第18話 海野 瑞希④

 潮太郎と離婚した私に残されたのは……大洋だけ。

私は大洋のために生きようと心に決めた。


「それじゃあ行ってきます」


「行ってらっしゃい、大洋」


 朝は母として大洋と学校へ見送り……。


「母さん……母さぁぁぁん!!」


「大洋ぉ! 全部お母さんにぶつけてぇ!」


 夜は女として……大洋の性をこの身に受ける毎日を過ごし続けた。

2人になってしまい、経済的にもそんなに余裕がある訳じゃないけれど……大洋がいるから私は幸せ。

それは母として……そして1人の女として……。

潮太郎に離婚を突き付けられたのはショックだったけど……私のそばに大洋がいてくれたから、立ち直ることができた。

スキンシップと割り切っていた大洋との行為も……もはや私にとっては互いの愛を確かめ合う崇高な儀式となった。

そう……私はすでに、大洋を愛してしまっていた。

血の繋がった親子が心から愛し合う……それが禁忌であることはわかっているつもりだ。

でも仕方ない……。

親であろうと子供であろうと……私達は1人の男と女……。

男と女がお互いに惹かれ合うのは自然の摂理とも言える……。

それに今は、同性同士のお付き合いや入籍だって認められ始めた時代……もしかしたらいずれ、母親と息子が結婚する未来だって訪れるかもしれない。

今でも互いに愛し合っていることに違いはないけれど……もしも世間が認めてくれる日が来れば、夫婦として大洋と共に生きていくわ。


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「ねぇ大洋? もうご飯できたわよ?」


「うん……すぐ行くから先に食べてて」


 そんな私と大洋の幸せな生活に暗雲が立ち上るようになったのは離婚してからわずか2ヶ月後のこと……大洋は部屋に籠ってパソコンで何かをする時間が多くなってきた。

テレビでは大洋が推していたアオカとかいうアイドルが世間から批判を受けていた。

なんでもそのアイドルが、実の父親と関係を持ったとか……。

真相はよく知らないが……その父親が逮捕されたというニュースは確かに報道されていたところを見ると……それなりに信ぴょう性がある話みたいね。

いくら仲が良くたって……血の繋がった父親と娘が体を重ねるなんて……おぞましい限りだわ。

互いに快楽だけを求めあう関係なんて……人間というより……もはや性に飢えたケダモノって所ね。

でも私と大洋は違う……。

なんたって……私達の間には愛があるんだから……。

そう……尊くも熱い愛が……。


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「今日、ちょっと出るから……」


「えっ? どこに行くの?」


「隣町の喫茶店。 アオカちゃんらしき人をそこで見かけたって情報がいくつかネットにあったんだ」


「またなの?」


 アオカがあの件で芸能界を引退して以降……大洋は彼女の情報をネットで集め、時には今のように直接出向くようになった。

でもそのどれもが偽の情報で、この時のもデマだったみたい。


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「ねぇ大洋……この所、どうしたの?」


 この日も大洋は自室でパソコンを使ってアオカの情報を集めていた。

初めはずっと推していたアイドルだから、気になるのも仕方ないと思っていた。

だけど、このところ勉強に身が入っていないようで……担任から授業中も上の空だと何度か心配の声を寄せられている。

それに夜の営みだって……以前はもっと情熱的に私を抱いてくれたのに……今は自分の性を満たすことばかりで、私のことを全く見てくれないと感じることが多い。

愛してるとか……ずっと一緒だよとか……耳元でささやいてくれた愛の言葉も……全然言ってくれなくなった。

これじゃあ私……ただの性欲のはけ口じゃない……。


「今忙しんだ……話なら後にして」


「またあのアイドルの子のことを調べているの?」


「母さんには関係ないだろ?」


「かっ関係ないって……そんな言い方ないじゃない。 私はあなたを心配して……」


「とにかく後にしてって!」


 私は強引に大洋の自室を追い出された……。

なんだか大洋に拒絶されたようで……私はしばらくその場で茫然と立ち尽くしてしまった。

どうして?……どうしてそんなに必死にアオカのことを追いかけるの?

あなたが愛している女は私でしょ?

アオカはただの推しでしょう?

