第8話 「デートに誘ってみました!」

『王子さまとデートしたいなぁ』


 いつものように「泥沼な恋の配信」チャンネルから動画配信で「王子さま」と両想いになれたら……なんて語っていたレンが、突然ボソリと言い出した。


「姫様、突然どうした?」

『だってさ』


 口をとがらせ、拗ねたようにレンがつぶやいた。


『友達にはなれたけど……友達は結局友達だもん』

「贅沢言うな。中学時代は会話も挨拶も出来ずにさんざんのたうち回っておったろうが」

『そ……それはそうだけど』


 動画視聴者のお叱りに凹んだレンだったけど「でも、友達じゃダメなんだ。彼女に……恋人になりたいの!」と、絞り出すように言った。


「告白すればいいじゃん」

『出来るもんならとっくにやってますっ!』


 開き直ったように顎をツンと上げたレンだったが、すぐにべしゃっとテーブルの上に潰れた。


『だって、告白してゴメンって言われたらもう友達に戻れないのよ。私の人生は消化試合に突入しちゃう。言える訳ないじゃない。でも友達のままじゃ辛い……』


「焦ってもしょうがないだろ。友達にレベルアップしてまだ間もないだろ? 恋人に昇格するにはそれなりに互いを理解する時間が要るぜ」


 珍しく、真面目に誰かがコメントした。


『ありがとう。でも、じっくり時間を掛けて仲良くなっていられない。何年も王子さまのこと好きでいたのにこれ以上時間を掛けるなんて、もう無理なの』


 声は真剣で切実だった。いつもヤジばかり飛ばす動画視聴者たちもシンとなってしまった。


『だから、何とかして友達のラインから一歩踏み出したいの。そしたら王子さまだって私のこと意識してくれるんじゃないかって……』


 なるほど、その為にデートしたい訳か。ようやく納得いった。

 僕がユウジと遊んでも楽しいだけで何の気兼ねもいらないが、もし女の子と一緒に出掛けたり遊んだりすることになったらさすがに気を遣うだろう。

 そういうところで「レンは女の子ですよ、ただの友達じゃありません。どうか私を意識して下さい」と言葉なしに主張したい訳だ。


(いいなぁ……)


 泥沼レンは突飛な奇行で笑わせたり頭を抱えさせるけど、こんな純粋で可憐な気持ちを想い人へいつも向けている。

 そんなふうに想ってもらえる「王子さま」は本当に幸せな奴だ。いつか彼が気づいてくれて、二人が結ばれたらどんなに幸せなことかと思う。

 僕は今は特に恋をしたいとは思わないけど、その日が来たらきっと「いいなぁ、僕も誰かと恋をしたいなぁ」って思うんじゃないだろうか。


 でもレンが王子さまのものになってしまったら、やっぱりさびしい。僕は自分を少しも偽らない、そんなレンが好きだから……


 思わずため息をついた向こうで、レンはいつもの声に戻ると「そんな訳で、王子さまを上手にデートに誘う方法ってない? みんな知恵を分けてくれー!」と泣きついてきた。やれやれ。


「普通に誘えよ」

『断られたら私、しぬんですけど』

「じゃあ『断ったら私しぬから!』って前置きして」

『それじゃヤンデレじゃない! 王子さまに嫌われちゃう!』

「『幾ら払えばデートしてくれる?』って交渉するのは?」

『アカン、それは絶対アカン! 一番軽蔑される奴や!』


 レン、なぜ関西弁でツッコむ?

 それにしてもどいつもこいつも使えない。真面目に相談乗る気あんのか……


「冗談めかして何か賭けを持ちかけてみたらどうだろう」

『賭け?』


 僕が提案したらレンが反応した! 僕は興奮を抑えられないまま、続けて書き込む。


「体育の競技とかテストとか、クラスの催しでもいい、『私が勝ったらデートしましょう、負けたらアイスご馳走してあげる』とか……どうかな?」


 ベタな手だなとかコメントも入ってきたが。うるさい、ベタとか言うなら他に何かいい手を考えろよ!

 レンはウウムという顔で考え込んだ。


『ええと、貴方は「ケンティ」くん、ね。いい案をありがとう!』


 すごい、レンが僕のアカウント名を覚えてくれた!

