第33話
「そっかぁ。文化祭の曲、結楽の好きな曲にすれば良かったね」
「今回は小峰先生の意向もありましたし、これから歌うチャンスはたくさんあるから大丈夫ですよ」
いつの間にか屋上の壁に背中をつけて、水嶋先輩は隣にいた。
さっきまで全身で感じていた熱も、手に感じていた温もりも感じなくなり、胸にすーすーと風が通っている感じがして、少し寂しい。
水嶋先輩の目にはいつもの輝きが戻っていて、ホッと安心した。
「永野があんなにボロボロ泣いてるところ初めて見た」
「私も水嶋先輩が泣いてるところ初めて見ました」
「人前では泣かないように気をつけてるんだけどなぁ。永野ってなんか不思議」
水嶋先輩の何気ない一言で私の胸が縮こまる。
誰も知らない水嶋先輩を見ることができて嬉しいと感じてしまった。
「私も人前では泣かないです」
「いつも馬鹿そうだもんね」
「なっ……ひどいです……」
「でも、その馬鹿に救われる人はたくさんいるんだよ」
その言葉に心臓がドンと反応する。
私の内臓は忙しいというのに、ふわっと彼女の柔らかな手が頭に乗った。
水嶋先輩にそうされるのは嬉しいけれど、犬みたいに扱われるのは少し納得いかない。
「水嶋先輩って私のことペット扱いしますよね?」
むっと唇を尖らせて、言葉を放っていた。
しかし、水嶋先輩が目を丸くして私を見つめていたので、焦って言い直した。
「あの、あれです。もっと大人っぽく扱ってほしいというか……」
「何言ってるの馬鹿永野」
水嶋先輩は私の頭を撫でる手を下にスライドさせて、私の喉元に手を当ててきた。
水嶋先輩の手は少し冷たいような、温かいような、よくわからない体温だ。しかし、彼女の急な行動に体はびくりと反応していた。
「み、ずしませんぱい!?」
「喉、痛めてるでしょ」
「……なんで、分かるんですか?」
「ちゃんと聴いてるから。今日の練習、調子悪そうにしてた」
水嶋先輩が私の歌を聴いていることが嬉しくて、恥ずかしくて顔が熱くなる。
自分の拙い歌声はあまり聞かれたくない。
私が先輩の顔も見ずに下を向いていたからか、水嶋先輩はふぅっと溜息をついていた。
「無理したら喉壊れるよ。本番、ステージの上にいてくれることが何より大事なんだから」
「水嶋先輩ってちゃんとみんなのこと見てくれてますよね」
「一応、部長だからね」
水嶋先輩が部員みんなのことを見ているのは、部長だからもあるのかもしれないけれど、きっと彼女が優しいからだ。
今、水嶋先輩に触れられている喉が何故か焼けそうなくらい熱い。
その熱すぎる喉を空気が通って内側に入ると、そのまま内臓を焼き焦がしてしまいそうだった。
そんな自分の体を無視して、彼女に無意識に問いかけていた。
「他の人にも頭撫でたり、抱きついたりするんですか……?」
無意識に出てしまったその言葉に、私よりも水嶋先輩の方が驚いた表情で私を見ていた。
なんてことを聞いているんだ……。
先ほど、水嶋先輩はみんなの先輩だと思ったのは私なのに、何を言っているんだ……。
私は焦って立ち上がり、この恥ずかしさから逃げようとする。
しかし、ぐっと腕を掴まれて、逃げさせてはもらえなかった。
「永野は私からよく逃げる。傷つくからやめて。あと、思ってることあるなら言って」
「すみません……」
「すみませんじゃない」
水嶋先輩はいつの間にか立ち上がっていて、私を抱きしめていた。
胃の上の辺りがきゅっと苦しくなる。
「永野にしかこういうことしてない」
「え……? あ、へ?」
「ばーか」
おでこにバチンと水嶋先輩の白い細長い指が当たって、私たちの距離は離れる。
おでこを摩って、痛みが治まった後に水嶋先輩を見ると、頬を赤くしていた。
妖艶なその姿に目も心も惹かれていたと思う。
私たちの間には微妙な空気が流れて、その沈黙を切り開いたのは水嶋先輩だった。
「そういえば、永野は文化祭なんの出し物するの?」
「縁日です。水嶋先輩は何するんですか?」
「私のクラスはお化け屋敷」
水嶋先輩の仮装したお化け姿……。
とても見てみたい。しかし、あからさまに見たいという態度を取れば見せてくれない気がしたので、こっそり覗きに行くことを心に決めた。
水嶋先輩は先ほどからやたら難しい顔をしていて、何かを話したいようなそんな雰囲気を出している。
「水嶋先輩? どうかしました?」
「…………文化祭は誰かと回るの?」
首を傾げて眉間に皺を寄せて、透明な液体で潤う瞳をこちらに向けてくる。
今日の水嶋先輩はよくわからない。
「響花ちゃんに誘われました」
「二人?」
「そうですね」
「ふーん」
水嶋先輩は冷たいと感じるような言葉を残すと、すたすたと屋上から音楽室に向かってしまう。水嶋先輩の態度が豹変するから、心臓がバクバクとして、急いで彼女を追いかけた。
何か気に触ることをしたのだろうか……。
「水嶋先輩……?」
「むかつくからしばらく話しかけないで」
「えぇ?!」
水嶋先輩はバッグを持って、走って音楽室を出ていた。
色々な感情に出会った私は、トボトボと家に向かうしかなかった。
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