすめします。