第24話 初恋幼馴染は知らない出逢い

 冬期休暇に入ってから数日。

 これは、笠之峰高校の各部活動も委員会も年末休みに入る前日の朝の一風景――――


「ディフェンス戻り遅いぞ~!!」

「もっと周り見て~!」

「リバウンドしっかりぃ~!!」


 キュッ、キュキュッ――と、体育館の半面では、バスケットボール部がシューズの底を鳴らしながら、冬の寒さにも負けずに汗を流していた。


「よぉし、十分休憩ぃ~!!」


 バスケ部部長を務める長身の男子の合図で、少し張り詰めていた空気が一気に弛緩する。


「ふぅ、水水ぅ~」「汗ヤベェ~」と口々にしながら、一旦コートを離れていくバスケ部の面々。


 蓮はそんな光景の端で、バスケットボールをダダンッ、と床に突いていた。


「ん~、違うなぁ。もっとこう……クロスオーバーから切り返しを早く……」


 練習の中で上手くいかなかったところを自主的に復習していた。


 ダンッ、ダダンッ、ダッ――――


「あっ、しまった……」


 ボールが手を離れて、跳ねて転がりながら体育館の扉から外へ出て行ってしまう。


「ちょっとボール取って来まーす」


 一応先輩達にそう声を掛けて駆け出す蓮。

 背中越しに「りょうかーい」「珍しいな」「いや、最近多くね?」という声を聞きながら、体育館を出て、ボールの行方を捜す。


 そう遠くへは行っていないはずだ、と推測立てながらキョロキョロしていると――――


「あ……」


 体育館から中庭へ向かう途中の花壇の近くで、折り畳み椅子に腰を下ろして大きなスケッチブックに鉛筆を走らせている一人の女子生徒の姿を見付けた。


 ボールはそのとき丁度、少女の傍まで転がっていき、止まった。


「おや……?」


 少女は手を止め、不思議そうにボールを持ち上げて立ち上がった。


 背丈は平均的で線の細い身体。

 黒髪はボブカットで、瞳は少し赤みを帯びたような茶色。


 蓮はそんな少女のもとに「すみませーん!」と声を掛けながら走っていく。


「……君のかい?」

「あ、はい!」


 少女の胸元には緑色のネクタイ。

 高校二年生であることの証だ。


 蓮相手が先輩であることを理解して、背筋を伸ばす。


「お邪魔してしまってすみません。えっと……」

たちばなだ。二年五組、橘優香ゆうか


 その少女――優香が蓮にボールを緩やかな放物線を描いて投げ渡す。


 蓮はそれを受け取って「ありがとうございます」と感謝を述べてから、名乗る。


「俺は一年一組の神代蓮です」

「……あぁ、君がそうだったのか」

「え、俺のこと知ってるんですか?」

「いや、なに。知っているというほどのものでもないが、噂くらいは小耳に挟んだことがあるよ。一年生に凄くイケメンの男子がいるらしい、とね」


 蓮は同級生だけでなく、学年が上の生徒にも告白されたことがあるので、やはり認知度は――主に女子生徒間での認知度は高いのだろう。


 それを聞いて、蓮は曖昧に笑みを浮かべる。


「あぁ、すまない。困らせるつもりはなかったんだ」

「い、いえ、全然! 大丈夫です!」


 蓮は両手を振って、先輩である優香に気を遣わせないように振る舞う。


「それにしても橘先輩、絵、上手ですね」


 もちろん話題を変えるためでもあった。

 だが、先程まで優香が座っていた折り畳み椅子の上に置かれたスケッチブックに描かれていた学校の風景画は、素直に見事だと思った。


 優香はそれを拾い上げながら、あまり表情の変化を見せないまま言った。


「そうか? ありがとう」

「風景描くの好きなんですか?」

「あぁ、風景画と……あと動物かな」

「動物」

「特に猫が好きだ」


 優香が蓮にも見えるように、パラパラとスケッチブックを捲っていく。


 風景画が数枚。

 他はすべて動物の絵で、やはり猫の割合が高いように見えた。


「凄い……ホントに上手いです……」


 もちろん蓮に絵の出来映えを性格に判断する審美眼はない。


 しかし、素人目にもそれらの絵はどれも見事だった。


「君は沢山褒めてくれるから気分が良いよ」

「あはは、本心ですよ?」

「だが……」


 優香はふと蓮を見詰めた。

 ひたすらにジッと見詰めた。


 これまで何度も異性の視線を浴びてきた蓮だが、こうも正面から見詰められては、少なからず心臓が高鳴ってしまっていた。


 そんな蓮に、優香はまるで心の奥を見透かしたような瞳で――――


「君は、あまり気分が良くなさそうだな。何か、悩んでいるようだ」

「……っ!?」


 ――そう、言った。

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