第29話 初恋幼馴染は仲直りしたい②
「――なるほどなぁ、そんな先輩が……って、おい。誰が“面倒臭がりで面倒見の良い親友”だってぇ~?」
「あはは、痛いよ涼太ぁ~」
蓮から優香の話を聞いた涼太は、その中で自分が“面倒臭がりで面倒見の良い親友”といういかにもひねくれていそうな呼び方をされていたので、不服を訴えるように肘でグリグリと蓮の脇腹を突いた。
「けどまぁ、その先輩にはお礼を言わないとな。気ばっかり遣ってうじうじしてた蓮の尻を蹴っ飛ばしてくれたんだから」
「うじうじって酷いなぁ……」
「本当のコトだろ」
しょぼん、とする蓮に、涼太はどこか嬉しそうに笑って言う。
「さて、と。じゃあ俺は、また三人で面白可笑しく話せるように、ちょっと働きますかねぇ」
涼太は弁当を片して立ち上がった。
蓮はそんな涼太を見上げて、造りの良い顔を綻ばせる。
「ありがと、涼太。俺は本当に良い幼馴染を持ったよ」
「やめろやめろ、恥ずかしい。単に俺は、お前達が仲良くやってくれた方が居心地が良いから手伝うだけだ」
照れを隠すようにそっぽを向き、指で頬を掻く涼太。
姫奈であればこの場で「あ、リョウ君照れてるんですけどぉ」などとからかうのだろうが、蓮はそうすると涼太が拗ねてしまうのを知っているので、小さく笑うだけに止める。
「はぁ……じゃ、取り敢えず俺からヒメに話しておく」
「うん、よろしく。涼太」
「この“面倒臭がりで面倒見の良い親友”に、任せとけ」
グッ、と親指を立てて見せてから、涼太は本校舎の方へ戻っていった――――
◇◆◇
放課後。
涼太と姫奈はいつもと変わらず他愛のない話をしながら、笠之峰高校から一キロ強を歩き、電車に乗って二駅。
地元の駅で降りると、更にそこから少し歩いて橋を渡り、十字路から住宅街へと入り、帰宅。
「ただいま~」
「ただっ……お邪魔しま~す」
「ヒメ、お前今『ただいま』って言い掛けたろ?」
「あ、バレた? 言い直すね。ただいま~」
「いや、違うからな? そこは『お邪魔します』で合ってるからな?」
玄関で靴を脱ぎながらそんな会話を繰り広げる二人を、リビングから顔を出した涼太の母親が出迎えた。
「あ、お帰り~。ヒメちゃんもいらっしゃい」
肩からバッグが下げられていた。
「涼太、お母さん今から夜勤だから」
「うい」
「ヒメちゃんに変なことしないようにね?」
「っ、しないから……!」
「ヒメちゃん。涼太に変なことされないようにね?」
「あはは、大丈夫ですよ。リョウ君にそんな度胸ないですからぁ~」
可笑しそうに笑う姫奈に、涼太の母親は「それもそうね」と言ってから二人と入れ替わりに玄関で靴を履き、出勤していった。
行ってらっしゃい、と見送った涼太と姫奈は玄関を見詰めた状態で佇み、沈黙する。
「…………」
「…………」
「…………」
「……二人っきりになっちゃったね?」
「あんな会話したあとに、変なこと言わないでくれますかね?」
半目を作る涼太のツッコミに、姫奈はけらけらと笑う。
「ほら、部屋行くぞ」
「私、連れ込まれてる?」
「おまっ、ホントなぁ……?」
「わぁ、大胆」
「ったく、マジで襲われても文句言えないからな?」
「出来るものならやってみれば?」
「……はぁ。この流れで本当に出来るなら、俺はエロゲの主人公になってるよ」
涼太はそう言って肩を竦めると、自分の部屋がある二階に上がっていった。
姫奈は先に階段を上がっていく涼太の背中に向けた瞳を、パチクリと瞬かせて――――
「エロゲ? エロいゲーム? やったことあるの?」
涼太は段差を一段踏み外した。
◇◆◇
自室で学校の課題を進めながら――といっても、姫奈はものの三十分程度で手を止めてくつろぎ始めたが――涼太は、機会を窺っていた。
蓮が姫奈と話したがっている――――
話題が話題なだけに、そう簡単には切り出せない。
とはいえ、口にしなければ前に進まない。
また幼馴染三人で面白可笑しく楽しく過ごすことなんて、出来っこない。
「ふぅ……」
だから、涼太は少しばかりの勇気を捻り出した。
緊張しているのか、鼓動がいつもより僅かに早い。
息を吐き、精神と呼吸を整える。
手にしていたシャープペンシルを置き、学習机に向かっていた身体を椅子に座ったままクルリと振り返らせて、ベッドに横たわってスマホを弄っている姫奈に視線を向ける。
「ヒメ、ちょっといいか?」
「ん~?」
姫奈はチラリ、とスマホに向けていた視線を涼太にやった。
視界に映った涼太の表情は真剣。
ちょっぴり緊張が混じったような、硬い顔。
他愛のない話……というワケではないことを察した姫奈は、横たえていた身体を起こしてスマホを手放し、ベッドに腰掛ける。
「何ですか?」
「えっと……」
一時の沈黙を経て、涼太は口を開いた。
「蓮が、ヒメと話したがってる」
「…………」
涼太は結論から言った。
自分自身しどろもどろな話は好きではないし、長ったらしい前置きをつけても姫奈は喜ばないだろうと思ったからだ。
「俺も、そろそろ良い頃合いかなとは、思ってて……」
「…………」
話しながら、涼太は妙な恐怖心を感じていた。
蓮の話題を出しても、自分が姫奈と蓮を引き合わせたい意思を示しても、姫奈は何も言わず、ただジッと真っ直ぐ見詰めてくるからだ。
姫奈にとってセンシティブな話題だ。
もしかしてショックを与えてしまったか?
