敗者は勝者に好み跪く 3


 自分で言ってから気づいたけど、結構前のめりな提案だな、これ。

 かなり踏み込んでいる気がするし、わたし自身体内の熱が溜まってきているのを感じる。


 ……う。ちょっと恥ずかしいかも。


 いやいや、でも、やられる側のわたしがこんな気持ちになっているなら、先輩はもっと恥ずかしいはずだ。だから照れるなわたし。


「別にいいけど。甘えん坊だねユキは。」


 あれ?


 先輩は全然気にしてないように笑って、箸にエビの天ぷらを挟んでこちらに向けてきた。


「はい、あーん。」


 え、え?


 戸惑うこともなく差し出してきた天ぷらの衣を眺めながら、わたしは激しく動揺する。


 なんでそんなに普通に対応してくるの?

 なんで恥ずかしげもなくそんな甘ったらしいセリフを言えるの?

 なんでわたしだけがこんなにドキドキしてるの?


 先輩の感覚には刺さらなかったのかな。

 抱っこされただけであんなに真っ赤になるくせに、なんでこれは平気なんだよ。

 

 確かに、こういうことって別に恋人じゃなくてもやることだし、友達の間でもやらないこともないことだ。でも、それならむしろ先輩には効くんじゃないかと思ったんだけど……。

 どこからどこまで恥ずかしくなくて、どこからどこまでが恥ずかしいのか、その境界線が全然わからない人だ。いや、それはわたしも同じかな?


「……?食べないの?」


 一つだけわかるのは、今の先輩は平常気分で、今のわたしは阿呆みたいに紅潮してしまっているということだ。先輩も先輩だけど、わたしはわたしで弱すぎるだろ。

 朝のことも合わせると今日二回目の自滅だ。

 いや自分ではちゃんと分かってるんだ。分かってるけどこうなってしまうのだ。

 何より、こちらの心が高まっているのに先輩は別に何も感じていないという事実が余計に恥ずかしさを増大させる。


 普段はポンコツの姉にイタズラしようと思ったのに、簡単にあしらわれて本質的なところで子供と大人の差を分からされた妹の気分だ。

 先輩の方がずっと幼稚なはずなのに、みたいな言い訳が浮かんできてしまうところもいかにも自分を幼く見せてしまう。普段から先輩を子供扱いしているから尚更。


 わたしは負けたくないのだ。

 常に先輩の前に立って、ずっと可愛いセンパイを愛でていたい。


 撫でるのも、抱きしめるのも、先はわたしからがいい。


 わたしはこんな餌付けで胸を破裂させるような恋愛弱者じゃない!


 一人で勝手に決意を動揺を繰り返したわたしは、先輩が口の前に出したエビの天ぷらを尻尾ごと丸呑みした。でも口に含んでからすぐに正気に戻って尻尾は取り出した。

 

「味はどう……?」


 先輩は天ぷらの味の良し悪しの方にむしろ気を取られているようだ。


「………美味しいです。」


 確かに冷えていたせいで味は普通だったけど、普通でもおいしかった。あと、エビの身もなんか特別美味しい。まあ山下の家から持ってきたってことは高級食材なんだろうけど。


「よかった。」


 センパイは年不相応ににこやかに笑った。


 ちっともこちらの意図を見抜いてくれなかったのは残念だが、わたしがどん詰まって余計に恥ずかしい思いをすることは避けられた。お互いに堂々とやればなんの問題もないもんね。この勝負は引き分け。頭の中で一人でやってた勝負だけど。


 返り討ちに遭いかけたわたしは、なんとか現状を乗り切れたようで安心していた。

 でも、今日の先輩の無邪気さは予想外の追撃をかましてきた。


「あ、そうだ、ユキのも食べさせてよ。おんなじふうに。」

「は。」


 !?


 なんで?


