第21話
「小峰先生はこんなのだから副顧問で大人しくしてもらってた」
「そ、そんな……」
びっくりというか衝撃というか、なんと言えばいいのか……。
どうやら、小峰先生は眼鏡を外すと熱血キャラになってしまうらしい。
合唱への愛は何よりも強いらしいが、熱血過ぎるがゆえ、生徒を困らすこともあるから顧問を避けて部活動に関わっていたとか。
気合いのこもった声でパート決めをするぞー! っと言っている小峰先生に穂乃歌先輩は眼鏡をかけていた。
「あ、えっと……好きなパートやったらいいと思います……」
「じゃあ、話し合いで決めます」
「はい……」
小峰先生は大人しく音楽室の隅に座ってしまった。しかし、うずうずと話に混ざりたそうな雰囲気が出ていて、とても気が散ってしまう。
そんな様子の小峰先生を気にもしない水嶋先輩がみんなの顔を見渡し、ふぅとため息をついていた。
「とりあえず、もう一度、一年生から自己紹介をしようか……希望パートがあればそれも伝えてもらえると嬉しい」
水嶋先輩の困惑が伝わる。
私もこんなに人が集まって、さらにコンクールで指揮をしてくれるのが音楽に精通した先生で、事が上手く運んでいて少し困惑していた。その困惑が伝わらないように大きく声を発する。
「一年の永野結楽です! アルトパート希望です! よろしくお願いします!」
ハキハキと嬉しい気持ちを声に乗せて話した。
「同じく一年の
夏鈴らしい軽い挨拶が終わり、響花ちゃんに視線を移すとビクビクと震えていた。自己紹介が苦手そうなので、隣に駆け寄って背中をさすろうとすると、律季ちゃんにパシッと手を掴まれてしまった。
「一年の
ぎろっと睨まれるので、できるだけ身を小さくした。敵意はないと示してきたはずなのに全然伝わらない。いつになったら彼女とは仲良くなれるのだろうと悲観的になっていた。
律季ちゃんがぽんぽんと響花ちゃんの背中を撫でると、ぎゅっと胸の前で拳を作って声を出していた。
「は、は……
ペコペコと何回もお辞儀を繰り返していて、精一杯頑張っている様子が伝わる。
「じゃあ、次は二年生ね。私は
水嶋先輩は凛とした声で説明を続けていた。
歌っていなくても水嶋先輩の声が好きで、落ち着きを与えてくれる。
「
おしとやかかつ天然そうな雰囲気を出した女性は軽く挨拶をしていた。正直、奏先輩は何を考えているのか分からないので少し怖い。
奏先輩の自己紹介が終わってすぐに穂乃歌先輩はどんと構えていた。
「
ちらりと水嶋先輩のことを見ていた。
たしか、二人でソプラノパートで切磋琢磨していたと聞いた。きっと、ソプラノパート希望なのだと思っていた。
「アルトで」
「は? 穂乃歌はソプラノでしょ?」
水嶋先輩は穂乃歌先輩にバチバチと火花を散らしながら近づいていた。
「なんでソプラノじゃないの? 私が嫌なら違うパート行くけど」
「違う。そうじゃない……」
そう言って穂乃歌先輩は大きく深呼吸して水嶋先輩を指差していた。
「もう、美音を追いかけるのはやめる。私は私のやり方で美音の隣を歩く」
「……そう」
どちらもふんと顔を逸らしていたけれど、二人の間に険悪な雰囲気は感じ取れなかった。
夏鈴がこっそりと近づいて来て、小さな声で「あの二人、仲良いね」と言っていた。「たしかにね」と私が返すと、目の前に怖い顔をしたふたりが現れる。そんな大変なところを助けてくれたのは奏先輩だった。
「こらこら二人とも結楽ちゃんのこといじめないの」
「結楽が悪い」「永野が悪い」
「そ、そんなぁ」
「先輩たち仲良いですね。みずしまだ先輩ってセットで呼ぶのはありかもしれない」
夏鈴のファインプレー? のおかげで私は開放される。
「夏鈴、いい加減にして、穂乃歌と一緒にしないで」
「は!? こっちの方が迷惑だし。なんで美音と繋げて呼ばれなきゃいけないわけ?」
