四人総出で相手してやるぜ

「カガリ様、あの虫がファイアフライです」


 リデリンドが指した先には、黒い羽根を広げた虫がいくつも飛んでいた。ガキの頃、一度だけ行った田舎の爺ちゃんちを思い出す。


「驚いたな。蛍じゃねぇか」

「まぁ、カガリ様の世界にも同じ虫が?」

「あぁ。もっとも、あんなバレーボールほどの大きさじゃねぇがな。あれ、尻が光るだろ?」

「良くご存知ですね、その通りです。あ、ほら」


 フヨフヨと浮かびながら、ファイアフライは尻からゴウと爆炎を上げる。


「俺が知ってるヤツじゃなかったわ」

「では民家を次々焼いたりも?」

「しねぇな、絶対に」


 じわりと痛んできた頭に顔をしかめていると、カツが不思議そうに尋ねる。


「家を焼いたりする虫を食べてくれるんなら、ハーピーも悪いばかりじゃないってことですか?」

「好物とは言うたが、ハーピーはあれらを食らうわけではないんじゃ」


 ボージーがそう言った矢先、一匹のハーピーが音もなく滑空すると、足の爪でファイアフライを捕まえた。そのまま容赦なく、ぐしゃりと握り潰す。


「うわ……グロ」

「問題はここからだの」


 ギャアと鳴いた後、ハーピーは潰れたファイアフライをぽとりとアスファルトの上に投げ捨てた。直後、大きな音を立てて死骸が炎上する。


「奴ら、ああして悪戯にファイアフライを潰しては、辺りを火の海に変えてしまうんじゃ」

「大問題じゃねぇかバカヤロウ!」

「心底すまんッ!」


 思わずボージーの頭に拳骨をくれた俺の腕を、リデリンドが掴む。


「お気持ちはごもっともですが、ファイアフライはさほど問題ではありません。敵意もありませんし、いずれ、どこへなりとも飛び去って行くはずですから」

「……ってことは、やっぱりハーピーを撃退すれば済むんですよね」


 もっともらしく腕を組んだカツは、顔を上げた。


「話が早くて良いじゃないですか。ちゃちゃっと終わらせちゃいましょうよ」

「……分かってるよ」


 とは言え、面倒なのに変わりはない。




 先頭は俺とカツ、後ろにリデリンドとボージー。なんとなく隊列を組んで、一歩、また一歩と近づいていく。

 グエグエと汚い声を上げながら、ハーピー達はこっちをじっと見下ろしている。予想に反して、飛びかかってくる気配はない。


「……来ませんね」


 鉄パイプを構えたまま、カツはキョロキョロと忙しい。気合を入れた手前、俺も少し拍子抜けしていた。


「どうなってんだ」

「恐らく、四人の中で誰がもっとも弱い個体か、様子を見ているのです」


 そう返したリデリンドの横顔は、今まで見たことがないほど険しい。


「品定めでもしてるつもりかよ」

「左様。独りに狙いを絞るのが、奴らの狩りよ」

「さしずめ、俺らは獲物ってところか」


 ボージーにそう言われて改めて見ると、ハーピー達は顔をせわしなく動かして、ギャアだのグエェだのと鳴いている。確かに、何かの相談でもしているように見えた。


「……舐めやがって」


 俺の言葉の意味が分かっているかのように、ハーピー達が一斉にけたたましく鳴く。勘弁してくれ、ただでさえ頭が痛いってのに。


「き、来ます!」


 リデリンドの声が緊張で上ずる。群れの中、大きく羽ばたいた三匹が、根性の曲がった顔で飛来してきた。


「ふんぬ!」


 眼の前で爪を突き出した先頭の一匹を、ボージーが上から下に思い切り殴りつけた。ゴキンと嫌な音がして、アスファルトに叩きつけられたハーピーが崩れていく。

 まずは一匹。そう言いたいところだが、俺はボージーの手元に釘付けになっていた。


「ボージー、お前……それ」

「そこにあったのでな。柄が平たいのは変わっとるが、なかなか悪くない戦槌ハンマーだの」


 逆さにしたバス停を肩に担ぎ、ヒゲだらけの顔でボージーは頼もしく笑う。その様子を見たカツはカツで、場違い極まりなく嬉しそうに叫んだ。


「スゲー!やっぱりドワーフ、力持ちなんですね!」

「ほっほっほ、この程度どうということもないわい」

「ボージー、お前は後で説教だ」

「……ほ?」