今はアイドルを辞めて芸能界すら引退した……もはやただの若い小娘。

人を魅了する力なんて失っているはずじゃない……。

それなのにどうして……未だに大洋は彼女を求めているの?

私がいれば……それで幸せなんじゃないの?

アオカは大洋に”アイドル”を提供しただけ……人間としてのぬくもりなんて何1つ与えていない。

でも私は……大洋になんでもしてあげている。

この身も心も……大洋に捧げている。

そんな私が……アオカの何に劣っているというの?

私にはもう……大洋しかいないのよ?


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「大洋?……どこにいるの?」


 ある朝目が覚めると……隣で眠っているはずの大洋が姿を消していた。

昨夜は激しく大洋に求められたせいで、少し目が覚めるのが遅くなっていた。

スマホを見てみると……大洋からラインが1通届いていた。


『アオカちゃんの所に行ってくる』


 またあの女を探しに行ったんだ……。

どうせ今回もデマに決まっているんだから……無駄に終わるだけね。

でも今日は……私も行く所があった。

それは……。


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「おめでとうございます……ご懐妊されています」


「ほっ本当ですか!?」


 私が訪れた場所……それは産婦人科。

そしてたった今……私は妊娠を告げられた。

そう……私のお腹には今、新しい命が宿っている。

誰の子なのって?

フフフ……そんなの、大洋に決まっているじゃない。

実は少し前から妊娠の兆しが出ていた……。

今朝、妊娠検査薬で調べてみたら陽性の結果が出ていた。

だから産婦人科に足を運んで調べてもらったら……結果は聞いての通り。

でも残念ながら……この子は大洋に望まれてできた子じゃない。

そもそも私は大洋との行為の前に、避妊薬を服用するようにしていた。

大洋は避妊具を嫌っていたし……彼の性を思い切り発散させてあげたかった……だから避妊薬を服用していた。

でも私は……彼との子供を作るために、薬を服用したと大洋に嘘をつき……この身に彼の種を刻み続けた。

大洋は避妊していると思って……毎日、限界まで性を注いでいたわ。

始めてからわずか3ヶ月ほどでこの身に命を授かるとは思わなかったけどね。

……どうしてそんなことをしたのか?

それは大洋を繋ぎとめるため……。

認めたくないけれど……大洋はアオカを強く見つめている。

彼の中でアオカの存在は想像以上に大きなもの……。

私がどんなに叫ぼうとも……どんなに彼の性を絞ろうとも……アオカが存在する限り、彼の心はきっと私に向いてくれない。

最悪の場合……アオカを追って大洋が私を置き去りにする可能性だってある。

現に大洋は今も私を置いてアオカを探しに行っている……。

もう彼の心を取り戻すには……子供という強い繋がりを作るしかない。

子供ができたとなれば……誰だって責任を取らざるを得ない。

当然大洋だって私の元に帰ってくるし……ずっとそばにいれば心だって私の元に帰ってきてくれるはず……。

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「大洋がどんな顔をするか……楽しみだわ」


 私は大洋の帰りを心待ちにしていた……。

彼に妊娠を告げるという最大最高の喜びを早く味わいたいからだ……。

ラインや電話で伝えるなんて野暮なことは考えていなかった……。

こういうことは、直接口で伝えるべきでしょう?

私と大洋とこの子……3人で新しい温かな家庭を築き上げるのよ!

