女神の嫉妬 その2

「ねぇ、アンタ最近あの天使って女とえらく仲が良いわね?」


 朝、登校中に陽菜が不機嫌そうな声で話しかけてきた。


 確かに最近の俺は天使さんと行動する事が多い。しかしそれは「仲が良い」…というより天使さんに下僕として良いようにこき使われているだけなのだが、彼女の眼にはそう映っているらしい。


 天使さんの人気取りを手伝っている件については当然「他言無用」との命令を承っているので、陽菜には適当にはぐらかして説明した。


「隣の席だからな。なんだかんだ言って話すんだよ。彼女転校してきたばっかで、まだよく分からない事も多いみたいだし」


「…それだけじゃないでしょ。アンタ最近はあの女とよくお昼一緒に食べてるじゃない」


「…よく知っているな」


 陽菜の言う通り、最近は作戦会議も兼ねて天使さんと一緒にお昼を取る事が多かった。


 だが彼女にそれがバレているとは思わなかった。なんだか自分の行動を監視されているみたいで、少し背中に寒気がする。


「もしあの女に好意を持っているのなら、やめておきなさい。あの女絶対に性悪よ。外見に騙されちゃダメ」


 合っている。


 天使さんは外見こそ天使のように可愛らしいが、内面は悪魔のように恐ろしい。


 やはり陽菜の方も天使さんの事を快く思っていなかったようだ。同族だからこそ分かるという奴だろうか。


「アンタにはあんな女よりもっと相応しい…アンタの事をずっと一途に想っている美人でスタイルの良い娘が近くにいるはずよ」


「そんなのいるわけねーだろ…」


 もし本当にそんな娘がいるのなら、俺はとっくの昔に彼女持ちになっているはずだ。ところが実際は彼女がいたどころかモテた記憶すらない。


 そんなのはラブコメ漫画やラノベの中にだけいる存在なのだ。現実にはいない。


「絶対いるって! だから…あの女に騙されないで」


 陽菜はまるで懇願するように、俺にそう言ってきた。


 いつもは強気でズカズカした物言いをするのに、ここまで弱弱しいのは珍しい。普段と違う彼女の様子に、少し調子が狂ってしまう。


「…分かった。俺は騙されんよ」


「本当に? 約束よ」


 ぶっちゃけた話。俺も天使さんの内面をすでに知ってしまっているので、彼女に恋愛的な感情を持つかと言われると、それは「ありえないかなぁ…」と言わざるを得ない。


 あくまで俺は天使さんの半裸を見てしまった贖罪として、彼女の人気取りを手伝っているだけなのだ。


「じゃあ、今日のお昼はあたしと一緒に食べなさい! その…弁当、作って来たから。…アンタの分も」


「えっ…陽菜が? 俺に弁当?」


「何よその反応…。幼馴染に弁当作るぐらい別にいいじゃない」


 まさに青天の霹靂。陽菜が俺に弁当を作って来るなんて、どういう風の吹き回しだと驚愕する。


 でもすぐに彼女が俺に弁当を作ってきた理由が頭に思い浮かび、納得した。


「ああ、なるほど。お前の好きな人に弁当を作る練習か」


「えっ…」


 陽菜が俺に弁当を作ってきた理由。それは本命に弁当を渡す練習だ。


 彼女にはずっと昔から好きな人がいる。その人にアタックするために弁当を作る事にしたのはいいが、いきなり渡すのは不安がある。


 俺はそのための毒見役…実験台という所だろう。


 陽菜は俺の答えに対し、どうしてか少し困惑したような表情をしていたが、すぐにいつもの表情に戻った。


「そ、そうよ! あたしが作ったんだから当然美味しいと思うけれど、念のためアンタに味見して欲しいの」


「でも味見くらいなら別に俺じゃなくても、他の仲の良い奴に頼めばよくないか?」


「お、男の人の意見が聞きたいのよ。男の子で仲が良いのアンタぐらいだし…」


 そう言われて、ふと思った。陽菜は同性異性問わず、人気もあって顔も広いが、特段仲の良い男子と言えば俺ぐらいだったりする。他は所詮クラスメイト・知り合いの域を出ない。