 バカ二人を前に溜め息しか出てこない。街を守る為に撃退してるってのに、バス停なんて使いやがって。壊れでもしたらどうすんだ。


 仲間をやられたハーピー達の鳴き声が変わった。この世界に来たばかりの俺でも、それが怒りを表していることは分かる。

 上空で大きく旋回した一匹が、勢いを付けて滑空してきた。


「シルフよ、力を!緑風の刃!」


 次はリデリンドの番だ。

 突き出した両手の周りに、見たことのない文字がいくつも浮かんでは消える。彼女を包むように巻き起こった風は、やがて空中へと凄まじい速さで飛んだ。

 鋭い風の刃に射抜かれ、ハーピーは何も出来ないままボロッと崩れ去っていく。


「たいしたもんだ。どんどんやってくれよ」

「そうはいかないのです、精霊魔法は続けて撃てませんから。それよりも、」


 リデリンドは気を緩めない。


「どうやら狙いは決まったようですね」


 立て続けに二匹をやられ、残る一羽は上空高くに舞い上がった。大きく翼を動かしながら、グエエと喉を鳴らす。

 その声に応えるように一斉に鳴いたハーピー達は、次々と屋根を蹴って飛び始めた。上空で大きく円を描きながら、そのうちの数匹がカツ目がけて急降下する。



 筋肉ダルマのドワーフ、精霊魔法を使えるエルフ。残る二人のうち、カツは鉄パイプ。素手の俺が狙われてもおかしくない場面に思える。

 だが仮に俺がハーピーでも、狙うのはカツだ。一番若く、まだ経験の浅いヤツを総出で、そして全力で叩く。


 暴力ってのは恐怖を植え付ける。一人が大勢に寄ってたかってやられる様は、それを見ているヤツも震え上がらせ、足をすくませる力を持ってる。もしハーピーがそれを分かってやってるんだったら、魔物もなかなかバカには出来ない。


 ただ、相手が悪かったな。



「よいしょ!」


 鷲掴みにしようと突き出された爪を、カツは鉄パイプで薙ぎ払った。バランスを崩したその脇腹を思い切り蹴飛ばし、落ちたところに容赦なく鉄パイプを振り下ろす。


「からの……後ろ!」


 背中から迫った鉤爪には、回し蹴りからの鉄パイプフルスイング。


「おぉら、来いよ!」


 頭を潰されたハーピーが崩れる間も、カツはじっとしていない。

 わざと大きく鉄パイプを振り回すと、一番怯んだ一匹に狙いを定めて、助走からの飛び蹴りを食らわせた。馬乗りになり、髪を掴んでアスファルトに叩きつける。


 文字通り、生き生きと跳び回り続けるカツに、リデリンドとボージーの口は開きっぱなしだった。まぁそうなるだろうな。


「……カツ様は、ハーピーと戦った経験がおありなのですか?」

「ねぇよ」

「では、あれは天性の強さかの?」

「知らねぇ。ただ、生粋の喧嘩バカなのは確かだ」


 そして、カツが負けたところを俺は見たことがない。


「……さてと。俺も加勢してくるわ」


 言うが早いか、カツに群がるハーピーの中に駆け込むと、堅く握った拳を一匹の顔面に打ちつけた。数匹を巻き込んで転がったそいつは、立ち上がることなく灰になって崩れていく。

 背中を合わせると、カツがニコニコと俺を見てきた。


「二人で喧嘩してると思い出しますね、魑魅泥ちみどろ一家のヤツらと揉めた時の!」

「あぁ、あの中華街のか」

「そうです、二対六十の!あの時の兄貴、格好良かったなぁー……」

「今はもう格好良くねぇみたいな物言いだな」


 他愛もない話に花を咲かせながら、ハーピーを次々蹴散らす。

 ほどなくして、更に駆け寄ってくる足音がした。何かが爆発したのかと思うような音がして、二匹のハーピーが高く吹っ飛んでいく。


「わしも加勢するぞ、一気に畳みかけるんじゃ!」

「うわ危なっ!!そんなもん近くで振り回さないで下さいよ、俺らが死んじゃうって!」

「私はここから逃げそうなハーピーを狙い撃ちします、皆さん頑張って!」

「いやリデリンド、まずボージーからバス停取り上げろよ!」



 どちらかと言えばボージーに手を焼いた気がしなくもないが、こうして俺たちは無事ハーピーの討伐に成功した。

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