第46話 初恋幼馴染と新学期

 短い春休みが終わった――――


 三月下旬にようやく高校での一年間が終了したかと思えば、各教科から出される課題をこなしているうちに、二週間などあっという間に経過。


 そして、今日。四月上旬。


 敷地内に植えられた桜が満開に開き、春の彩りを添える中、ここ笠之峰高校では新入生の入学式及び新学期の始業式が執り行われていた――――



「ふわぁ……やっと終わった。毎度思うんだけどさぁ、式典での校長の話は長くないといけないっていうルールでもあんのかなぁ?」


 入学式及び始業式が終わり、体育館から本校舎へ歩いて向かっている涼太が、眠たそうにぼやく。


 右隣に並んでそれを聞いていた蓮が「おい、涼太ぁ?」と苦笑いしながら軽く肘で突く。


「本音が漏れてるぞ~」

「そりゃ、漏らしてるからな」


 そも当然とばかりに答える涼太が肩を竦めたところに、一歩前を結愛と話しながら歩いていた姫奈が、顔だけ振り返らせて言ってきた。


「もぅ、忍耐力ないなぁ。リョウ君は」

「お、式中ずっと寝てたヤツがなんか言ってる」

「寝てないで~す。目を瞑ってただけでぇす」

「いや、似たようなもんだからな? それ」


 全然違うよね~? と姫奈が結愛に同意を求めて首を傾げる。


 すると、結愛は「う~ん」と何やら深刻そうに腕を組み、眉間にシワを寄せたあと、キリッとした表情を作った。


「ゴメン、姫様。味方はしてあげたいんだけどねぇ……残念ながら擁護出来る余地がないっ……!」

「えぇ、そんなぁ~」


 不服そうに頬を膨らませる姫奈を見て、涼太と蓮が笑う。


 四人は変わらず他愛のない会話を繰り広げながら、他の生徒らの流れに乗って、ついこの間まで過ごしていた本校舎二階を通り過ぎ、階段を更に上って二年生の教室が並ぶ本校舎三階へとやってきた。


 そして、四人揃って同じ二年一組教室に入る。


「いやぁ、それにしてもアタシは嬉しいよ~」


 教室の後ろにある黒板の前で立ち止まって振り返った結愛が、改まって三人に言う。


「姫様だけじゃなく、まさかその幼馴染の二人とも同じクラスになれるんてさ~!」


 これからよろしくね~、とにこやかに挨拶する夢に、涼太と蓮も「よろしく」と快く返した。


 そのあともしばらく親睦を深めるべく雑談を交わしていたが、二年一組の担任となった若い女性教師が教室に入ってきたのを切っ掛けに、一旦席に着いた。


 座席は出席番号順で、『音瀬』である姫奈が窓際最後列。

 蓮は『神代』なので姫奈の隣の列の少し前。

 涼太は『清水』で更にその隣の列の真ん中。

 結愛は『美嶋』と少し離れて、廊下側の列の最前だ。


 クラスメイト全員が着席し、静かになったところで、担任教師進行の下に新学期初日あるあるとも言える簡単な自己紹介をクラス内で行い、委員会の決定などをした。


 そして、入学式・始業式とホームルームの今日一日での学校の予定がすべてつつがなく終了し、昼前に解散となった。


「ふいぃ~、疲れたぁ。なぁ、蓮。このあとどっか食べにでも――」


「――え、めっちゃ嬉しいんだけど!」

「だよねだよね! 神代君とクラスメイトになれた!」

「待って。私死ぬのかなぁ~!?」

「きゃぁ~! あはははっ!!」


「……わ、わぁ…………」


 蓮に声を掛けようとした涼太は、目の前の光景にたじろいだ。


 ホームルームが終わるなり、蓮の席の周りに集り始めるクラスの女子達の姿は、まるでバーゲンセールに押し掛けるご婦人方。


 とてもじゃないが、そんな女の戦場の中に突入できるほど、涼太の肝は据わっていなかった。


 涼太はカバンを持って席を立ち、女子達の間から「大変だな」といったニュアンスを込めた視線を送り、それに気付いた蓮が一瞬微苦笑を浮かべて反応したのを確認してから、その場を離れる。


