第22話お茶魔法



 洞窟の奥に部屋には、椅子は、スウザントが座っていた一人掛けのカウチが一脚あるだけで、そこにティナが座り、後ろに二人のメイドが立ち、その前に敷かれたスウザントが手慰めで縫ったキルトのラグにイバが座っている。


 火がついた暖炉でお湯が沸かされ、母はポットにお湯を注ぎ、お茶を用意する。


「ユーイーちゃんがいなくなってから、お茶の時間が味気なくてね」


 ティナはそう言いながらそわそわ母の手元を見ながらお茶を楽しみにしている。


「きたのは、夫人だけで?」


 イバがそうきくと、ティナはイバと母を安心させるように頷いた。


「エリック兄さまは、来てませんよ」


 ホッと息を吐くイバ。


「エリック兄さまが二人に何をしたか、ききました。安心して、二人の後見は私がします。誰にも無体はさせませんよ」


 ティナの笑みに、霊体のスウザントは喜びビカビカ点滅する。


「ねえイバちゃん、ききたいことがあるの」


 ティナの質問に、イバはじっとティナを見る。


「姉さまは、〃工房の魔女〃スウザントは、本当になくなったの?」


「死んだ、です」


 ティナの質問に即座に答えるイバ。


 スウザントは確実に死んでいる。目の前に若返り、肉体の頸木をなくし恐ろしくおしゃべりになり、奔放に、天真爛漫になった霊体のスウザントがふよふよ飛んでいるのを見れば死んでいるのは確実だ。


「そう……」


 顎に扇子を当て、考え込むティナ。


 イバはじっと考え込んでいるティナを上目で見つめ、母はカップにお茶を注ぎ、ティナに差し出した。


 お茶を飲むティナはぱぅっと花が咲くような笑みを見せ、体を震わせる。


「これよ! この味!! ユーイーちゃんのお茶は何故か全然違うのよ!!」


 ふよふよ浮かびティナが持っているカップを覗き込む霊体のスウザント。


「イバちゃん! お茶に魔力がみなぎっている!! ユーイーちゃんは無意識に魔法使ってるわ!! きっとお茶を入れる決まった動作が正確過ぎて魔法陣の役目をはたしてるわ! これは世界初の〃お茶魔法〃よ!! すごい!! 世界初の新魔法よ!!」


 興奮からビカビカ点滅しているスウザントを無視し、母のニコニコした顔を見る。


 決まった動作があまりに正確過ぎて魔法陣の役目をする。これはスウザントに教えてもらった儀式型魔法発動法の変法だろう。作法や形は古来から魔法発動のために作られているものがある。その作法や形を記号化し、文字化し、平面に落とし込んだのが魔法陣だ。


