考えさせられてばっかだな
今日も異世界はバカみたいに天気がいい。たまの雨こそあるが、基本的には絵に描いたような青空が広がってる。
事務所の屋上、煙草をくわえて火を点ける。いつもなら気分良く煙をふかすところだが、今はなんとなくそんな気になれない。
ジアルガの野郎には、つくづくイラつかされる。さんざん騒いで引っ掻き回して、挙げ句の果てには、俺にちょっとしたささくれまで作っていきやがった。
「なんでアイツ、あんな余計な話までしてったんだろうな」
柵に身体を預け、くわえ煙草でそう呟くと、デッキチェアで寝転んでたカツはサングラスを俺に向ける。
「そんなの、兄貴だって本当は分かってるでしょ。俺にも覚えがありますし」
「……まぁな」
ふうっとついた溜め息と一緒に、吐き出した紫煙が薄くなってく。
俺と出会う前のカツが、そして
……いや。言葉の通じない魔物を束ね、それでいて魔王にも信頼されてるわけでもなく、たった一人で種族の行く末を背負ってたんだ。俺らが知ってる感覚なんざ、アイツの何十分の一もないんだろう。
これは勝手な憶測だが、シンプルな疑問でしかなかった『お前、何者なんだよ』は、久しぶりに自分に向けられた興味だったのかもしれない。
それが嬉しいかどうかは別としても、他人に「見てもらえた」「知ってもらってる」って分かった瞬間ってのは、視界が開けた気がするもんだ。つい口が軽くなっちまったのも、なんとなくだが分からなくもない。
「アイツ、どうするんですかね」
「どうもしねぇだろ、多分」
つまらなさそうな顔をするカツの質問を、バッサリ切って捨てる。
俺らと出会ったからと言って、アイツの置かれた立場や状況が変わるわけじゃない。自分が大切にしているものの為に、これからもやりたくないことを延々と繰り返してくんだろう。たいていの人間がそうしてるようにだ。
もっとも、ヤクザとしてしか生きられない俺らよりはだいぶマシだが。
「しつこいヤツだからな。懲りずにどうせまた襲ってくんだろ」
「……また来るといいですね」
「襲撃待ち望むバカがどこにいんだよ」
やっぱりつまらなさそうなカツの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でる。
「おら、いつまでもシケた
今回の報酬は、いつになく分かりやすかった。
土壁と濠が、それぞれ温泉までを囲いきる形で延長されてる。それと同時に、町の出入り口がいつの間にか北側に変わってた。
濠の先を遮るような形で温泉が湧き出てたから、この変化は地味だがありがたい。ちょいちょい出入りするフェリダたちは勿論、ダロキンとこの馬車が来ても邪魔にはならない。そして。
「おう、元気そうじゃねぇか」
「あらやだもぉー!『とんでもなくイイ男が歩いてくるわ、どこの俳優さんかしら』なんて思ってたらカガリちゃんじゃないの!無理やりリデちゃんに起こされた甲斐があったわ、本当に早起きって得しちゃうのねー……それにしても、偶然を装って待ち伏せてるだなんて……そんなにアタシが気になるんなら、やっぱりこの際入籍してみちゃう?って言うかまずは同棲から?」
「ママ、アイドリングって知ってっか」
勝手に喋り倒した後、ピャーッと吸い笑ったのは麗美ママだ。迎えに行ったリデリンドと一緒に、温泉へと向かってる。
「すまねぇな。店を繁盛させんのはまだ先になりそうだ……あと薬なんだがよ」
「いいのよぉ、そんなの気にしないで」
俺の頬を両手で挟んだ後、麗美ママはクリクリした黒目を向けてくる。
「カガリちゃん、色々大変だったんでしょお?道中でリデちゃんに聞いたわ。その気持ちだけで充分」
「……そんなもんかね」
「って言いたいところだけど、温泉には絶対に入りたいわよねー!ついこないだ湧いたばっかりの温泉に入るチャンスなんて、普通に生きてたら絶対に来ないもの!やーだぁーもぉ楽しみー!」
満面の笑みで駆け出したママは、突っ立ってた俺にクルリと振り返ると、両手をぶんぶん振る。
「カガリちゃーん!ありがとぉー!」
「ったく……そんなにデカい声出さなくても聞こえてるってんだ」