 次に視線を向けたのは窓際最後列。

 姫奈の席だ。


 こちらもまたある意味目立っていた。

 蓮とは対照的に、完全な孤立。

 ぼっちだ。


 周囲を見渡せば、複雑な感情の籠った視線を気まずそうにチラチラ向けるクラスメイトの男子達の姿。


 考えるまでもなく、これまで姫奈に好意を寄せてその想いを告げ、呆気なく散っていった者達だろう。


 自分を振った相手が同じ教室にいるというのは、やはり居心地の良いものではないはずで、距離感が計り難くなるのは仕方のないことなのかもしれない。


 しかし、姫奈の孤立を生んでいる原因はそれだけに留まらない。


 一番の原因と言って良いのは、やはり嫉妬。


 外見を磨き、コミュ力も持ち合わせ、スクールカーストでそれなりの地位を確立している女子達からすれば、他の男子達の意識が自然と姫奈に集まってしまう状況は面白くないだろう。


 そして、そんな空気感を敏感に察知する他の女子達も、本能的に自分より立場が上だと理解している女子の反感を買わないように、姫奈とは一歩距離を取ろうとする。


(んまぁ、そんな状況なのに何にも気にしてなさそうにしてるから、余計に嫌われてんだよなぁ……)


 やれやれ、と涼太は女子の怖さを理解しながら、ゆっくり姫奈の傍まで歩み寄った。


「新しいクラスはどうだ、ヒメ?」

「はぁ……この人デリカシーないわぁ~」


 複雑な男子の視線。

 面白くない女子の視線。

 それらを承知したうえで意地悪く口角を上げて尋ねた涼太に、姫奈は頬杖を突いたまま呆れたようなジト目を向けた。


「ま、でも、正直最高だと思ってる」

「蓮もいるし美嶋もいるもんな」

「リョウ君もいますねぇ」

「お、俺も要素の一つに入れてくれるのか。嬉しいね」


 涼太と姫奈にとってはいつも通りの会話。

 スパイスにからかいが入ったような、少し笑える雑談。


 しかし、普段学校で男子に絡まれることはあっても絡むことはしない姫奈が、こうも一人の男子と楽し気に喋っている光景は傍から見れば異様。


 当然、少なからず密やかに注目を集めてしまう。


 涼太の身体越しにそんな視線を確認した姫奈が、短く息を吐いて言う。


「……リョウ君、帰ろ」

「え、何で?」

「んねぇ、空気読んでほしいんですけどぉ~」

「俺は読めるけど読んでないだけだからな」

「じゃあ、今読んで」

「えぇ……ヒメと仲良いっていう優越感に、もうちょっと浸っておきたいんだけど?」


 性格悪いなぁ、と姫奈は呆れながらも、けらけらと笑った。


 姫奈が涼太の前でころころと表情を変える度に、涼太の背中には恨み辛み、嫉妬、羨望、等々……様々な感情の視線の槍が突き刺さるが、涼太は飄々と無視していた。


 そして、これはそんなときだった――――


 ガラガラ――――


 突然教室の後ろのスライドドアが開いたかと思えば、そこから一人の少女が姿を見せる。


 濃紺のブレザーに、太腿が見え隠れする位置で揺れるグレーでチェック柄のプリーツスカート。

 去年の三年生の色であり、新一年生であることを示す青色のネクタイは、第一ボタンが開けられたブラウスの襟元で緩く結ばれている。


 ふわりと揺れる黒髪はツーサイドアップに仕上げられ、楚々と整いながらも童顔で可愛らしい顔にある、二つの赤みを帯びた茶色い瞳がキョロキョロと教室内を見渡している。


「……あ」


 涼太が声を漏らしたのとほぼ同時。

 その少女の瞳が、真っ直ぐ涼太の姿を捉えキラリと光る。


「あっ、涼太先輩っ!」


 タッ、と可愛らしい笑みを浮かべて駆け出す少女。


「えっ?」

「涼太……?」

「先、輩……?」


 その光景に、姫奈が驚き蓮が目を丸くし、結愛が首を傾げた。


 他にも数名のクラスメイトが「え、誰あれ?」「可愛い」「一年じゃん」などと騒めく中で、少女が涼太の正面まで来て立ち止まった。


 身長差もあって上目遣いでクリッと大きな瞳を向けながら、口許に弧を描く。


「一組の教室から順番に探して回るつもりでしたけど、まさか一発目に見付けるなんて……これは幸先良いですねっ!」


 少女が胸の前でキュッと両手を握り合わせ、小首を傾げて言った。


「橘彩香、笠之峰高校一年二組。今日から正式に後輩になりましたので、これからよろしくお願いしますね。涼太先輩っ!」


 ニコッ、と可愛らしく笑う彩香と対照的に、姫奈は涼太の後ろで複雑そうに眉を寄せていた――――

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