部員集め!
第5話
「合唱部入りませんかー!?」
「みんなで歌いましょう!」
「これで君もスターに!」
通り過ぎる人は皆、冷たい目で私の横を歩いていく。
コソコソと何かを話し、笑われている気がする。
しかし、そんなことを気にしていたら廃部を阻止することなんてできない。
頑張れ! 永野結楽!
ぺちぺちと両頬を叩いて気合いを入れた。
「毎日、練習も部員集めも頑張ってて偉いね」
「私の青春がかかってるからね」
私は放課後に部員募集のビラを学校のあちこちに張っていた。
夏鈴にそれを手伝ってもらっている。
彼女のような友達がいて私は幸せものだと思う。
「いいねー。私も青春したいなぁ」
夏鈴は物寂しげに合唱部勧誘のビラを見ていた。
何かしらの願望のこもったその声に、反応せずにはいられなかった。
「一緒の部活で青春しようよ!」
「……ううん。私がいると雰囲気悪くしちゃうからさ」
「どうして? そんなことないと思うよ?」
まただ。
夏鈴は部活の話をする時、とても苦しそうな声で話す。
前もそうだった。
私は彼女の頭に手を伸ばしてぽんぽんと手を乗せる。
「結楽? どうしたの?」
「私が不安な時、夏鈴がこうしてくれて嬉しかったからさ。私でよければ話聞くよ」
夏鈴は目を丸くしたあとに、ふっと笑い声を洩らしていた。
「結楽ってすごいね。人に元気与える力あるよ」
「そうかな」
「うん。私、空気読めない時あるんだよね。それが原因で中学校の頃、部活のメンバーとうまく行かなくて、部活辞めちゃったんだ」
「そうなの!?」
夏鈴はコクコクと頷いていた。
こうやって馬鹿みたいに人の嫌なところに踏み込んでしまうのは、私の悪い癖かもしれない。しかし、それが逆にいい効果を発揮することだってあると思っている。
「上手くいかなくなったらたくさん話し合って解決すればいいんだよ。少なくとも私が夏鈴と同じ部活だったらそうする」
ふんっと鼻を鳴らして、にこやかに彼女の方を見ると、くすっと笑って嬉しそうに微笑んでいた。
「やっぱり結楽はすごいなぁ」
「そんなことないよ」
「もし、私が無神経なこと言ったらどうする?」
「悲しい、嫌だって言う。でも、夏鈴がそう思った理由も聞きたいから聞く!」
「そっかぁ……」
「夏鈴は自分の意見を大切にしていいんだよ」
にこっと笑顔を向けると、夏鈴は目線を下に向け、髪を摘んでいじって、どこか迷いの混ざっている顔をしていた。
「もう一回、部活頑張ってみようかな」
「ほんと!?」
「うん。結楽とだったらなんかうまく出来そうかなって」
「んー! よっしゃー!」
私の声があまりにも大きかったからか、クラスのみんなに注目されてしまい体を小さくする。
「でも、部員集め苦戦しそうだね」
「そう?」
「前も話したけどさ……」
「そうだ。その話、詳しく聞きたいんだよね」
私は好きなコーヒー牛乳をストローでじゅごーっと音を立てて吸った。
夏鈴は少し深刻そうな顔をした後に、ふぅと息をついて話をしてくれた。
「気になって色々調べたんだけど、SNSでここの合唱部の悪口を流してる人がいるみたい」
「そうなの!? だからかぁ。なんか合唱部の話をすると嫌な顔されるの……みんな冷たくて、冷やかしてくる人もいるというか……」
ビラ配りを朝も夕方も頑張っているが、冷たい目で見られているのは何となく気がついていた。
どんな噂が流れたらこの学校の生徒に広まるくらいの噂になるのだろう。
「ちなみに、その内容見せてもらえる?」
「これだねー」
夏鈴の顔を明るく照らすスマホを覗くと、想像以上に酷い言葉が羅列されていた。
『暴力沙汰起こすやつがいる部活』
『廃部以外制裁の余地はない』
『大して上手くもないのに気取るな』
『あんな部活に入ったら一生後悔する』
文章からでも合唱部に対しての憎しみが伝わる。
一体、何があったのだろう……。
「これはやばいね。見た人は確かに合唱部に入ろうとは思わないかも。夏鈴はこれ誰が言ってるか知ってるの?」
「ちょっと情報集めてみるね」
「かりん〜大好きだよぉ〜」
「大袈裟だよ」
くすくすと笑って少女は教室を出てしまった。
私もぼーっとしていられないので、急いで校内を走り回った。
いつもの景色が見えてきて、胸が高鳴る。
すっと扉を開けると、珍しくヘッドホンを付けていない水嶋先輩がピアノの前に座って鍵盤を叩いていた。
発声練習中だろうか。
近くまで寄ると、こちらをぎろっと睨んでくる。
「水嶋先輩お疲れ様です。何歌ってたんですか?」
「永野には関係ない」
「少しは優しくしてください」
「うるさい。集中してるの」
そう言って水嶋先輩は音を取りながら発声練習を始めてしまった。
私も練習したいけれど、混ざったら怒られるだろうか……。
そんなことで悩んでいると、いつの間にか先輩の練習は終わっていて、私のことを見つめていた。
