Chapter2 プラネタリウムは可逆的に融合する

Episode4 コックピットはマッサージチェア

■■■ お読みいただく前の注意点 ■■■

このお話にはコンピューター関連用語が多数使用されています。

詳しくは紹介文に記載しましたが、良くわからない説明を主人公の陽翔君は聞き流しています。読者の皆さんも、陽翔君と一緒にぜひぜひ聞き流してください。

話の内容には影響を受けません。

■■■      ■■■      ■■■




 秘密基地プラネタリウムの朝は小鳥の鳴き声で始まる。


 陽翔はるとは寝ぼけまなこで明るい方向を見た。

 木の枝にたくさんの小鳥がとまっている。


「あれ? ここどこ?」



 朝日が眩しい。



 起きたばかりの陽翔は自分の置かれている状況が理解できていなかった。

 ごろりと、寝返りを打つ、……うてない。

 モフモフの毛玉がピッタリと陽翔はるとにくっついていた。

 肌に心地よくあたたかい。


 その感触でだんだん昨日の事を思い出した。

 感覚が戻ってくると、腕がじんじん痺れている。



「ココア、ごめん。あたま、ちょっと、どかして……」



 腕をさすりながら寝返りで方向を変えた。

 どうにも痺れが取れなくて、悶絶しながら起き上がる。

 体がガチガチだ。


 昨夜は気付かなかったが、窓にカーテンが無い。

 どおりで眩しいはずだ。


 


 掃き出し窓を開けると朝の空気が部屋に流れ込み、ビルとビルの隙間から朝日が見える。


 伸びをしながらベランダに出た。


 広いベランダは筒状の建物の外周をぐるりと一周している。

 南に向かって歩くとリビングに着いた。

 その部分だけデッキのように広くなっていて、端のほうに鉄骨の階段がある。


「屋上はどうなっているのかな?」


 好奇心が我慢できず上ってみた。

 見晴らしの良いとは言い難いが、それなりに快適な屋上につながっている。

 ココアも後を着いて来た。







 プラネタリウムとして営業していた頃は、星空の観察場所だったのだろう。

 望遠鏡が設置されていた跡があり、落下防止用の柵も整備されている。ベンチも何台か残されていた。




 それなりに広いスペースがあり、ココアが嬉しそうに小走りしている。

 無邪気な感じが可愛い。

 はしゃぐココアの爪がコンクリートに当たり、カチカチ音がした。

 痛くないのか心配になる。


「良いこと思いついた」


 人工芝を敷き詰めて、ここでココアと遊ぼう。

 そのくらいのお金だったら、ノアから預かったカードで購入しても問題ないだろう。そう考えると、低迷していた気分が少し盛り上がってきた。


「ココア」


 名前を呼ぶと、最初は耳だけ陽翔はるとのほうに向ける。

 次は顔。パタパタ忙しく尻尾を振り、一目散に駆けてきた。


 真っすぐ陽翔はるとを見上げる瞳は天使かと思うくらいキラキラしている。

 その上、きちんとお座りをしていた。



「ココアが居てくれて本当によかったよ。ありがとう」


「わん」


 今の「わん」にはハートがいっぱい飛んでいた。

 思わず、頬が緩む。


 被験体というのは、どんな扱いを受けるか陽翔はるとにはわからない。


 ノアはココアを大切にしているが、世話をするには限界があると思う。

 林の家ではペットを飼ったことは無いので、一緒に暮らす方法を調べようと思った。


「ココア。ノアのところに行こうか?」


「わん」


 まるで、行きたいって言っているようだ。

 陽翔はるとにとって、ノアも他人の気がしない。

 これは多分、確信に近い直感。








 スタジオのドアを開けると、昨日と同様に南の島が広がっていた。


 室内とは思えないくらい広がりのある風景。

 風が通り、潮の香りがした。

 仕組みはどうなっているのだろう。





 ノアは目を閉じて、ウッドデッキのバンキングチェアーに揺られている。

 陽翔はるとは、砂と波の感触を楽しみながら海遊びをする。

 濡れないし、砂だらけにもならなかった。


 すべては、錯覚だと分かっていても楽しい。




 「陽翔はると」とノアが呼ぶ。

 ノアは真っ黒な瞳を開き、不敵な感じで微笑んだ。



「シアンのサーバーのハッキングに成功した。今から侵入しよう。サーチは知り合いのAIに同調してくれるように頼んだから追跡を免れたけれど、このままネットの世界に入ったら、すぐに捕まってしまう」


「うん、すぐ行こう。今行こう」

「まったく話を聞く気はないな」


 陽翔はるとは前のめりになる。

 ハッキングやサーチと言われても見当も付かないが、膠着状態こうちゃくじょうたいから一歩前に進めることは確かだ。



「ココアの生体信号は、ファイルを転送して、情報を書き換えることはできたが、オレは駄目だった。だから、一緒に行ってくれないか? 陽翔はるとと融合すれば別人になりすませる」


 いつのまにかココアがENABMDイネーブミッドを咥えていた。

 自分にも装着してほしいと陽翔はるとにおねだりする。



「ココアも一緒に行くの?」

「わん」

「そうだな、陽翔はると。ココアと一緒にフルダイブ、よろしくな」



 玄関の白いドアが開く。

 そこには、観覧車のワゴンみたいな乗り物が設置されていた。

 木のボードが横板張りされていて、釘が打たれているような感じだった。


 穴でも開いているのか、継ぎ板が当ててある。

 こんなので大丈夫なのかと陽翔はるとは不安になった。




陽翔はると、馬鹿だな。ここはAR空間だよ。Full DiveフルダイブSpheriumスペハリウム(フルダイブ用球体空間)が、木製マシンに見えるのだって、インテリアに合わせてお洒落にしているだけに決まっているだろう。近代的なほうが好みならこうすればいいのか?」


 今度は丸いミラーボールのようになった。

 そういう事だよね。

 ここの電源を切らなければ本当のマシンの姿はわからない。


「性能は問題無いの?」

「さあな。融合は可逆的かぎゃくてきなので元には戻れる。人間の実験で失敗したことは、まだ無いな」

「失敗したらどうなるの?」

「オレの叡智えいちを集結して必ず元に戻してやる」

「なんの保証も無いって事? やだよ。怖いよ」

「ココアにできて陽翔はるとにできないのか? ほら見て、ココアはスタンバイOKだって」


 ココアはすでに体に合わせてくり抜かれているような装置にハマってふせをしていた。


 陽翔はるとも意を決し、ENABMDイネーブミッドを頭に装着する。



陽翔はるともそこに座って、楽にしていればいいから。それは、ただの椅子で、体を保護するだけのものだよ。普通のベッドで代用可能」

「じゃ、なんでこんなのに座らせるの!」

「まあまあ、いいから座って」


 中はびっくりするくらい広かった。


 SF映画のコックピットのように、レザーの椅子が複数台ほど並んでいる。

 なんというか、電気屋さんで売られている、最新式のマッサージチェアに似ていた。


 座れと言われても、すぐ座れるほど陽翔はるとは心臓の強いタイプでは無い。


 ノアはつま先でコツコツ床を叩いている。


 案外短気だ。AIっぽくない。



「やっとの思いでセキュリティ・ホールをみつけた。塞がれたら、もう侵入できないかもしれない。陽翔はると、急いで」


 ここは根性だ。怖くないと言ったらうそになるけど、シアンに会って不満の一つでも言ってやらねば、気が収まらない。


 決死の覚悟で、一番手前のマッサージチェア、もとい、コックピットに座った。






 ---続く---



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