第17話 初恋幼馴染は観に行きたい
『――いい、姫様? アタシ達は、クリスマスイブに遊びに行く約束をしていました』
『え、していませんけど?』
『したんです~! したっていうていね?』
結愛が潜めた声で姫奈に話を続ける。
『でも、アタシは別の用事が出来て行けなくなりました』
『わぁ、結愛って約束破るような人だったんだぁ……』
『も~、そういうていだって~!』
『あはは、ごめんって』
『コホン……しかし、姫様は遊びに行くのを凄く凄く楽しみにしていたのです』
何で急に物語口調? と小笑いする姫奈。
『さぁ、姫様はどうする?』
『えぇ……じゃあ、また別の機会に――』
『――ちっがぁ~う!!』
バンッ、と結愛が姫奈の机を叩いた。
『姫様はどうしてもその日に遊びに行きたいから、代わりに一緒に行く人を求めてるの! そう、愛しのリョウ君をね!』
『別に愛しくないんですけどぉ~』
ぷくぅ、と頬を膨らませる姫奈に構わず、結愛は念を押すようにグッと顔を近付けて言う。
『で、この話を放課後リョウ君が姫様を迎えに来たときにするの! アタシが良い感じに誘導するから、姫様はリョウ君とイブにデートしてくること!』
『でっ……デートぉ……?』
ただ遊びに行くだけ――と解釈していたのに、改めてデートと定義されると妙に恥ずかしくなり、姫奈は胸の奥がソワソワする。
『ねっ、良い提案でしょ?』
『イヤで~す。却下します』
『ほ~ら、恥ずかしがらないの! 大丈夫だって!』
………………。
…………。
……。
「――ってか、そんなに楽しみにしてたのか? イルミネーション観に行くの」
学校から帰宅した涼太は、もはや何の違和感もなく自室についてきた姫奈に尋ねる。
切り出す話題はもちろん、今日の放課後に結愛が言っていたことだ。
『ごめんだけどさぁ~、清水君。アタシの代わりに、姫様と行ってあげてくれな~い?』
姫奈と結愛はクリスマスイブにイルミネーションの観に行く約束をしていたが、当日結愛に別の用事が出来てしまい一緒に行けなくなってしまった――と、話を聞いた限り涼太はそう理解している。
「ま、まぁ……それなりに?」
姫奈はどこか歯切れ悪く曖昧に答えながら、涼太のベッドにボフッと腰掛けた。
「へぇ、ちょっと意外だな」
「そう?」
「ヒメだったら『えぇ、イブくらいゆっくりしたいんですけどぉ。イルミネーション? いやいや、寒いじゃん、外』とか言いそうだろ?」
なかなか解像度の高い再現をしたつもりの涼太だったが、姫奈はそれが気に食わなかったのか、表情をムッとさせた。
「もぅ、リョウ君の中の私のイメージがどうなってるのか知らないけど、私だって人並みに綺麗なモノとか興味あるからね?」
「その割には、今までイルミネーション観に行ったとかいう類の話、聞いたことないが?」
「……だって、イルミって冬じゃないですか。外、寒いじゃないですか。家最高、こたつ万歳」
俺のイメージ通りじゃねぇか、と涼太は呆れた目を向けながらツッコミを入れた。
「でもまぁ、そういうことなら……美嶋にはああ言われたけど、別に観に行かなくていいか」
やはり、姫奈はイルミネーションそのものを楽しみにしていたのではなく、結愛と一緒にどこかへ出掛けることを目的にしていたのだ。
(なのに、俺と出掛けても意味ないしな)
例年通り、家の中で静かに過ごせばいい。
そう結論付けて話を切り上げようとした涼太だったが、姫奈が待ったを掛けるように「あっ……」と小さく声を漏らした。
「ん、ヒメ?」
「……いや、その……」
姫奈が横顔に垂れる髪を指で弄る。
何か言いたそうにしているので、涼太は急かすことはせずただ目を向けて静かに待っていると、数秒経ってから改めて姫奈が口を開いた。
「行けるなら、行きたいというか……折角だし」
「美嶋とじゃなくて良いのか?」
「まぁ、別に。というか、他に誘えるような人、リョウ君しかいないしね」
あはは、と姫奈が自身の交友関係の狭さを自嘲するような笑みを浮かべる。
「リョウ君は? 何か用事ある?」
「あるって言ったら?」
「噓って思う」
「失礼な」
「あはは。だってイブに予定作る男子なんて、彼女持ちくらいでしょ。だから、リョウ君は暇確定ですね」
「いやいや、そうとは限らないだろ。男子だってイブに友達同士で遊んだりするって、多分」
非リア充にはクリスマスイブに予定を作る権利すらないのか、と抗議の意思を込めて反論する涼太。
しかし、姫奈はそんな言葉を嘲笑うかのように、肩を小刻みに上下させた。
「えぇ~、イブだよ? 夜だよ? 男子だけで過ごす?」
「男子だけとは言ってないぞ。別に女友達がいても良いだろ」
「それこそ無理あるでしょ。イブの夜に連れ添う異性がただの友達って言われる方が怪しいよ」
「おいおい、じゃあ何だ? クリスマスイブにイルミネーション観に行こうとしている俺達は怪しい関係なのか?」
半目を向ける涼太の指摘に、姫奈が不意を突かれたように目を丸くした。
部屋に妙な沈黙が訪れる。
どうなんだよ、という疑問の籠った涼太の黒い瞳と、パッチリ開かれた姫奈の榛色の瞳が見詰め合っている。
静かな部屋の中に、壁に掛けられているアナログ時計の秒針が時を刻む音だけが等間隔に響く…………
「……なるほど。論破されました」
「……だろ?」
一体何の間だったのか。
異様に長く感じられる数秒の静寂の中で、涼太は胸の奥でソワソワした感情が燻ぶっているのを感じていたが、思いの外あっけらかんとした姫奈の返答に、身体の内側が凪いだ。
しかし――――
「でも、さ……」
折角凪が訪れていた感情は、続く姫奈の言葉によって騒めき立った。
「知らない人が見たら、そう見えるよね?」
「……っ」
どこか可笑しそうに微笑んで、小首を傾げる姫奈に、涼太の心臓はドキッ……! と一際大きく跳ねた。
じわり、と顔に熱が込み上げてくるのを感じる。
まだ帰宅して部屋のオイルヒーターをつけてから、そう時間もなっていないというのに、もう充分身体が温かくなっている。
(何だよ。ヒメは……そう見えても良いのかよ……?)
それを口に出して尋ねるには、今は少し勇気が足りなかった。
「へ、変なこと言ってないで、取り敢えず行くのか行かないのか……どうする?」
涼太は半ば無理矢理に話を本題へと戻す。
姫奈は自分の質問に返事が得られなかったことが不満なのか、一度つまらなさそうに唇を尖らせてから答えた。
「ん~、リョウ君が付き合ってくれるなら行きます」
「んじゃあ、行くか。誰かさんの言う通り、どうせ俺は暇確定なので」
肩を竦める涼太を見て、姫奈は「あ、拗ねた~」と楽しそうにけらけらと笑いを溢した。
十二月二十四日。
クリスマスイブは、すぐにやってくる――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます