第20話師の死
年老いたエルフであるエリックの見た目は美しく、若々しい。しかし声はしゃがれていて紙やすりのようにざらついている。
前ビルドレイ子爵の屋敷、森に囲まれている白亜の館、その二階にある前子爵の書斎のソファーに座り、紅茶を飲んでいる。
目の前には前子爵とその夫人であり師スウザントの妹ティナが座っている。
「それでは、妻を襲ったのは、エリック様が追っている犯人と同一なのですね?」
前子爵がそう言うと、エリックは飲んでいたティーカップをテーブルに置き、喋り出す。
「あの魔法痕は、確実にそうです。四人を魔法で殺害したものと一致します」
前子爵の眉間に皺がよる。
ティナは笑みを浮かべず、じっとエリックを睨みつけるように見ている。
前子爵が紅茶のカップに口をつけ、眉間の皺をよりよせ、カップを置く。
「腕が落ちたんじゃないか?」
横でティーポットを持っていた執事を睨みつける。
「執事は悪くありません、ユーイーのお茶と比べるものではありませんよ」
執事は恭しく頭を下げ、前子爵は仕方なく紅茶にもう一度口をつける。
「誰かさんがユーイーをイジメなければ、今でも彼女のおいしい紅茶が飲めたのですけどね」
ティナがじとっとした目でエリックを睨みつけ、エリックはその視線をすっと逸らし、後ろに立つ虎の獣人のトラビスに手を出し、資料を受け取る。
「こちらの資料を見てください」
エリックが出したのは、前四件の事件と今回の事件の魔法痕の形状が一致することをまとめた資料で、前子爵とティナは資料に目を通す。
「あの烏は別の者が?」
前子爵がそうきくと、
「それはそうよ、あの烏たちは、私を助けてくれたのよ」
と、ティナが言った。
「そうですね、あそこに残されていた魔法痕は二つ、一つは連続殺人犯のもの、もう一つは、」
「姉さまのものね」
ティナはそう言い切った。
「バカな、義理姉様は亡くなっているだろ」
「でもあの魔法痕、姉さまのものよ、私が間違えるはずないでしょ!」
「しかし……」
言葉に詰まる前子爵。
「とにかく、姉さまの魔法なの! それは間違いないわ!!」
ティナがそう言い切ると、前子爵は黙り込む。
「エリック兄さまはどう思うの? あれはお姉さまの魔法でしょ?」
エリックは資料を見ながら、
「そうですね、師スウザントの魔法痕にかなり似ています。それに使われた魔法も師でなければ遂行できないほど高度な技術が使われていました」
と、言った。
「ほら~! やっぱり姉さまの魔法よ!!」
ティナが得意げに声を上げる。
「しかし、師スウザントは死んでいます、だから師ではないです」
きっぱりとそう言い切るエリックに、ティナは黙り込む。
「まず、最近の出来事を、教えてください。どこに行ったか、誰に会ったか、逐一、詳細に」
エリックはそう言い、胸から万年筆を出す。
◇◇◇◇
エリックは蒸気自動車の後部座席に座り、ずっと考えている。
師は本当に死んだのか?
師の死を見た人物はドリスタンと、オーガのイバだけだ。
師がドリスタンやオーガのイバと結託し、己が死を隠し、何かを画策している?
いや、考えすぎか?
だが、あの魔法、あの烏を支配していた魔法。あれは師であるドリスタン以外使えるはずもない。
ならば、やはり、師は生きているのか?
ぐるぐると思考が回転し、エリックは無意識に親指の爪を噛む。
「つきました」
運転していたトラビスの声で意識が浮遊し、車を降り、ホテルに入っていく。
受付で目的の人物にコンタクトを取り、ボーイの後をつき、階段を上がっていく。最上階近くのスイート、そこのドアをボーイが開けると、中のソファーにドリスタンと背の高いエルフの女が座っていた。
「お待ちしておりました前フォートノース伯爵、エリック様」
そう言って張り付いた笑みを浮かべる小柄なエルフ、ドリスタンは左手を出し、手前のソファーに座るよう促す。
ドリスタンは貴族ではない、エリックは中枢政界にも顔がきく押しも押されぬ大貴族である。座ったまま、下座に座らせるよう勧められるような身分ではない。
ドリスタンは魔法使いの三大派閥〃工房の魔法使い〃の長として威厳を示そうとしている。
エリックの後ろから入ってきたトラビスは毛むくじゃらの眉間に皺を寄せ、一歩前に出て、ドリスタンを咎めようとすると、エリックはそれを左手の甲で制し、ドカリと促されるままドリスタンが指し示したソファーに座った。
「ドリスタン女史、今回は派閥の話しではなく、今捜査中の事件についての話しだ、二三ききたいことがある」
エリックがそう言い出すと、ドリスタンは想定してなかったのだろう、一瞬固まり、真顔に戻るが、もう一度張り付いた笑みを取り戻す。
「どのような事件ですか?」
「魔法による殺人事件だ」
「私がその事件に、どのようなかかわりが?」
「それを調べるため、捜査している」
エリックがトラビスに合図を出すと、トラビスはドアの前に移動し、仁王立ちになる。
会談ではなく、事情聴取であり、面談ではなく操作であることをドリスタンに分からせるように。
「それでは質問していこう」
エリックは紙やすりのようなしゃがれた声で、ドリスタンに言葉を投げかける。
「師スウザントはどのようにして最期を迎えたのか?」
「白濁した意識の中、私に『派閥を頼む』と、その後息を引き取りました」
「師以外に、その場にいたのは?」
「私と今横にいる助手だけです」
「奴隷のオーガの女は? いたのだろう?」
「…………暴れましたので、薬で意識を奪いました」
「オーガの女以外は?」
「…………誰も」
「年若いオーガがいなかったか? 左腕しかない、男のオーガだ」
「…………さて、私は見ませんでしたが」
「なあ、ドリスタン、師はあなたに、最後何かを願っていなかったか?」
「はい、派閥の安寧を」
「違う、もっと、実践的な何かだ」
「…………さて、思いつきませんが」
「具体的に言おう手術だ、師の腕を年若いオーガに移植するよう、頼まれたか?」
「…………いえ、そもそもエルフの腕をオーガに移植など、あまりに不道徳でありましょう? そんなことスウザント様が言い出すはずありませんわ」
「そうか、最後に。師の右腕をお前は持っているか?」
「…………何をおっしゃっているのか、皆目見当もつきませんわ」
エリックはドリスタンの顔を見る。
もうそこには張り付いた笑みはなく、エリックを探るような、卑しい上目使いだけがあった。
エリックは確信した。
この女はスウザントの腕を持っている。
腕は、今回のティナ襲撃事件に関わっている。と。
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