 たまに反応してくれる時もあったけど名前を知ってくれたことが僕には飛び上がるほど嬉しかった。

 だけど……


『でもさ、これって結局、条件付きでデートに誘ってるのよね……』


 う……よく考えてみたらそうだった。

 でも、レンは「いや、そこは何かうまく隠す手があると思うわ。ちょっと考えてみるね!」と目を輝かせていた。

 ありがちだけど僕の思いつき、レンの役に立つといいな……

 その後、話題は先日のズタボロだった「家康の野望」プレイの反省会になり……いや、正確には反省会などというものではなかった。

 レンから「みんながアドバイスしてくれないから負けた」「お前らのせい」「ぜったい許さない」という逆ギレ風の恨み節が延々と続き、みんなから「まぁまぁ」と笑いながら宥められていた。


「またやろうよ。今度は今川氏真で」

『レンに天下統一させてやろうなんて気持ち、みんな最初っからないでしょ!』


 そんなフリートークで楽しい笑いのひとときを過ごし、その夜の配信は終了したけど、僕にとってはレンが「僕」という存在を心に留めてくれたことが何より嬉しかった。

 レンには好きな人がいるから僕の想いは叶わないけれど、それは承知の上で好きになってしまったんだから……


 翌日。


 学校で僕はため息をついていた。

 高校生というと恋だ友情だ、文化祭だ体育祭だ、部活で青春の汗を流し、お昼の購買部は戦争だぜうぉぉー! なノリを想像する人が多いと思うが実際は違う。

 高校を卒業して社会へ進む人にはその準備をこの三年間でしなければならないし、僕のように進学を考えている人は今からコツコツと学識を積んでゆかねばならない。それを測るイベント、要するに中間試験が近づいてきたんだ。


(レンも恋にばっかり夢中にになっていられないだろうな)

(僕みたいに今ごろ「テストだ! うわぁぁぁ!」って頭を抱えてるかもなぁ)


 そんなことを思いながら僕は「そういや、ユウジ。放課後の図書館勉強会って今もやってるの?」と話しかけた。


「おお、宮鈴さんと週一か週二くらい行ってるよ」


 そう応えたユウジは急に声を潜めて「実は最近、宮鈴さんが家でやろうよって言いだしてな……」と弱ったように打ち明けた。

 うん、女の子が自宅に男の子を招くっていうのは「ただの友達」って範囲から踏み込んできてる訳だ。


「そうか、テストが近いから僕も勉強会に混ぜてもらおうかと思ったけどそれなら遠慮……」

「大歓迎だ。むしろお願いだから混ざってくれ!」


 そんな、地獄に仏みたいな顔で手を取らないでくれよ。第一、宮鈴さんがいい顔しないだろ。僕、無粋な邪魔者にはなりたくないし。


「大丈夫だ。そこは何とかするから……」


 情けない顔で笑ったユウジは、急に真顔になると僕に近づき、小声で告げた。


「ケント。宮鈴さんは『あの時』のあいつらみたいに人を利用するような女の子じゃない。そこは安心してくれ」

「……」


 僕は黙ってうなずいた。

 ユウジの人を見る目は確かだ。そして、僕が女の子が苦手になった「あの日」の事件のことを彼はいつも気にかけてくれている。

 ありがとう。


「だ、だから宮鈴さんのことは気にせずに勉強会、参加してくれよ!」

「……」


 思わずジト目であきれていると、上手いことに彼の背後から当人が現れた。


「私のことは気にせずにって何が?」

「うわぁぁぁぁ!」


 飛び上がったユウジはずり落ちそうな丸眼鏡を支えながら「いや、実はその……」とその場しのぎの言い訳を始めていた。なんか浮気を見つかった彼氏みたいだ。

 苦笑してその様子を眺めていると、僕の背後でも何やら小声で誰かが言い争っているのが聞こえてきた。


「キミちゃん、お願い! お願いします!」

「えーもーこんなメンドいの、もーやだぁ」

「そんなこと言わないでお願い! 放課後アイス奢ります!」

「りなちー、自分のことなんだからさー、自分でお願いしなよー」

「一生に一度のお願いだから!」

「この間もそう言ってたでしょ。アンタの一生って一体幾つあんのよ……」


 ブツブツ言いながら声の主、取島さんが僕の前にやって来た。


「おはよう、取島さん」

「おはよう、七島くん。もうすぐ中間試験ね」

「そうだね。今から頭が痛いよ」


 僕がボヤくと取島さんは苦笑したが、僕の背後を見てため息をつくと「実はね、七島くんと、ちょっと賭けをしたいのよ」と、妙なことを言い出した。


「賭け?」

「この間の模試でね、私、クラスの順位が七島くんの二つ後ろだったの」

「そ、そうだったんだ。それで?」

「今度の中間試験、もし私が勝ったら今度の掃除当番代わってくれない? 観たい映画があるんだけど放課後の掃除してたら間に合わないの」


 なんだ、そういうことか。


「賭けなんかしなくてもそういう事情なら代わってあげるよ。別にいいよ、掃除くらい」


 僕が笑いながら言うと、何故か取島さんは「いや、そこは勝負に乗ってよ!」とアタフタした。


「こ、こういうのがあってこそホラ! 試験勉強だって張り合いが出るじゃない!」

「そんなもんかな……」

「ちゃんと七島くんが勝った時の特典も用意してるのよ!」


 何か妙に必死な様子で取島さんが紙袋から僕の机に物を置きだした。うっ、これは……!


