1-Ex2. 4月……どうしたの?(2/2)

 ちょっとしたあらすじ。

 俺、金澤かなざわ 仁志ひとし能々市ののいち 美海みなみの親友である乃美のみに呼び出されて、ちょっとしたやり取りをしていたら、急に乃美が気絶して倒れてきた。

 見る方向によっては抱きしめているようにも見える気もするから、助けてほしいと思っていたところに、まさか美海が現れた。

 ……タイミング良すぎない?



 このシチュエーション、マズくね?


 誤解される前に何か言わなきゃ。


「美海、いや、これは違うんだ。これには山よりも高く、海よりも深い理由があるんだ」


 ん? 自分で言っていて分からないけど、海より深いはともかく、山より高いってなんだ?


「ふぅん? 理由?」


 美海のジト目がちで、いつもより低めの声に、俺は焦りに焦ってしまった。


「そう、理由があるんだ。あー、乃美がなんでか気絶して、あ、えっと、その前に、なんで俺と乃美がこうなっているかって言うとだな、乃美に呼び出されて、俺と乃美が話していたんだけど、そしたらさ、乃美が話の途中で急に勢いよく寄りかかって来て、えー、それで、乃美が倒れないように抱き留めてしまって、そう、そしたら、なんか知らないけど、なぜか気絶してて動かないから、でも、これ以上どうにか動かそうとするとだいぶマズそうで、えっと、えーっと、だから、どうしようかなこの状況って状態なんであって、あ、え、あー、今も抱き留めているのは決してやましい気持ちとか、乃美に何かこう何かするとかじゃなくて」


 言い訳じみた理由って、言ってからどうしても後悔するんだけど……今のこれ、特にひどいな。絶対に誤解されるだろ。どんだけキョドってるんだ、俺。めっちゃ早口だし。


 などと思っていたら、美海がむすっとしていた表情からニコっとした笑顔になる。


「あはは、ごめん、ごめん。ちょっと困らせたくなって、困らせちゃった」


 ひでぇ……美海、小悪魔かな。


「ひでぇ……」


 さすがに、小悪魔とは呟かなかった。


「あ、ごめんってば。ね、許して? お願いっ! でもね、そんな怪しい現場がバレたみたいな焦り方しなくても大丈夫だよ? 私、仁志くんを信じているし、あーちゃんのことも信じているから、2人が何かあるなんて思ってないし、仁志くんがあーちゃんに変なことするなんて全然思っていないよ?」


 美海、天使かな。


「美海、天使かな」


 誉め言葉はそのまま口にしてもいいよね。


 という感じでそのまま出した俺の言葉に、美海が驚いた顔を隠さない上に、徐々に顔を真っ赤に染めていく。


「て、天使は嬉しいけど、恥ずかしいなあ……もう。あーちゃんはウチが連れてくね? もちろん、天国にじゃないよ?」


 美海は俺から乃美を預かると、身長差とか体格差とかすべてを無視した感じで乃美を背負って連れて行こうとしている。


 最初は大丈夫かと思ったが、美海は乃美を危なげなく背負っていた。


 意外とパワーあるんだな、美海。


「もちろん、分かっている。ありがとう。ところで、あーちゃんって、乃美のこと?」


「うん、乃美のみ 梓真あずまであーちゃん。あーちゃんが気絶したところでケガしないようにしてくれてありがとうね」


 そう言えば、乃美って、梓真って名前だったな。ふと、乃美の中学時代のあだ名を思い出したけど、悪口みたいなもんだからそれ以上は考えないようにした。


「いや、いいんだ。あ、ところで」


「うん?」


「乃美が言ってくれようとしたんだけど、美海のことで、俺が気付いていないことって? 乃美となんかそういう話をしたのか?」


「うーん……ウチにはあーちゃんが何を言おうとしていたのか分からないからなあ……」


 美海が眉間に少しだけシワを作って、よく分からないといった表情で俺の方を見つめてくる。


 まあ、そうだよな。これ以上、詮索するのも美海にも乃美にも悪いし、やめとくか。


「そうだよな……すまない、忘れてくれ。また乃美に聞けるタイミングで聞くから」


「……そっか、じゃあね。またリンクで連絡するね」


「あぁ、じゃあな。リンク、楽しみに待ってるよ」


「別に仁志くんからしてくれてもいいんだけどなあ」


 ニコニコと欲しそうな顔でそう言ってくる美海、かわいい。


「たしかに。じゃあ、俺から夕方くらいにはメッセージ送るよ」


「ほんと? やった! またね」


 乃美をおぶって教室の方へと戻っていく笑顔の美海を見送っていると、代わりにとは言わないが、少し離れた所からこまっちゃんが来た。


「大丈夫か? 乃美さんが急に倒れ込んで大変そうだったな」


 美海に見つかるくらいならこまっちゃんにネタにされた方がマシだから、見ていたなら手伝ってくれよ、と思いつつ、終わった後で言っても仕方ないから、それは言わないことにして、会話を続けることにした。


「こまっちゃん。俺は大丈夫だけど、そう、乃美が急に気絶してびっくりしたよ」


「……あれは能々市さんのせいだと思うぞ?」


「え?」


 お前は何を言っているんだ。


 乃美が気絶したのが美海のせい?


「おそらく、速い手刀……オレでも見逃してしまったよ」


 ……パロディかどうかの微妙なラインなのが来たな。


「若干、パロディチックに言うのやめてくれるか? つうか、見逃したなら、美海が手刀したかどうか分からないだろう?」


「まあ、そうだな。あくまでも、状況的な推測だよ。ただし、これだけは言っておこう。乃美さんが金澤の方へ倒れる前に能々市さんが立っていたからな」


 あれ? 気付かなかったけど、そうなのか? 乃美がこっちに倒れ込んできたことでいっぱいいっぱいだったから、たしかにいつ、美海が来たのか分からないな。


 声を掛けてくれてようやく気付いたくらいだし。


 いや、でも、美海が?


「……バトル漫画みたいなことを言わんでくれ」


 結局、乃美のほしかった答えを与えることもできず、俺も乃美が言いたかった何かを聞くこともできず、俺はさっぱり何も分からないままこのイベントを素通りするのだった。


 ちなみに、こまっちゃんが言うように、本当におそろしく速い手刀を美海が繰り出せるのかが気になって、夜しか眠れなかった。

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