小さく手を上げた俺の隣に、リデリンドが楽しそうに笑いながら、ゆっくり並ぶ。
「大げさにはしゃいでらっしゃいますけど……麗美ママ様、最初は泣いてらしたんですよ」
「通風、そんなにマズいのか」
思わずぎょっとすると、リデリンドは小さく首を横に振る。
「違います。カガリ様が力を尽くしてくれたことが嬉しかったのです、きっと」
「待て待て、俺ぁなんもしてねぇぞ」
口をついた言葉通りだった。
やれることを足りない頭で考えてみた結果、どうにかダロキンの
「それでも、自分の為に誰かがなにかをしてくれるのは嬉しいものですよ」
「……ま、そんならなによりか」
ジアルガの横顔がチラッと頭をよぎって、なんだか居心地が悪い。わけもなくポケットに手を突っ込む。
「にしても、ただでさえ気に入られてるってのにな……このまんまじゃ、マジでお付き合いさせられちまいそうだ」
「それは困ります!」
いきなりデカい声を上げたリデリンドに、自分の目が丸くなってるのが分かった。落ちかけた煙草を慌ててくわえ直す。
「急にどした、おい。なんでお前が困るんだよ」
「あ、あのその、それは……いえ、こっちの話と言いますか、私個人のと言い……ますか……」
「相変わらず歯切れが悪ぃな」
うつむいてるリデリンド相手に、つい苦笑いする。
たまにしどろもどろになることがあるが、いつ見てもおかしなクセだ。
そう言えば……と、「おかしな」で思い出したことがある。
「ジアルガの話、全部聞いてたか」
「いえ……途中で意識を失ってしまったので」
「湯あたりかよ。今度入る時はきちんと気ぃ付けろよ」
なんとなく顔が赤いリデリンドを相手に、ジアルガの明かした話をひと通りしてみる。
「ってわけで、アリズエーラのエルフは、魔法で消されちゃいるが死んじまったわけじゃねぇらしい」
「そう……なのですね……嬉しい……」
そう。俺には、この「魔法で消された」ってのが、「死んじまった」と同じことのように思えてる。だからあの時も、頭のどこかで「おかしなことを言うな」と思ってた。
そして、そこを理解できていないのは、どうやら俺だけじゃないらしい。
言葉でこそ喜んでみせたリデリンドだが、表情は浮かないままだ。
「……やっぱりあれか?魔法で消されちまってるからには、なんかしらの魔法で姿を現すってことになんのか?」
「……正直、私には分かりかねます。確かに、火と水、土と風といった相反する精霊の力を合わせると、お互いの力は相殺されます。このように」
そこまで言うと、リデリンドは小声でなにかを唱えた。ほどなく作り出された右手の火の玉と、左手の水の柱、それぞれをゆっくり近付ける。
両方の掌に挟まれたふたつの魔法は、真ん中でギュウと窮屈そうな形になったかと思った途端、なにもなかったようにパッと消えちまった。
「なるほどな」
「ですが通常、相殺はただの相殺のはずです。そこに生き物がいたからといって、巻き込まれて消えるなどというのは、見たことも聞いたこともありません」
「アイツ……出任せ言いやがったのか」
腹を立てかけた俺の顔色を、リデリンドはすぐさま察してる。
「それも違うと思います。そもそも、光と闇の精霊は
「……その二つの精霊の相殺じゃなけりゃ、消えたりしねぇってことか」
「えぇ。そして、消えた者が再び現れるのも、その二つの精霊が深く関わっているはずです」
「なんだよあのバカ、期待させやがって。結局八方塞がりじゃねぇか」
リデリンドの仮説に、つい舌打ちが出ちまう。
想像上のジアルガが、マントをはためかせて笑ってやがるのが、またいちいちイラついてかなわない。
「そうとも限りません。充分に魔法の研鑽を積まれた方なら、光と闇の精霊に頼らずとも、打開策を見出だせるのかもしれませんし」
「それも仮説だろ?大体、どこにそんな賢者さまがいらっしゃるってんだ?」
思わず語気が荒くなった、その時。
『追加報酬です』
すっかり聞き慣れた宣告と同時に、ペリペリとめくれた空間から、アゴ髭を生やした男が転がり出てきた。
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