第37話 イチョウの実

 風に流れてその臭いが微かに香ってくる。


 せっかくの給食時間なのに。


「やっぱ少し臭う……」

 

「今日もトールお兄様の手料理を食べられたのですか?」


 おでこを出した穂乃花が、顔を覗き込んでくる。


 クラスに指示を出す時とは全然違う表情を浮かべている。

 迫力満点というより、優しい感じだ。

 

 恋とかよくわからないけど、きっとそういうものだと思う。

 そういえばカルファが持っていた漫画に描いてあった。


 女の子は好きな人の話をする時は瞳を輝かせているとか。


 まぁ、頭巾から出ているおでこの方が輝いているけど。


「うん、今日も美味しかったよー! きのこのお味噌汁が出てきた!」


「きのこのお味噌汁ー♪ いいですね、きっとトールお兄様のことだから、季節の物を食べさせたいとか考えられたのでしょうね!」


「た、たぶんね」


 何ていうか少し怖さを感じる凄い推理だ。


 あまりの名推理に動揺していると、再び風が通り抜け、先程よりも濃い臭いが襲う。


「――っさい……」


 そのあまりの激臭に足を止め鼻を押さえる。


 穂乃花はそれを心配そうに見つめる。


「どうしたんですか? 鼻を押さえて……」

 

「銀杏だよ……銀杏」


 そう、銀杏。


 これがボクら獣人族の天敵。


 苦手な理由は、検討がついている。


 獣人族の天敵、ダフレシアの臭いに似ているからだ。


 ダフレシアっていうのは、獣人族が立ち寄る林などを住処にしている色鮮やかな花を咲かせる植物型の魔物で。

 

 高さは三メートル前後、幅五メートルくらいで球根部分に目と大きな口がある。


 そしてその下には手足代わりの伸び縮みする根っこ生えている。


 魔物とかに詳しいカルファ曰く、その香りには獣人族だけに効く錯乱物質が含まれており、臭いを嗅いだだけで正常な判断を出来なくなるらしい。


 実際に、森や林へ狩りに出向いた人達で戻ってこないとかよくあった。


 とはいっても、避ける方法は存在した。


 それは捕食時に放つ、腐食臭に気をつけること。


 捕食している時の臭いは、とても強烈で錯乱物質も含まれていない。


 だから、獣人族のみんなはその臭いを幼少期から叩き込み、その腐食臭がした時点でそこへ踏み込まないようにする。


 結果、その臭いに似たイチョウの木の実である銀杏が苦手となり、いくら大丈夫だとわかってしても、気分が悪くなってしまう。


「ああ、銀杏ですか! でも、ここまで香ります?」


 穂乃花が鼻をヒクヒクさせる。


「って、そうでしたね。チィコさん達は香りに敏感でしたね!」

 

「あ、うん……特に銀杏の臭いは無理かなー……うっぷっ」


 やっぱり鼻で呼吸する度、気分が悪くなる。


「あははー……そういえば、チィコさん達が住まわれていた場所には似た臭いを放つ植物があるんですよね。ダフレシアでしたっけ?」


 今もボクらが異世界出身だったり、獣人族ということは基本的にナイショなんだけど、穂乃花やクラスメイトには伝えている。


 トールが言うには「どうせバレるし、この子らなら大丈夫や」ってことらしい。


 まぁ、ボク自身友達に嘘はつきたくないしね。


 ありのままを話せる方がいい。


 でも、秘密を明かした時は予想外の反応を見せた。


 全くと言っていいほど驚かかず、それよりも「どんな世界なの」とか「魔法使えるの」とか目を輝かせたのだ。


 穂乃花に関しては、驚くどころか「私もトールお兄様と旅をしたい」とか「カルファお姉様がエルフ族ならば納得します」とか口にしていたくらい。


 ブレない穂乃花の反応はともかく、何より、凄いのはトールとの約束を守り、誰一人としてこの事を他の誰かに言わないってこと。


 もしかすると、反応も含めてトールの暮らしていた施設出身っていうのも関係しているのかも知れない。


「――うん、ダフレシア……うっぷ」


「皆さん青い顔をしていますが、チィコは一段と青いですね」


「ボクは戦いで嗅覚を駆使していたからねー……無意識の内に警戒する臭いを嗅いじゃうんだよ!」


 嗅覚で窮地を脱することはあったけど、まさかピンチになるなんて。


「うっ、くさいっ!」


 ダメだ。


 給食のいい匂いですら、同じ臭いに感じる。


「はい、どうぞ」


 鼻を押さえて防ごうとすると、穂乃花が花柄のハンカチを差し出してくれた。


 受け取り鼻を塞ぐ。


「あ、ありがとう」


 穂乃花ってマトモなところもあるんだよね。

 寧ろ、トールさえ絡まなければ、少し自己主張の強めの女の子って感じだ。


「うふふ♪ 今、ちょっと騎士っぽくありませんでした?」


「き、騎士? いきなり何? どういうこと?」


「ほら! 前お話した、騎士恋物語ですよ! ピンチに陥ったお姫様を助ける騎士様。口下手だからこそ、その行動に優しさが光るあの騎士様です」


「ああ! 面白いって言ったやつだね!」


 前言撤回。


 もうどこをどう取っても、小さなカルファだ。


 カルファは凄いし、尊敬する。


 だけど、世界に二人はいらない。


 いらないと思う。


 なんていうことは言えず、給食受所に向かった。

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