最終話

「「ぷはぁっ」」


 大歓声に包まれたドームの中で、僕と栗花落さんの人格は自分たちの中へと戻ってきた。


 本来なら戻ってきたことを喜んだり、明日見さんと青谷君の記憶が消えてしまうことを悲しむシーンだ。

 しかし、明日見さんと青谷の人格が唇を重ねたまま消えてしまい、そしてそのままの状況で自分たちの体へと戻ってきてしまった僕たちは、唇にお互いの唇の感触を感じ、そして焦って距離を取った。


「ごっ、ごめん!?」 

「わっ、私のほうこそ--」

 

 そして僕たちは視線を逸らし、数秒間無言になってしまう。

 ドーム内は大歓声に包まれているというのに、僕の耳にはそんな歓声は届かず、時間が止まってしまったような感覚に陥った。


 周囲は僕と栗花落さんがキスをしていたことなんて気付いていないので、今僕が気にしなければならないのは栗花落さんとのことだけ。


 本来なら栗花落さんが無事に自分の体に戻ってきたことを喜んで、勢いで抱きついてしまいたいところなのだが、今のキスのせいでそうするんけにもいかなかった。


「……とりあえず出るか」

「……そうね」


 このままでは気まずい雰囲気をどうすることもできないと、僕たちはドームを出ることにした。




 ◆◇




 ドームを出た僕たちはそのまま帰宅するのではなく、自宅からほど近い公園へとやってきた。


 ここまでほとんど会話はなく、公園にやってきたはいいもののどう話を切り出していいのかわからない。


 ……いや、ようやく栗花落さんの人格が元の体に戻ってきたのだから、気まずいだなんて考えているのは勿体無いな。

 下手をすれば二度と会話をできないかもしれないと思っていた栗花落さんが、こうして再び僕の前に戻ってきてくれたのだから、気まずさなんて気にせず会話をしないと。


「……栗花落さん、さっきのはその、事故みたいなものだから許してほしい」

「べっ、別に怒ってないっ……。その、ちょっと恥ずかしかっただけで……」


 暗くてよく見えないが、栗花落さんの表情は赤らんでいるように見えた。


「……ならよかった。……明日見さんの記憶はまだ残ってるか?」

「ええ。でも、少しずつ消えていってる気がする。寝て、明日目を覚ましたら全部消えちゃっていそうな、そんな感じがするわ」

「僕も同じ感じだ。今はまだ確かに青谷君の記憶が残ってるけど、明日には忘れていそうな気がする」


 もしかしたら明日見さんと青谷君が満足して成仏したとしても、その記憶は僕たちの中に残り続けるのではないかと考えていた。

 しかし、やはり前世の記憶というのは消えてしまうものらしく、僕の頭の中から青谷君の記憶が消えていくような感覚を覚えており、それは栗花落さんも同様だった。


「……寂しいわね」

「……そうだな。でもこれが僕たちが望んだ道であり、こうあるべき本来の姿なんだ」

「……そうね。明日見さんたちの分も、精一杯生きなきゃ」

「だな」


 栗花落さんの言う通り、今の僕たちにできることは生涯を全うできなかった明日見さんと青谷君のために、自分の人生を精一杯生きることだ。


「……ねぇ、いつまで栗花落さんって呼んでるの?」

「……へ?」

「あのときは……ホテルでは千吏って呼んでくれたじゃない」


 栗花落さんにそう言われ、栗花落さんと泊まりに行ったホテルで栗花落さんのことを千吏と名前で呼んだのを思い出した。

 僕が記憶を思い出したのも、栗花落さんのことを千吏って呼んだからだったな。


「あのときは名前を呼んだタイミングで青谷君の記憶が戻って、私の人格も明日見さんに入れ替わっちゃったからそれ以降名前で呼ぶことはできなかっただろうけど……今ならもう、好きなだけ名前で呼べるわよ?」


 好きでもない男子に名前を呼ばれるなんて気持ち悪いと思われるんじゃないかとか、名前で呼ぶのが恥ずかしいとか、陰キャの僕ならそんなことを考える状況なのかもしれない。


 しかし、明日見さんが言っていたことが本当なら、栗花落さんは僕のことが--。


 それに、僕はあのとき酷く後悔したんだ。


 もう栗花落さんのことを名前で呼ぶことはできないかもしれない、それならもっと早く栗花落さんのことを名前で呼んでおけばよかった、と。


 だから、栗花落さんのことを苗字ではなく名前で呼ぶことには何の躊躇いもなかった。


「……千吏」

「……なぁに? 彩理」

「--っ」


 自分が千吏のことを名前で呼ぶことに躊躇いはなかったが、千吏が僕のことを彩理と名前で呼ぶとは思っておらず、一気に顔の温度が上がる。


 千吏や篠塚、加賀崎さんと一緒に過ごすようになってコミュ力は上がったと思っていた僕だったが、やはり根っこの部分では陰キャが抜けきっていないようだ。

 陽キャなら名前を呼ばれるくらいで顔を赤らめたりはしないだろう。


「千吏、僕は千吏とずっと一緒にいたい。前世でも一緒にいて、今世でも一緒にいて、そしてまた来世も、そのまた来世もずっと一緒にいたいんだ。だから--。僕の彼女になってくれないか?」


 来世も一緒にいてくれとお願いするのだから、これはもはや告白ではなくプロポーズなのではないかと考えどのような言葉を伝えるのか悩んだ。


 でも、僕たちは明日見さんと青谷君が過ごすことができなかった人生を、順序を飛ばすことなく噛み締めながら生きていかなければならない。


 だから、僕は気持ちはプロポーズではあったものの、プロポーズではなく告白を選んだ。


「……来世でも一緒になれる確率なんて相当低いわよ?」

「確率で言えばな。でも今の僕なら、僕たちにならできる」

「……ふふっ。そこまで言い切ってくれるとはね。流石に来世も一緒にいるのは難しいんじゃないかって思ってたけど、彩理の言葉を聞いたら行けるって思っちゃった」


 もう言葉を聞く必要なんて無いほどに、千吏の柔らかい表情は僕の告白に対する答えを物語っていた。


 それでも、千吏はしっかり言葉にする--。


「私もずっと彩理と一緒にいたい。今世も来世もよろしくね」


 来世も一緒になれる確証なんて無いし、一緒になったところで僕たちの人格がどうなっているのかなんて知る由もない。


 とはいえ、前世の僕たち--明日見さんと青谷君だって来世も一緒にいたいと願い、そしてそれは現実となった。


 不可能に見えるかもしれない。確率はあまりにも低いかもしれない。

 それでも、大切なのはそんな確率めいた話ではなく、一緒にいたいという気持ち--相手のことを大切だと思う気持ちなのだ。


 もう来世の僕に期待するなんて他力本願なことは思わない。


 僕自身の、僕たち自身力で来世も一緒になることができるように、お互いのことを大切に、大事に、愛おしく、尊く想うのだ。












 〜陰キャの僕の前世の彼女はどうやら学校1の超絶美少女だったらしい〜


 完

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陰キャの僕の前世の彼女はどうやら学校1の超絶美少女だったらしい 穂村大樹(ほむら だいじゅ) @homhom_d

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