 母はその肉体の高い能力により、お茶を入れる作法をあまりに正確に行い、それが儀式にまで昇華され、魔法陣となったのだろう。


 母のバンジョーの音色にも同じような魔法的効果があるのではないかと考えていたので、すんなりと受け入れられる。


 イバはこの特殊な魔法が、母の人生に暗い影を落とさないか不安になった。

 魔法だ。オーガが魔法を使っているのだ。今はまだ気がつかれていないが、誰かこの事実に気がついたら、そう思い恐ろしくなる。


 オーガが魔法を使うことを、許せる人と、許せない人がいるだろう。


 許せない人は、母を亡き者にしようとするだろう。


 母を失う恐怖が体の底から湧き上がってくる。イバは母がいなければどう生きていいのか分からなくなってしまう。


 じっと母を見ていたイバの視線に気がついた母は、にぱっと太陽のような笑顔を見せた。


「イバちゃん」


 ティナに呼ばれ、顔を向ける。


「私、この前襲われたの」


「……どこで? ですか」


「夜中、寝室で、メイドが一人死んでしまったわ」


「体は?」


「私は大丈夫、で、その時、姉さまの魔法が守ってくれたの、だから、もしかしたら、姉さまが生きているのかと思って」


 ちらっとイバがティナの横に浮かぶスウザントの霊体に目配せすると、スウザントぶんぶんと首を横に勢いよく振る。


 ティナはそのイバの視線の先をちらりと見て、流し目するようにイバを見て、もう一度イバの視線の先を見つめる。


「……そこに、何かいるの?」


 じっとイバが見た空間を見つめる。


「…………いえ、なんも」


 言葉を詰まらせながら、イバが答えると、


「ユーイーちゃん、ここに何かいる?」


 と、母にきく。


「んー? おばあかな? おばあが見えるのはイバだけだからね!」


 と、元気よく答えた。


「おばあ?」


「そうだよ! おばあ! おばあだいすき!!」


「おばあって、もしかして、スウザント姉さま?」


「そっ! す、す、す、名前忘れちゃった……」


 しょぼんとする母。


 ジッとイバを見つめるティナ。すっと目を逸らすイバ。


「説明して、イバちゃん」


「おかあは、ときどき、わけのわからん、こと、を、」


「いいから説明して」


「……はい」


 イバはスウザントのほうをちらりと見る。


 スウザントは目をキラキラさせて、イバを見ていた。







◇◇◇◇







「なるほど、イバちゃんは姉さまの幽霊が見えて、ユーイーちゃんはお喋りができるのね。それでお姉さまはイバちゃんといつも一緒にいて、離れられないと」


 イバが頷くと、ティナはゆっくりと懐から一枚の紙を出し、それをイバに見せる。


「ここに書いてある魔法陣は、なんの魔法か分かる? 姉さまなら分かるはずよ」


 神に描かれている八角形の魔法陣は小さいが緻密で、複雑だった。


 イバはじっと魔法陣を見て、


「それは魔法陣じゃない、ワシでもわかる」


 と、言った。


 スウザントの霊体もうんうんと大きくうなずいている。


「あなた、魔法陣が読めるの?」


 目を見開き、驚いた顔でイバを見るティナ。


「簡単な物なら、おばあにならった」


 イバがそう言うと、見開かれていたティナの目が、その倍、見開かれる。


「これが何だか分かる?」


「暦表じゃ、星の位置を表す、それに合わせて吉方を示してる、昔のおまじないじゃ、今じゃ暦表自体が、お守りとなる、おばあからの贈り物か? 名前が書いてある」


「…………あなた、魔法文字が読めるの?」


「二十六の表音文字じゃ、簡単じゃ」


「まってまってまってまって!! ペンと紙を頂戴!!」


 メイドがあわただしく旅行鞄から筆記用具を取り出し、渡す。サラサラと膝の上で神に文字を書き、イバに渡すティナ。


「読める?」

「白波立つ海辺で、二人は舟遊び、鹿追い待つ夕べで、無体な上滑り」


 イバが文字を読むと、ティナはまたすらすらと文字を書き、イバに渡す。


「これは?」


「テイモス法王は、犬のように生まれ、猪のように育ち、獅子のように働き、猫のように死んだ」


 また文字を走らせるティナ。


「彼女は癇癪持ちで強欲で人にモノを問うのが嫌で指先仕事は極めて不器用一度決まったことは改められず彼女の欠点を上げればきりがないあまりの時は彼女を殺したくなるほど腹が立つきっと彼女は精神が病んでいると思うのだけどそんな時一層彼女を愛しく思わずにはいられない」


「すごい!! 魔法文字だけじゃなく、古代エルフ文字も貴族文字も読めるのね!!」


「魔法文字が読めれば、あとは簡単じゃ」


「そんなことないわよ!? この三つが全て読める貴族だってなかなかいないわ!!」


 ティナの後ろでブンブンと首を縦に振るスウザントの霊体。


 イバは褒められて、少しはにかんだ。


「奥様、」


 横にいたメイドに窘められ、ティナは本来の目的を思い出す。


「そうだ、姉さまの話しだったわ」


 そう言い、少し考えるしぐさをする。


「暦表も、文字も、イバちゃんに分かってしまうなら、姉さまの存在を立証できないわねえ……」


 悩んでいるティナに、母が声をかける。


「ティナちゃんは、おばあとお話ししたいの?」


「そうねぇ、できるならしたいけど、でも私には見えないし声もきこえないわねぇ」


「そうか、ティナちゃん角ないもんね」


「角?」


「そう、おばあが角にさわると、お声がきこえるんだよ」


「角、私にはないわね」


「おばあ、お歌だけでも、きかせてあげよう?」


 母がそう言い、宙に浮かぶスウザントが母に肩車されるように飛びつき、両手で真っ赤な二本の角を握りこむ。


 母が歌い出す。


 スウザントも歌い出す。


 歌はスウザントが好きな、悲恋の歌で、若い男と別れる中年女性の歌だ。


 サラサラと母の口から流れ出す二つの旋律は、絡み合い、共鳴し合い、反響していく。


「姉さまの声……」


 ティナは母の口から出てくる、張りがある若々しい声、かつてきいた若かったころの姉の声をきいて、ぼろぼろと、自然に、涙の粒が零れ落ち、薄紅色のスカートを濡らした。


 姉はいた。



 見えないけれど、確実に。



 美しい歌声となって、姉は存在していた。



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