1-Ex3. 5月……だーれだ?(1/2)

 先日の図書室で起こった一件の翌日、俺は司書に改めて礼を言いに昼休みが始まるとすぐに5階から1階へと駆け下りた。


 ちょっと失敗したなって思ったのが、購買が1階のちょっとしたフロアにあるためにパンを求める他の奴らとの流れに合わせて行かなきゃいけないことだ。みんな、パンを求めて血眼になっているので、階段を勢いよくダダダと降りていかなきゃいけないのが少し面倒だよな。


 俺はゆっくりと生きたいのに。


 まあ、急かされたおかげで早く着けたのでいいか。


「痛っ!」

「痛っ! おい、図書室かよ、ったく、邪魔だな」


 理不尽!


 図書室の前で流れから離れようとして扉をゆっくりと開ける途中で、俺が図書室に入ると思っていなかった同級生に思いきりぶつかられた。


 ぶつかられた上で何故か俺に非があるみたいに文句を言って、再び流れに乗って勝手に去っていく。


 前方不注意はそっちだろ? と思ったものの、名前は知らんけど、日焼けしたいかにも屋外スポーツ系といった感じの奴で、張り合うと面倒そうな感じなのと、俺もこの時間帯に購買じゃなくて図書室に向かったのもまあタイミング悪いか、と思い直して、ぐっと言葉を吐きだすのはこらえた。


 というか、いろいろと考えていたら、何か言う前にもういなくなってた。


 そもそも、お互い様だから、悪態を吐かれるいわれはないんだがな。


「おやおや、少年、また来てくれたのか。一人か?」


 そんなこんなで図書室の扉を開けると、音に気付いた司書がカウンターからこちらを見て、割とフランクな感じで声を掛けてくれた。


 最初の丁寧な口調はよそ行きって感じで、こっちの方が素のようだ。


 司書は真っ黒な髪の毛をしていて、後ろに小さなおさげをつくって髪の毛が邪魔にならないようにしている。


 前髪もピンで6:4くらいの分け方で留めていて、服装に至っては私服っぽいけど、落ち着いた感じの事務のお姉さんといった雰囲気だ。


「昨日はありがとうございました。一人です」


「いやいや、なんだ、フラれたのか? ペロペロでもしたか?」


 いや、フラれてないが!? ペロペロもしてないが!? 仮にフラれたとしても、会って数回程度の相手にその言い草はすごいな!?


「いや、フラれてないですし、ペロペロもしていませんから……いきなりその推測で言い始めるのやめてくれませんか?」


 俺がそう言うと、司書は特に気にした様子もなく、人差し指と中指を揃えた手でちょいちょいとカウンター横にある丸椅子に座るように指示してくる。


「まあ、立ち話もなんだから座りなよ……ははっ……いや、フラれて苦い青春の1ページを刻んだならいいなと思って」


 怖っ!


「怖っ!」


「人に向かって怖いって言うのもどうかと思うぞ?」


 うん、美海の親友の乃美のみにも言われたな、それ。


 たしかに、なんか、癖になってる気がするな、謝らないと。


「すみません。でもフラれてないです。というか、なんでフラれる前提なんですか」


「そりゃ、どう見たってかわいい女の子と、どうよく見てもふっつーの男じゃ、どっちがフラれるかは明白だろ? ちゃんと毎朝顔を洗う時に鏡を見てるか?」


 やかましいわ。


「そこまで辛辣に言わないでくださいよ、ヘコむじゃないですか」


「怖いと言われたお返しだ。倍返しだっ! ってやつだな」


「ちょいちょいパロディを挟まんでください」


「いいじゃないか。減るもんじゃあるまいしな。そうだ。ところで、図書室を紹介しておこう」


「え? 入学してすぐに聞きましたけど?」


 司書はそう言うと立ち上がった。俺もそれに合わせて、説明を受けたはずと言いながら立ち上がろうとすると、両手でゆっくりと制止される。


「まあまあ、まずはカウンターだ」


「まあ、見ての通りですね」


 司書が返却日の看板やらちょっとしたペンやメモ帳やらくらいしか置かれていないカウンターに手を滑らせて、綺麗だろう、とでも言いたげな表情でこちらに説明を始める。


「で、だ。こっちに入れば分かるけど、実はここ、結構余裕があってな。ほら、お待ちかねの、立って、内側を眺めていいぞ」


「待ちかねてはないですけど……あ、ほんとだ。意外とカウンター下? っていうのか、内側の下側が広いですね」


 司書に促されてカウンターの内側を見てみると、たしかに椅子の座面よりも十分に高いため、これなら脚を組んでも全然ぶつからずに済みそうだと感じた。


「あの彼女なら、ここに押し込んで、まあ、できるぞ」


 何を!? 何で親指を上げサムズアップしてるんだよ!