そんな家族計画を想像していた最中……。


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「どうしたのかしら……」


 大洋は翌朝になっても帰って来なかった。

スマホに何度も連絡してみたけど……返事は一切ない。

こんなことは今まで1度もなかったから、大洋の身に何か起こったのではと不安に駆られていた時……。


 ピンポーン……。


 インターホンが鳴り響き、大洋が帰ってきたと思って胸をなでおろしながら玄関を開けると……スーツ姿の男性2人が玄関前に立っていた。


「浜口さん(私の旧姓)のお宅でしょうか? 我々は警察です」


「けっ警察?」


「あなたの息子さん……浜口 大洋君が昨日逮捕されました。 現行犯です」


「たっ大洋が……逮捕?」


 警察の話によると……昨日の夕方頃、大洋は他人の家に不法侵入し……その家に住む同い歳の女の子にわいせつな行為……世に言う強姦を働こうとしたらしい。

事を始める前に取り押さえられたので未遂に終わったらしいが……大洋には複数の罪状が掛けられてしまったらしい。

しかもその女の子というのが……あのアオカだという。


「そんな……そんなまさか……」


 信じることができなかったけど……アオカの家に脱ぎ捨てられた大洋のズボンや体液が見つかったらしい。

証人もいるらしく……そもそもが現行犯逮捕であるため、有罪なのは避けようのない事実みたい。


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 私は急いで大洋のいる警察署に向かった。

そして母親という立場で、彼との面会が許された。


「大洋! どうしてこんなことをしたの!?」


 開口一番に、私はガラスの向こうで腰を落ち着ける大洋に声を張り上げた。

面会の前に、改めて警察から証拠や証言をもとに大洋の犯した過ちを説明された。

そこで初めて、大洋を取り押さえたのが潮太郎であることを知った。

それにはもちろん驚いたが……それよりどうして大洋がこんな犯罪に手を染めたのか……それが何よりも知りたかった。


「アオカちゃんは……父さんに洗脳されているんだ……」


「は? どういうこと?」


「父さんはアオカちゃんの弱みを握って……無理やり自分のそばに置いているんだ!

アオカちゃんの無垢な体と魂を汚し……のうのうと友達ヅラしている悪魔だ……許せない……」


 大洋は何度も何度も……同じような言葉を呪言のように口にした。

要約すれば……潮太郎がアオカを強姦し、それをネタに無理やり関係を構築している……らしい。

元旦那である潮太郎の人となりはそれなりには知っている。

正直、彼はそんなある意味大胆な行動が取れる人間じゃない。

愛する大洋からの言葉とは言え……私には信じることができなかった。

でも大洋は……完全にそう信じ込んでいるみたい。

それが全ての事の発端となった……と私はすぐに理解した。

結局のところ……アオカの存在が大洋を狂わせたってことね。


「落ち着いて、大洋。 今はとにかく、少しでも刑罰が軽くなるようにしましょう」


 私は大洋の荒ぶる心を鎮めようと奮闘してみたが……彼の心は想像以上に荒ぶっていた。


「父さんをアオカちゃんに近づけちゃダメなんだ!! あいつは今も、彼女を苦しめて弄んでいるんだ!!」


 私の言葉は、今の彼の心には届かないみたい……。

仕方なく私はこの場を後にし、後日……弁護士を連れて再び面会に尋ねた。


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「大洋さん……まずはあなたの話を聞かせてください」


 さすが弁護士というだけあって……心が乱れている人間との対話は場慣れしているみたい。

弁護士は大洋の話……主に潮太郎とアオカの話を聞くだけ聞き入れ……隙を見ては自分の言葉を挟むように言葉を紡いだ。

弁護士はともかく、有罪が確定してる以上……大洋にできることは反省の意を表して、被害者の許しを少しでも得ることに力を注ぐほかない。

だから今は、恨みつらみをつぶやく前に……自分が愛するアオカを傷つけたことを自覚すべきだと……勤めて冷静に言い聞かせた。

最初こそ、聞く耳持たなかった大洋だったが……弁護士が取り出したボイスレコーダーに吹き込まれた音声を聞いた途端……顔色が少し青ざめた。

そのボイスレコーダーには、警察からの事情聴取を受けていたアオカの心情に関する音声が録音されていた。

本来であれば、それは警察や検察が所持しているものであるが……弁護士が大洋の心を開くために使わせてほしいと言って、特別に面会時のこの間だけ……拝借することができたらしい。

それだけこの弁護士が、警察や検察に信用されているということなんだろう……。


『怖かったです……ただ……怖かったです……足を掴まれた時は……もうダメだと思いました……できることなら……もう2度と現れないでほしいです」


 涙声で事件当時の心情を語るアオカ……。

時にはこらえきれない涙で目を濡らした場面もあった。


「あなたの愛している女性はあなたに対して明確に嫌悪感と恐怖心を抱いていますね?