ぽこぽこと先輩たち同士で言い争いが始まった。最初はみんな目を丸くしていたけれど、くすくすと誰かが笑い出すと音楽室には笑い声が広がり、それに気がついた先輩たちは頬を赤らめていた。
「みずしまだコンビ仲良しだね」
ふふっと馬鹿にするように奏先輩がとどめを刺し、二人の喧嘩は収まる。
水嶋先輩は「んんっ」と咳払いをして、話を再開していた。
「今までの音量のバランスを見て、ソプラノは私と夏鈴、メゾソプラノは響花と律季、アルトは穂乃歌と永野にしたいと思う。どうかな?」
みんなコクコクと頷いて、水嶋先輩の意見に反論はなさそうだ。小峰先生もさっきのヤンキーみたいなキャラはどこに行ったのだろうと思うくらい大人しく頷いている。
「今日はとりあえず終わり。また明日からよろしく」
水嶋先輩の掛け声でその日は解散となった。
片付けをして帰ろうとすると穂乃歌先輩にちょいちょいと手招きされる。
音楽室の隅にいる穂乃歌先輩の所に行くと急に頭を下げられた。急な出来事であたふたしてしまう。
「結楽のおかげでまた好きなことが出来る。ありがとう」
「そんな、改まらないでください!」
つい大きい声を出してしまって穂乃歌先輩は驚いてこちらを見ていた。
「私は誘っただけで、穂乃歌先輩が選んで来たので私は何もしてません」
「そういう所が馬鹿って言われるんだよ」
失礼だなと思いつつも、きっと照れ隠しなのだろうと思うと少し可愛らしい。一つだけ穂乃歌先輩に聞いてみたいことがあった。
「なんで、アルトにしたんですか? 前はソプラノだったのに」
「さっきも言ったけど、もう美音を追いかけるだけはやめる」
ふっと笑顔になって嬉しそうに楽譜を見ていた。
「美音の歌を支えたいと思ったんだ」
「わかります。私もそう思います」
そう言った瞬間、頭にポコッという音と痛みが広がる。後ろを振り返ると怒った表情をした水嶋先輩がいた。どうやら穂乃歌先輩もぽこっとされたのか頭を抑えている。
水嶋先輩は腕を組んで仁王立ちだ。
背はそんなに大きくないのに迫力があり過ぎる。
「自惚れすぎ。何が支える? あの舞台に立ったらパート関係なく主役なんだから、間違えても裏方なんて思わないでよね」
……その通りだ。
私は何を支えていると思っていたのだろう。
穂乃歌先輩も呆気にとられて何も話せなくなってしまっている。
「美音、変わったね――」
「そう? 前からこんなのだけど」
「ううん。変わったよ」
そのまま、穂乃歌先輩は水嶋先輩の頭を撫でていた。
「なに?」
「覚えてない? 褒める時先輩たちによく撫でられてたじゃん私たち」
「そうだね」
「合唱部をずっと守ってくれてありがとう」
そのやり取りを見て、嬉しい自分と苦しくなる自分がいた。なんでか分からないけれど、心臓を釣竿で引き上げられている気分になる。
先輩たちが元の仲に戻るのを願っていたはずなのに――。
「ほのちゃん、帰ろ」
奏先輩はびっくりするくらい感情のこもっていないトーンで声を発して、ぱしっと穂乃歌先輩の腕を掴み、水嶋先輩から遠ざけるようにしていた。
奏先輩と穂乃歌先輩はバタバタと音楽室を出て、水嶋先輩と私が取り残される。
「はぁ……」
「水嶋先輩、お疲れ様です」
体が勝手に動いていた。
彼女の艶の放った柔らかい髪をそっと撫でる。
思ったよりもなめらかで、ひんやりしていて心地良い。
しかし、すぐに腕をぱっと払われてしまった。
「なに?」
「私も穂乃歌先輩の真似してみました」
「意味わかんないから。今日はもう帰りな」
「はい。先輩また明日」
無意識に彼女に触れたいと思った。とは伝えず、挨拶をする。
また明日に声は返ってこなかったけれど、片手を上げて控えめに振っていたから嬉しくなって音楽室を出ていた。
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