 …そういう事なら仕方ないか。幼馴染の恋路のために一肌脱ごう。


「分かった。感想を言えばいいんだな?」


「うん。だから今日はあたしと一緒にお昼を食べるわよ!」


 しかしながら…陽菜に天使さんとの密会がバレていたとは思わなかった。これからはバレないよう気を付けないといけないな。



○○〇



~another side 陽菜~



「陽菜っちさぁ…どうしてそこで『アンタのために作って来たの』って言えないの?」


「だって、そう言っちゃったらあたしがアイツに告白したみたいじゃない!」


「いい加減その変な意地張るのやめなよ。陽菜っちが素直になりさえすれば、もうとっくの昔に2人はくっ付いててもおかしくないんだから」


「それは嫌! 絶対にアイツから告白させてやるって決めてるの!」


 放課後、学校近くの喫茶店で2人の女生徒がダベっていた。


 1人は学校で「女神」と謳われる女子・卯那須陽菜。


 そしてもう1人は恰幅の良い…しかし心が広くて優しそうな女の子である。彼女の名前は御仏優みほとけゆう。陽菜とは中学校からの付き合いで、親友ともいえる女友達だ。


 陽菜は基本的に他の生徒たちの前では猫を被っているが、幼馴染の孝康と親友の優の前でだけは素の表情を見せていた。


 また、優には自分の好きな人の事についても話してあった。


 「最近、孝康が転校生とばっかりお昼食べてる!」と嫉妬していた陽菜に「弁当を作って、孝康をお昼に誘ってはどうか?」と提言したのも彼女だ。


 現在は今朝の出来事に対する愚痴を優に吐いている最中であった。優は陽菜の愚痴を呆れながら聞いていた。


「もうっ、本当に鈍感! あたしが好きな人はあいつだって散々匂わせてるのに! あいつは全然気が付かない!」


「それは陽菜っちが悪いよ。好きな人がいるって孝康君の前で嘘ついちゃったんだから。孝康君からしたら、その人のために弁当作ったんだって普通は思うよ」


 優も恋愛経験豊かな方ではない。だがその恋愛経験があまりない優でも言葉を失うぐらい、陽菜は恋愛面に対して不器用すぎるのだ。


 陽菜は自分からは告白せず、孝康から告白させたいという妙なこだわりがある。孝康が思いのほか鈍感な事もあり、2人は未だに結ばれずにいた。


「でもねでもね。あいつあたしの作った弁当を美味しいって食べてくれたの! もう胃袋は掴んだも同然ね!」


「…そう、良かったね」


 先ほどまで愚痴を吐いていたかと思いきや、今度はニヤケ顔で惚気話を始める。人によってはうんざりして席を立ち、そのまま帰ってもおかしくない案件だが、人の良い優は親友の話をジュースを飲みながら聞いていた。


 なんとなく店の窓から外を見る。ちょうど店の外の道を噂の転校生・天使亜久亜がテクテク歩いていた。下校中のようだ。


 同じく亜久亜の姿を確認した陽菜の表情が険しいものに変わる。


「あの女…あたしの孝康に馴れ馴れしく接して」


「まだ陽菜のじゃないけどね。でも孝康君と天使さん、なんか妙に仲良いよね。…孝康君もまんざらじゃないんじゃない?」


 このままだとラチがあかないと思った優は親友を煽る事にした。好きな人を盗られるかもしれないという危機感を与えなければ、彼女が改心する事は無いだろうと思ったのだ。


「それは大丈夫、ちゃんと今日念押ししたから! あの女は性悪だから近づくなって」


「そう? 天使さんて普通に良い子のように思うけど…。それに凄く可愛いし、スタイルも良い。孝康君も案外コロリとやられちゃうんじゃないかなぁ~?」

 

 自信満々だった陽菜の顔が一瞬で不安な顔つきに変わる。


「…ちょっと不安になってきた」


「そうならないために、陽菜っちのほうからドンドンアタックするのよ。例えば…」


 2人の女生徒はその後も喫茶店でガールズトークをしゃれこんでいた。



◇◇◇

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