「カードゲーム『レコード・ストライカー』の超レアカード、『地獄の魔獣をもてあそぶ闇姫』!」

「ユウジくんからちょっと小耳に挟んだものでね。ふふっ」


 中学の頃、このカードゲームにメチャクチャハマっていた僕が欲しかったカードだ! 幾らパックを買っても当たらなくて泣く泣く諦めた幻のカードを前にして、さすがの僕も興奮した。


「ふふふ……どう? 賭けに乗ってみない?」


 僕は、陣宮寺さんみたいに頭をコクコクさせた。


「更に、これに学食のカレーランチ券と陣宮寺璃奈の一日デート券もおまけで付けてあげる!」


 スリットに納められたレアカードの横に黄色い学食券と陣宮寺さんのかわいいイラスト入りカードが並べられた。


「いや、さすがにもらい過ぎだよ。それに陣……」

「こ、これ全部セットだから!」


 どうやらレアカードだけじゃ駄目らしい。

 困惑しながらも僕がうなずくと、取島さんは満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ次の試験、お互い頑張ろうね!」

「お、おぅ」


 なんか、うなずかされた感あるけど……まぁいいか。試験勉強はどのみち頑張らなきゃいけないし。

 ……そう思っていると、デート券にさせられて途方に暮れているはずの陣宮寺さんが嬉しそうに頬を染め、僕の前でコブシをあげて応援した。


「ふぁ、ふぁいと……」


 そしてその翌週……

 中間試験は粛々と執り行われた。僕はレアカードが欲しくて勉強を頑張ったせいもあって、手ごたえはなかなか良かった。

 それはいいんだが陣宮寺さん、何やらウキウキしている様子だった。僕と目が合うと緊張もするけどニコッと笑いかけてくれる。もうすぐ嬉しいことが待っている、みたいな雰囲気だった。

 そういえば賭けに勝ったら取島さんは映画に行くと言っていたから、親友と一緒に行く約束をしているんだろうな。

 そして、試験の結果を掲示板に見に行った僕が見たものは……


「ま、負けた……」


 僕の成績は前回より良く、クラス中の順位も一二位まで上がったのだけど、取島さんは一〇位だった。

 レアカード、もらいそこなったなぁ。まぁいいや。成績は上がったんだし悪いことはない。

 そう頭を切り替えると、近くで掲示板を見上げている取島さんへ「見事に勝ったね、おめでとう!」と祝福した。


「……」


 取島さんは何故かぼう然となっていた。僕に勝った上、クラスのトップテンに名を連ねたのが信じられないみたいで「まさか、そんな……」とつぶやいている。


「おめでとう……じゃあ約束通り、今度掃除当番代わるからね」

「……」

「取島さん、嬉しくないの?」


 取島さんは僕に向かって何か言おうとしていたが、僕の背後を見て「ひぃぃぃ!」と悲鳴をあげた。

 なんだ? と思って振り返ると陣宮寺さんがいた。

 ただ……何か凄く怒っているみたいだ。憎しみに燃えているような目で取島さんを睨みつけている。

 これは一体……


「キミちゃん……これ、どういうこと?」

「ち、違うの! 私、そんなつもりじゃ……!」


 じりじりと後ずさりした取島さんは、突然クルリと後ろを向くと一目散に逃げ出した。

 その後を鬼みたいな顔をした陣宮寺さんがズンズン早歩きで追いかけてゆく。


「一体なにが……」


 僕はぼう然となって二人を見送るしかなかった。

 賭けは取島さんが勝ったのに、何故陣宮寺さんはあんなに怒っているんだろう……

 いくら考えても理由がサッパリ分からなかった。


 さらにその晩、いつものように泥沼レンの動画チャンネルを訪れると『せっかくのデートチャンスを……親友に裏切られました!』という配信タイトルに「ええっ!?」と驚かされた。


「一体何があったんだ!」


 なんか、あっちこっちで友情にヒビが入っているみたいだ。

 友達は大切にしなきゃな……

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