これがあなたの望んでいた結果なのですか?」


「そっそれは……」


「これ以上……彼女のあなたに対するイメージを崩壊させて良いのですか?」


 アオカの嘘偽りのない心情に……大洋は言葉を失った。

溜めていた自分の感情を一気に吐き出した反動で……冷静さを取り戻すことができた、おかげでアオカがどれだけ傷ついているのか再認識できたのかもしれない。


「俺は……俺は……」


 最初とは打って変わり……大洋は手で顔を覆い、自分の愚かさを悔いる姿勢を見せた。


「大洋さん……ありがちなセリフで申し訳ありませんが……あなたはまだ若い。

罪を償って……もう1度人生をやり直しましょう」


「……」


 弁護士の言葉に……大洋は静かに頷いた。


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それから大洋は言葉や態度を180度変え……猛省する姿勢を見せた。

後日開かれた裁判でも……被害者であるアオカに謝罪を述べ、反省の意を示した。

それが裁判でも認められたのか……大洋の刑期は3年となった。

3年か……まあこればかりは仕方ない。

罪を償って出所すれば、私と大洋は夫婦として……この子の親として……新たな人生を歩むんだ。


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「大洋……実はね? あなたに重大な話があるの」


「重大な話?」


 大洋が刑に服してから数日後……私は面会室にて大洋とガラス越しに顔を合わせていた。

大洋に……あの話をするために……。


「実はね……私、赤ちゃんができたんだ」


「……は? 今なんて?」


「赤ちゃんができたの……もちろん大洋の子だよ?」


 面会室というのが引っかかるけど……私は大洋に妊娠したことを伝えた。

これで大洋は……私だけを見てくれる。

もうアオカなんて小娘……見向きもしなくなるわ。


「俺の……子?」


「そうよ? 大洋が刑期を終えて出てくる頃にはもう生まれているわ。

大洋が出てくるまで……私がこの子を守るから。

だから大洋……無事に罪を償ったら……正式に私と夫婦になりましょう?」


 親子同士の結婚なんて……今の世間は許さないだろう……。

でもそれが何!? 

私達がお互いを愛しあっていればいいだけ……。

入籍なんて所詮、国が決めただけのもの。

そんなのなくたって……夫婦に慣れるわ。

私達の愛と……お腹の子がいれば……。


「何……言ってんの? 妊娠とか……冗談だろ?」


「本当よ……母子手帳だってあるし、私は潮太郎と別れて以降、あなたとしか寝てないわ」


「ちょっちょっと待って……えっ? 本気で理解できないんだけど……」


 大洋は動揺していた……。

でもそれは……嬉しさのあまりというよりも、あり得ないことが起きてしまったという……至極一般的な動揺に思えた。


「ふざけるなよ!! 妊娠とかマジで何してんの!?」


「たっ大洋?」


 大洋は突然、私に向かって怒気のこもった声を浴びせてきた。


「っていうか……普通、実の息子の子供を身ごもる親がどこにいるんだよ?

母さん……頭がおかしいよ。 というか、本気で気持ち悪い」


「なっ何を言ってるの? 私達……愛し合っていたでしょう? だからこの子を授かったんだよ?」


「愛し合っていた? 誰が? 俺と母さんが?……あり得ないだろう。

だって俺達……親子じゃないか。

実の親子が愛し合うとか……そんな歪んだエロ漫画みたいなこと……現実にある訳がないだろう?」


「そんな……」


「息子の子供を身ごもるとか……そんなクレイジーなことをやっておいて……なんで嬉しそうに報告してくる訳? 母さん、常識が歪みすぎてるよ」


「なんでそんなこと言うの? 私は大洋のためにこの子を……」


「はぁ? 俺がいつ、母さんに妊娠してくれなんて頼んだの? 俺はただ……母さんとヤレるだけで良かったんだよ」


 ヤレるだけでいいって……それじゃあまるで……私には体しか求めていないみたいじゃない!!


「でっでも……大洋の子が私のお腹にいるのは変えようのない事実なのよ?

この子のためにも……私と一緒になりましょうよ……」


「変えようのない事実なんて大げさだよ。 まだお腹だって目立っていないレベルなんでしょ?

だったらさっさと堕ろせば済む話じゃないいか」


「そんな……」


 あまりに惨たらしい大洋の言葉を……私の頭は理解しようとしなかった。

いや……できるわけがないと言った方が……性格か。


【次話も瑞希視点です。 by panpan】

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