天使と俺 そして女神の嫉妬

「よろしくお願いしますね。大神君♪」


「ああ、よろしく」


 天使さんにそう返答しつつ、1限の準備を始めた。1限は現国の授業だ。机の中から現国の教科書とノートを取り出し、教師が来るまで待機する。


 現国担当の教師が来るのを待っていると、天使さんが「チョンチョン」と俺の右腕をその綺麗な人差し指でつついてきた。


 何事かと、視線だけを向けて尋ねる。


「どうしたの?」


「大神君、実は教科書がまだ届いてないんです。申し訳ないんですけど見せてくれませんか?」


 何か手違いでもあったのだろうか。教科書が無いと授業を受けるどころの話ではないと思うので、俺はそれを快く承諾した。


「ああ、いいよ」


「ありがとうございます。じゃあ、机寄せますね」


 天使さんは素敵な笑顔エンジェリックスマイルを俺に見せ、机をこちらに寄せてくる。


 その際に何か視線のような物を感じて周りを見渡すと、教室中の男子の視線がこちらに集まっている事に気が付いた。


 男子のほとんどが羨ましそうな目でこちらを睨んでいる。鈴木などは目から悔し涙を流し、下唇を噛みしめているほどだ。


 おそらく俺が美少女転校生と机を合わせて勉強できるのが羨ましくて仕方がないのだろう。


 こちらとしては隣の席にたまたま座っていたから教科書を見せているだけなのに、そんな事でいちいち嫉妬されたらたまらない。


 ただでさえ、普段から陽菜と幼馴染というだけでも嫉妬されているのに、美少女転校生と隣の席になったというだけでも嫉妬されるのか。


 そんなに嫉妬しなくても、陽菜とも美少女転校生とも、別に何も起こりはしないというのに。


「すいません。教科書が見えにくいので、もうちょっとそちらに寄っても良いですか?」


「えっ? あ、うん」


 天使さんはそう言って更に俺の方に距離を詰めてきた。彼女の彫刻の様に綺麗な手が俺の腕に当たる。


 冷たくてスベスベしていた。


 普段触り慣れている陽菜の暖かくてモチモチした手とはまた違った感触。その新鮮な感触に俺は不覚にもドキリとしてしまう。


「よいしょっと…」


 天使さんは距離を詰めようと椅子を寄せる。その衝撃で彼女の机の中身が少しはみ出た。


 俺はその中に気になる物を見つけた。


 なんとそれは「現国」の教科書だった。彼女が以前いた学校のものかと思ったが、俺たちの学校で使っているものと同じ教科書だった。


 つまり…彼女は現国の教科書を持っている事になる。それなのにどうして彼女は俺に教科書を見せてくれなんて言い出したのだろうか。


 「ん?」


 それを不思議に思っていると、男子連中の嫉妬の視線が更に激しくなっている事に気が付いた。加えて、陽菜までもが俺を険しい目つきで睨んでいる。


 どうした事だろう。今日の陽菜はえらく不機嫌な表情を見せる。家の中ならともかく、外でここまで不機嫌な彼女を見るのは珍しい。


 俺と陽菜の目が合った。彼女はチョイチョイと教室の外を指さし、合図を送って来る。要約すると「あとでちょっと話があるから教室の外で落ち合おう」という意味だ。


 断るとめんどうくさいので、俺は右手で小さく「〇」を作り、彼女にサインを送ってそれを承諾した。



○○〇



 1限目が終わり、その休み時間。


 授業終了と同時に天使さんの周りにクラスメイト達が集まり、転校生への洗礼ともいえる「質問攻め」を開始した。


 「前はどこに住んでたの?」というテンプレの質問から「日本経済の行方はどう思う?」「好きな筋肉の部位はどこ?」などといった意味不明な質問、はたまた「彼氏はいるの?」なんてプライベートな質問も飛び交っていた。


 天使さんは笑いながらその質問に丁寧に答えていた。


「以前は○○市に住んでいました」「えっ…日本経済ですか? ごめんなさい。経済にはあまり明るくなくて…」「好きな筋肉の部位…? 僧帽筋そうぼうきんですかね」「彼氏は…私にはまだ早いかなぁって」


 あのクソみたいな質問にも笑顔で対応できるのはある意味凄い。俺だったら質問者を殴っている。


 まだ彼女の性格をよく掴めていないが、「天使あまつか」という大層な名前に負けず、天使てんしのように気のいい人なのかもしれない。


 俺は隣の席に群がるクラスメイト達の間を何とかすり抜け、陽菜との約束を果たしに教室の外に向かった。


 教室の外に出ると陽菜はすでに壁にもたれ掛かりながら腕を組み、不機嫌な表情で待っていた。


 クラスメイトたちは現在天使さんに夢中なので教室の外にいる女神…いや、邪神の不機嫌な顔を見られる心配は無い。その辺彼女はちゃんと計算している。


「遅い」


「わりぃ。天使さんの周りにみんなが集まってて中々抜け出せなかったんだよ。それで、何の用なんだ?」


「アンタ…あの天使って女とくっつきすぎじゃない?」


「いや、それは…天使さんの方が『教科書が見えにくい』ってくっついてきただけで、俺からくっついた訳じゃねーよ」


「…ふーん。でもあまりデレデレしない事ね。…されちゃうわよ」


 陽菜はそれだけ言い、さっさと教室の中に戻っていってしまった。


「えっ、それだけ?」 


 拍子抜けした。わざわざ呼び出したのだから、もっと重要な内容かと思っていた。


 それくらいは俺も理解している。なんせ美少女の隣にいると嫉妬を受けるのは陽菜とよく一緒に行動している俺が1番よく理解していると言っても過言ではない。


 少し時間を置いてから教室に戻った。天使さんの周りは先ほどと同じく人だかりができており、いつの間にか陽菜もその中にいた。


 相変わらず外面は良い。コミュ力が高いとも言う。


「初めまして天使さん、あたしは卯那須陽菜。陽菜って呼んでね!」


「天使亜久亜です。こちらこそよろしくお願いします。私も亜久亜でいいですよ」


 2人は互いに笑顔で自己紹介を交わす。


 その光景を見たクラスメイトから「女神と天使の会遇かいぐうだ!」という声があがった。


「女神…?」


 「女神」という単語を聞いた天使さんが陽菜の方を見て首をかしげる。


「卯那須さんはこの学校のまさに女神的存在なんですよ」「才色兼備で性格もいい。まさに女神!」


「あはは…あまり気にしないでね。そんな大したものじゃないから…」


 クラスメイトたちが天使さんに陽菜が「女神」と呼ばれている理由を説明する。それに陽菜が謙遜して答えた。


「へぇ…」


 だが、それを聞いた天使さんの目が怪しく光ったように見えたのは…俺の見間違いだろうか。



◇◇◇

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