 いや、なんでもなにも最初にやってってねだったのもわたしなんだから、こんなびっくりマークとはてなマークを思い浮かべるのもおかしい話なんだけど。でも、でもわたしが『はいセンパイ、あーん♡』なんてイチャイチャセリフを吐いて先輩に食べさせないといけないって。


 今度の今度はきちんと致命傷を与える反撃が返ってきてわたしはノックアウトされた。


 先輩本人はまったくもってわたしを辱めるつもりもないんだろうし、大した行為でもないと思ってるんだろう。実際、さっき普通にやってくれたわけだし。

 でも、わたしからすればとんでもないことだ。自分でもこんな行動に恥ずかしがる要素がないってわかってるはずなのに、どうしても意識すると心臓の鼓動が早まる。


 暴走モードに入って全部メチャクチャにできれば何も恥ずかしくないのだが、こういう時に限って恋愛に弱い素の自分が出てきてしまう。


「えたっ……………え、は、はい。」


 舌すらうまく回っていないが、先輩にやらせておいてわたしは嫌だなんて言えるはずもない。そもそも嫌じゃない。嫌じゃないけど、なんか嫌だ。いやもう意味わからん。

 行為自体は別にいいんだけど、わたしだけがドキドキしていて先輩は何も感じていないというこの状況そのものが気に食わないというか。自分から挑発したのに返り討ちにあってお仕置きされてるようで、自分はまだまだ子供なんだなって思い知らされるのが恥ずかしいっていうか。

 先輩は全くそんなつもりはないのだろうけど、それでもどうしても分からされているという意識はしてしまう。


 わたしは自分の弁当箱の中身を覗き込んだ。


 先輩に食べさせるとして、何を選ぶべきだろうか?どのくらいの量?

 どうでもいいはずのことで悩みが増えていく。あるいは現実逃避か。


 弁当箱に残ってるのは、米、卵焼き、冷凍の小さいハンバーグ、ブロッコリー、と言ったところか。

 この中だったら、定番なのは卵焼きかな?うん、卵焼きにしよう。

 でも、卵焼きは朝適当に作って切ってきたせいでかなり大きめになっている。先輩の小さな口に入るだろうか。入るとは思うけど、そんな詰め込むようなことはしたくない。ってことは、箸で半分に切る?いや、そしたらなんかケチってるみたいに思われるかも。じゃ間をとって2/3サイズに切ろう。いや、そんな中途半端なことやってたらそれはそれでおかしいかな?

 …………マジで死ぬほどどうでもいい。


 死ぬほどどうでもいいのに、なぜかちゃんとできるか不安になる。不条理な心臓の高鳴りが遠回りを誘発してくる。普段は提出物に名前を書いてあるか碌に確認しないのに、定期テストの時だけはなぜか名前を書いていなかったかもしれないと不安になってしまうアレみたいなものだ。


 結局、少し大きめの卵焼きをそのまま箸に挟んで持った。


 そして、震える手をそのままに先輩の口の前へと持っていく。


 なんでわたしがこの程度のことでこんな思いをしなきゃいけないんだ。


「あ、あーん………。」


 ゲシュタルト崩壊してうまく発音できない『あ』と『ん』を精一杯口にした。


 先輩は鰹節に喜ぶ猫みたいに、小さな口を開けてパクりと一口で卵焼きを口に放った。


 もぐもぐと柔らかい卵焼き相手に必要な咀嚼数とは思えない回数を噛んでから呑み込んで、先輩は笑顔で言う。


「甘くておいしい。」


 満足そうにしている先輩を見て、かわいいなぁなんて月並みな感想が出てきて止まらなくなった。


 なんか、今の今までまでドキドキしてたのが急にバカらしく思われる。

 恥ずかしがっている先輩はもちろん好きだけど、美味しいものを食べて満面笑顔の先輩はもっと好きだ。


 先輩に揶揄われたならともかく、今回は別にそういうわけでもなくわたしが一人相撲してただけだから、ここら辺で許してやろう。(上から目線)



 わたしたちは、お互いに繋がってないようで繋がっている。

 考え方や行動は違くても、『好き』という気持ちが存在しているのだからそれでいいか。


 ……………でも、やっぱり先輩が本当の意味でわたしに恋してくれた時は、朝から晩までいじめてやりたい、かな。

 

 


 

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