幕間 雪女-1
無数の眼球が男を見ていた。
虚ろで冷たいそれは血の通わない偽物であるが男には関係ない。
男には偽物を何よりも本物に近づける自信があった。実際人形たちは今にも口を開き……、月並みな言い方であるが、そう。まるで、生きているかのように今にも動き出しそうで。
それは人形たちの衣装も関係しているだろう。精巧な人形たちが各自椅子に座り、テーブルを取り巻いている様はまるで会食でも始めるかのようだった。
綺麗なドレスを着て或いは日本人形のように着物を身にまとってといったように、人形とは本来飾って鑑賞を楽しむ機能を有している。
それに反してこの部屋に置いてある人形たちは普段街を歩く人々と変わらない服装をしている。
まるで眺めるのではなく人の代替品として使用することに意味があるとでもいうように。
いや。
この方が人として完成しているとすら思う。
玄関のチャイムが鳴った。
いったんは無視するが続けて連打するように立て続けに鳴ったところでゆっくりと顔を上げた。
「材料」を運んできてくれたのか。今日は随分早かったな、と思って直ぐにその考えを改める。
期間が短すぎるのだ。彼がこの前「材料」を運んできたのはたしか一昨日のことだ。
「材料」は貴重だ。今日手に入ったからといって明日も手に入るようなものではないし、入手には大きなリスクが伴う。
いろいろな可能性を考えては打ち消しながら男はインターホンの方へ向かっていく。
痺れを切らしたのかドアを打ち鳴らす音が聞こえてきた。待ち人は余程短気なのだろう。
ボタンを押してスピーカーに話しかける。
「……どちら様ですか」
男が低い声で呼びかけると外で不明瞭な雑音が鳴った。モニターに映っている男は落ち着きなく辺りを見渡している。どうやらどこに話しかけていいかわかっていないらしい。
「……チャイムにマイクが付いていますのでそこから話して下さい」
そう言うとようやく我が意を得たり、というふうに頷いて喋り始めた。
『こちら、
モニターに男の顔がアップで映る。見た印象としてはどこにでもいるような中年の平凡な顔つきの男だった。
『すみませんねお騒がせして。金持ちのこんなマンションなんて来たことねえですからね。いや、流石はハイテク社会だ……』
砕けた口調で話す男の声は黙っているとまだ続きそうだったので何のご用でしょうか、とわずかに訝るようなイントネーションをつけながら男に訪問の用件を尋ねる。
それに対する返答もこちらに話す時間を与えないようなマシンガントークだった。
それによると記者――、松岡はとある雑誌の取材で美術家である自分の仕事やその作品について取材しに来たのだと告げた。
事前にアポイントはとってあるはずだと食い下がる松岡に記憶を呼び戻す。雑誌は聞いたことがある名前だった。
ああ、そんな話があったなと思った。連絡はずいぶん前だったので立ち消えになったのかと思っていたが。ようやく思い出し、「いいですよ」と承諾の意志を告げる。
「家の中はものが多いので私が外に出ます。どこか近くの喫茶店でも」と言う久保に松岡は、「焼き肉は好きですか」と尋ねる。
「は」と久保が言い返す。
松岡は、「焼き肉ですよ焼き肉。取材って言うと会社の経費で落ちるんでね」と返す。
「嫌いではないですが」
そう告げると松岡は「じゃあ決まりということですね」と言う。
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