「何を!?」


「なんだ、女の口から言わせるのか? そういう趣味か。いい趣味してるな。そりゃ、もちろん、フェ――」


 言わせねえよおおおおおっ!?


「言わせないですけど!? むしろ、自重じちょうしてもらえます!?」


「なんて私はダメなんだ……言いきる前に止められてしまった」


 そっちじゃねえよ!?


「そっちの自嘲じちょうじゃなくて、自重ですけど!? 重い方ですよ!」


「おいおい、女性に重いって言うのは感心せんな。体重や愛が重いとか滅多なことを言わない方がいい。かといって、尻を見て軽いなんて言ったらダメだがな」


 そうじゃねえええええっ! ちょいちょい親指を上げサムズアップ挟むな!


「分かっていて言っているでしょ!? まったく、なんなら言いきる前で俺は助かりましたよ!」


 どんだけツッコミを入れなきゃいけないんだよ! 司書はニヘラヘラと笑っていて完全に俺をおちょくっているとしか思えなかった。


 だが、下ネタを完全に言うのだけは阻止しないといけない。


「なんだ、まだしてないのか?」


「あ、いや、そ……待ってください。危うく言いかけましたけど。あのですね……女性から男性でもセクハラになるんですよ?」


「固い奴だな」


 固くて結構。俺はガツガツしない健全さがウリなんだ。多分。


「司書さんがゆるいんですよ……」


「失礼な、私のま――」


 待てえええええいっ! 言わせねえよおおおおおっ!?


「言わせないですけど!? すぐに下ネタぶっこむ、えっと……役員共的なノリは話が進まないんですが!?」


 一瞬、一存だったか、役員共だったか、で言葉が詰まっただけだ。


 どっちも面白いけど。


 というか、実際に下ネタを女性側からされるといろいろと行き場がなくて困るんだよ。


「はっはっは」


 司書はあっけらかんとして笑っている。普通にしてれば、綺麗めのお姉さんなのに、なんでこう残念なんだろうか。


「っていうか、さっきの固いもそういうノリで言っていますか!?」


「いや、それは普通に頭が固いって意味だ」


 嘘だろ……意識し過ぎた俺、恥ずかしい……。


「……勘違いした俺が恥ずかしいんですけど」


「いや、それは私に言われても……勝手に勘違いしたのは少年だろう?」


 ですよね。


「ですよね。なんか、すみません……」


「まあ、若くていいじゃないか。で、次だ。カウンターの奥は準備室だ。返却された本の確認、新しい図書リクエストの確認、新しい図書を購入した場合の表面加工やタグやラベルの作成、新しい図書の登録、逆に古い図書の回収、古い図書の廃棄、などなど細かな事務作業や処理はここで行っている」


「急に真面目になりましたね。でも、まあ、なるほど」


 図書委員でもないけど、こういう図書室の説明って意外と面白いな。普段、司書さんが何をしているのかとか分かるし。


 たしか、この司書さん、教員じゃなくて、派遣だったかパートだったかみたいなのを聞いた覚えが、どうだっけな……。


「で、いつもいるのは司書である私で、昼休みや放課後は図書委員がいることもあるけれど、図書委員なんて大抵いないから、どうしてもなら席を外すから、できるぞ」


 だから、何を!? だから、親指を上げサムズアップはどういうことだよ!


「何を!?」


「なんだ? 同じ展開だぞ? 進歩がないな? ん? 待てよ、そうだな。たしかに、カウンターよりも広いし、立てるからもっといろいろできるぞ。そうか、そうか、好奇心豊富な知りたがりなだけか。そりゃ、もちろん、バックでセ――」


 もう嫌あああああっ!


「言わせないですけど!? 何をって、何ができるか聞きたいわけじゃなくて、そもそも、何を言っているんだって意味で、そういうことを言うなってツッコミですけどおおおおおっ!?」


「まあまあ、落ち着いて、深呼吸でもしなよ? まだ紹介は終わっていないからさ」


 いや、まだあるんかい……俺の喉もつかな……。

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