第33話 萌え萌えキラキラぴゅあぴゅあきゅん

「しかし気づけばあっという間だよな、本当に」

「なに年寄りみたいなこと言ってんのよあんたは」

「いや……夏休みも終わって、文化祭の出し物も決まって──って思ってたら、いつの間にかこうして準備が始まってるからさ」


 文化祭のために買い出しへ向かう道中、俺は思わず千夏にそうこぼしていた。

 漫然と、適当に生きていたわけじゃない。

 むしろ、秋穂が言っていたように、俺なりに今を全力で生きようと頑張っていたからこそ、一日一日が早く過ぎ去っていったとさえ感じるのだ。


「……まあ、気持ちはわかるわ。ダラダラ生きてても頑張って生きてても一日ってあっという間に終わっちゃうもの」

「日が短くなったから、余計にそう感じるのかもな」

「そうね……」


 夏至を過ぎて、日が落ちる時間が早まってくると、冬の足音を少しずつ感じ始める。

 残暑が過酷で秋が行方不明になりがちなここ最近だが、こうして夏の匂いが少しずつ薄れていくと、秋だなぁ、としみじみ思うのだ。

 そして秋が終われば冬が来て、冬が終わってまた春が巡り来る。


 小学生の頃は一年が長くて長くて仕方なかったが、大人になるといつの間にか始まっていつの間にか終わっている程度に体感時間は短くなるんだから不思議なものだ。


「でも、先のことばっかり考えてたって憂鬱になるだけよ」


 千夏は、呆れたように肩を竦める。

 

「別にあんたが好きで未来を憂いてんならあたしもなにも言わないけど、それで文化祭を楽しめなくなってるなら損してるでしょ、純粋に」

「まあな、千夏の言う通りだ」

「それに、文化祭を楽しみたいからあんたも買い出し役に立候補したんでしょうが。だったら楽しみなさいよ」


 びしっ、と人差し指を突き立てながら、千夏がそう言い放った。

 ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 買い出し役を買って出たのも、千夏に言われた通り、漫然と文化祭を過ごすんじゃなくて、全力で楽しんで行きたいからだしな。


「ありがとな、千夏」

「べ、別にお礼なんて言われるほどのことなんかしてないわよ。ふんっ」


 そう言ってそっぽを向いてしまったが、顔が赤くなっている辺り、千夏もわかりやすい。


「素直じゃないなあ」

「別にそれはどうでもいいでしょ! そんなことより買い出しよ買い出し! 衣装も内装もオーダーメイドで作るんだから材料なんていくらあったって足りないわよ!」


 ツインテールを逆立てながら、千夏は逆ギレ気味にそう捲し立ててくる。

 スーパーも併設されているホームセンターまで俺たちが足を伸ばしていたのは、メイド喫茶の内装にもこだわろうというクラス特有の悪ノリが働いたせいでもあった。

 椅子だのなんだのを作れるやつがいるのかよ、とは思ったが、図面を引けるやつも作れるやつも揃ってたからさあ大変、というわけだ。


「食材とかも買わなきゃいけないからな。予算足りるのかこれ?」

「足りなかったら自腹で払うって男子は言ってたから、存分に払わせてあげればいいのよ」


 メイド服のためにわざわざ実家の呉服店からいい生地をおろしてくれた、侍みたいな口調の男子生徒を筆頭に、この悪ノリに全力を傾けている我がクラスの団結力は恐らく学校一だろう。

 家具とか調度品をオーダーメイドしている設計班も、千夏が言った通り足りない分は自腹を切ると公言している。

 本来文化祭で自腹なんて予算関係的に大丈夫なのかと心配になるが、その辺は廣瀬先生が上手いことやってくれる……はずだ。


「まず食材……というか冷凍食品ね」

「流石にキッチン使うのは許されなかったからな」


 たこ焼き屋とかお好み焼き屋を出し物でやるクラスならともかくとして、うちはメイド喫茶だから生鮮食品の取り扱いはダメ、とのことらしい。

 その線引きをどこでしているのかは、正直よくわからない。

 ただ、郷に入っては郷に従えということわざがあるように、無駄に反発するよりは大人しく従っていた方が無難だ。


「それにメイド喫茶なんてそんなもんでしょ、レンチンしたやつに『萌え萌えキラキラぴゅあぴゅあきゅん⭐︎』とかてきとーに言っとけばいいのよ」


 言いたいことは山ほどあるが、とりあえず全国のメイド喫茶に謝っておけ。

 しかし、「萌え萌えキラキラぴゅあぴゅあきゅん」か。

 アニメ声を作ってわざわざ千夏がそんな呪文を唱える姿が見られるとなれば、うちのクラスには客が殺到することだろう。


「……なによ、邪悪なこと考えてる顔して」

「人をどんな目で見てんだお前は……いや、千夏があんな可愛い声で呪文を唱えるって想像したらさぞかし客足が伸びるだろうなって」

「……っ!!!!」


 顔を真っ赤にして、千夏は俺の脛に渾身のローキックを放ってきた。痛え。


「痛たた……お前が言い出したことだろ!」

「忘れなさい! 今すぐ!」

「どうせ文化祭本番で散々言うだろ!?」

「だから邪悪だっていうのよ、もう!」


 どう考えても自爆しただけなのに、人を諸悪の根源認定するな。

 顔どころか耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまった千夏に追加で蹴られた脛をさすりながら、俺は心の中で呟く。

 それにしたって蹴りに遠慮がない。脛を蹴られたら弁慶だって泣くんだから、俺だって蹲るのも仕方ないだろうよ。


「……か、可愛い……かぁ。あたしの、声……」

「痛てて……まだなんか文句あるのかよ」

「うっさい、別にないわよ!」


 ツインテールを逆立てながら、千夏はカートに買い物かごを乗せて歩き出す。

 俺はゆっくりと立ち上がって、その背中を追いかける。

 美味しくなる魔法だか呪文だか知らないが、どっちにしたって、レベルを上げて物理で殴られると魔法よりも痛いんだな、ということだけは、身に沁みて理解できた。


 いや、俺の場合殴られたんじゃなくて脛を蹴られたんだが、結果は大して変わらないだろう。

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