彼女の綺麗な瞳に真っ直ぐと見つめられると、心臓の音が速くなっていく。
それを誤魔化すように話題を考えた。
「そ、そういえば、友達が合唱部に入ってくれることになりました!」
「はぁ? その子合唱部の噂知ってんの?」
「その子が合唱部のこと色々教えてくれたんです。それでも入ってくれるって」
「知ってて入りたいとか永野の周りは馬鹿しかいないの?」
「馬鹿馬鹿言い過ぎです。言葉悪いですよ」
すっと彼女の近くに寄って両肩に私の両手を乗せると、やかましそうに払われてしまった。
水嶋先輩は基本的に冷たい。
しかし、たまに機嫌がいい。
そのタイミングがよく分からなくて、距離感が掴みにくい。
なんとか、話をしたかった私は水嶋先輩の頬をつんつんと触る。そうすると、はっと驚いた顔でこちらを見てくれた。水嶋先輩は真剣な顔で鍵盤を叩き始める。
「この音、発声して」
とんとんーっと何度も鍵盤を叩いている。
私は言われるまま声を出したが、水嶋先輩はぶんぶんと首を振っていた。
「違う。まず永野は姿勢が悪い」
肩甲骨にぐっと拳を入れられるので、胸が自然に張る形になる。
ふっと横を見ると、お人形さんのような綺麗な顔があって、ドクンと音が鳴る。
「なに?」
「あ、いや、水嶋先輩、美人だなって思って……」
「はぁ? 馬鹿なんじゃないの」
ばっと離れて背を向けられてしまった。
耳まで赤く、照れているその様子は初めて見る水嶋先輩で新鮮な感じがした。
と感心している場合ではなく、せっかく練習に混ぜてもらっていたのに、私の余計な一言のせいでチャンスを逃してしまうのは嫌だった。
「すみません! もう一度教えてください!」
「はぁ……」
水嶋先輩に姿勢から発声の仕方、歌い方のコツを沢山聞いた。
長時間の練習を頑張ったと思う。
水嶋先輩もかなり疲れた様子だったけれど、手に体操着を持っていた。
「何するんですか?」
「走りに行く」
「え!? 今から!?」
「永野はもう帰っていいよ」
「私もついていきます!」
水嶋先輩は目を丸くしていたけれど、だめだとは言われなかったので、彼女についていって更衣室で体育着に着替えた。水嶋先輩は私なんか気にせず走り出してしまうので、その背中を急いで追いかける。
「水嶋先輩〜待ってください〜」
「ついてこれないなら合唱部やめて」
「それは嫌です」
私は足に力を入れて大地を蹴った。
運動部の人たちが苦しそうに「はぁはぁ」と呼吸をしながら私を抜かしていく。
その人たちと比べると私の方が明らかに走るスピードが遅いのに、肺から空気がピューピューと抜けてしまっているような音のする呼吸を繰り返していた。
ぜーぜーと息を吐き出し、喉と肺が痛くなり、視界に映る水嶋先輩の背中が遠くなる。
急に虚しさが走り、私の胸は心拍数が上がって苦しいのか、気持ちが苦しいのかよく分からなくなっていた。
成績ギリギリで入学して、部活にも何とか入れて、やっと水嶋先輩の横で歩いて行けると思ったのに、彼女の背中は遠くなる。
私、努力が足りないなぁ……。
自分の今までの行動を反省し、その後も胸にモヤモヤと気持ち悪い感覚を抱えたまま走り続けた。
ゴールに到着すると水嶋先輩の姿はもうなかった。
当たり前だ。
基礎トレーニングすらついていけない人間は水嶋先輩にとって不要なのだろう。
膝に手をついて、ぜーはーと呼吸を繰り返していると首に冷たいものが当たる。
冷っこくて「ふぁ!」と変な声が出てしまう。
「水嶋せんぱ……」
「永野は基礎体力が足りない。低音には絶対必要になってくる体力だから……明日は違う練習するよ」
水嶋先輩は何も言わずペットボトルを差し出してきた。
「これ……?」
「あげる。間違えて自販機のボタン押しただけだから」
私はそれを受け取り、じんとする手に力を込めてキャップを回した。
明日も練習するという言葉を聞いて、胸のざわめきが落ち着いていく。
明日も合唱部に居ていいんだ……。
いらないって言われなくてよかった……。
彼女の言葉に安心し、勢いよく液体を口に運ぶ。
ごくごくと水が身体を通る時、喉が痛かった。
溢れた水は首筋を伝って、鎖骨に到着する。
体操着でそれを拭って水嶋先輩を見つめた。
「いろいろ教えてくれてありがとうございます」
「お礼言われることしてない。私はやることやってるだけ」
その後、水嶋先輩は髪をわさわさと揺すって口を噤んでしまった。
「水嶋先輩?」
「とりあえず、明日も音楽室集合ね」
バタバタと荷物を持って先輩は遠くに行ってしまう。
今日も水嶋先輩はよくわからない――。
その場に残された私はペットボトルの汗をなぞって、彼女から教えてもらったことを思い出していた。
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