怒らせてしまったか?
悲しませてしまったか?
あまりに姫奈の表情が変化しないので、涼太は頭の中で様々な憶測を立てていく。
しかし…………
「……そっか」
あっけらかんと、姫奈は口にした。
両手を腰の後ろでベッドに突き、体重を預けて重心を後ろへやる。
「そっか、ってヒメ……」
「もぅ、リョウ君が珍しく真剣な顔するから、告白されるんじゃないかってヒヤヒヤしたんですけどぉ」
「こ、こくっ……!?」
「それか、部屋に来る前のこともあったし『お願いしますお姫様。俺の童貞を献上させてください!』とか言い出すかと」
「やかましいわ! 第一、誇りを持って貫いてる童貞をそう簡単に手放せるか」
胸を張って腕を組む涼太を前に、姫奈が笑って肩を震わせる。
ぎこちなかった空気が、一瞬にして弛緩した。
「でもそっかぁ、蓮君が~」
「軽いな、ノリが」
「えぇ、なに? もしかして、心配してくれてた?」
「……そりゃ、するだろ。普通……」
「ホント過保護だなぁ~、リョウ君は」
姫奈が可笑しそうに笑う。
「もう二ヶ月経ったんだよ? とっくに割り切れてるし、心の整理もついてる。そんなに心配しなくて大丈夫です」
姫奈の言葉に嘘の気配は感じられない。
涼太は「そっか……」と、安心したように微笑んだ。
「それで、どうする? 蓮と会えるか?」
「ん~、リョウ君もいるなら良いよ」
「んまぁ、俺も同席するつもりだけど……何で俺が条件?」
気心の知れた仲とはいえ、一応振った人間と振られた人間が会うことになる。
些細なことから言い争いになるかもしれないし、これまで積み上げてきた幼馴染としての関係性が崩れることはない――とは言い切れない。
不安要素を出来る限り排除するために、涼太も最初から二人の話し合いに加わるつもりだった。
しかし、話し合うというだけであれば、姫奈と蓮さえいれば成り立つこと。
どうして姫奈は涼太が同席することを条件に出したのか……不思議に思った涼太が首を傾げる。
すると、姫奈は一瞬ムッと唇を尖らせ、眉を顰めた。
不満です、というサインに他ならない。
「ヒメ?」
「はぁ……」
ため息を吐いた姫奈がベッドから腰を上げた。
一歩……二歩……三歩。
涼太のすぐ目の前で立ち止まる。
両手を涼太の椅子の上に。
座る涼太の太腿の両隣につくと、そこに体重を掛けるようにして身体を前のめりにさせ、涼太の顔と真正面から向き合った。
「ひ、ヒメっ……!?」
「…………」
椅子の背もたれはリクライニングする。
涼太は上体を仰け反らせるように出来る限りのリクライニングを試みるが、それを無意味とするように、姫奈の顔はごく至近距離に寄せられていた。
目と鼻の先。
ふとした瞬間に鼻頭が触れ合いそう。
互いの息遣いを鮮明に感じ取れる。
ドッ、ドッ、ドッ――涼太の心臓が狂ったように早打ちする。
目尻が少し垂れた姫奈の榛色の瞳が。
仄かに朱を差した頬が。
薄桜色の唇が。
細く白い首筋が。
開いた第一ボタンの合間から覗く華奢な鎖骨が。
それらすべての要素が、涼太の意識を掴んで離さない。
「リョウ君ってさ、嫉妬しないの?」
「え……?」
長いだんまりを経て、姫奈が口を開いた。
上目蓋は僅かに下げられ、口調はどことなく拗ねているよう。
「私と蓮君を二人きりにして、何にも思わないんですか?」
それは一言で『疑問』と片付けるには、あまりにも異なる感情が含まれた言葉。
嫉妬を求めるような……姫奈は、涼太が嫉妬することを望んでいるような口振りだった。
ただ、そんなことはわざわざ確認されるまでもなく――――
「……思うに決まってるだろ、馬鹿」
涼太は負けじと不満げな瞳を作って答えた。
「ヒメと蓮を二人きりにして何も起こらないって確信してるのと、二人きりにしても何とも思わないってのは別の話だ」
「それは……やきもち?」
「ああ、やきもちだな」
質問を投げ掛けた姫奈と、迷わずそう答えた涼太が見詰め合う。
「……なら良し」
姫奈は満足そうにはにかんでから、涼太の座る椅子から一歩距離を取った。
「じゃあ、蓮君に言っといて。『話そう』って」
「了解」
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